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ルナールルートはあくまでifルートでして、こちらが本来の話のルートとなります。
ついに食事処が完成した。
いや、私は特に何もしていないけどね、頑張ったのはアストリット商会とドヴェルグ商会とパルメート商会であって、私は既存のレシピを提供しただけである。
かなりの高級店なので、今のところドレスコードありで完全予約制だ。
3商会共自国の上流階級にお得意様がたくさんいるから、とりあえずはその伝手の予約を受け付けている、セレスティスには上流階級出身の研究者や留学生がたくさんいるし。
エリシエルとルナールも近いうちに1度招待する予定だから、2人と付き合いのある懐に余裕のある冒険者は食べに来るんじゃないかな、高位の冒険者はお金持ちだし。
カフェタイムのみ、席に空きがあれば予約なしの当日でも入店できることになっている。
「ジークヴァルト先生、先日お話した食事処が開店しましたの、良ければ1度いらっしゃいませんか?食事よりもお菓子の方がよろしいですよね?」
「ほう、完成したのか。喜んで伺おう」
ジークヴァルト先生を招待するとなると、個室をキープしておかなければならない。
なんせ見惚れてしまって、食べるどころではなくなってしまう人が大半であろうことが予測されるからだ。
普段から見慣れていればさほど気にならないらしいが、初対面だと破壊力が強すぎるらしい。
というのが、私の顔を見慣れている人達の言い分である。
私がちょくちょくジークヴァルト先生を連れて家に帰っているせいで、我が家の人間族達は神殿の神像と女神像がお茶をしている、と思いながら眺めているらしい。
顔面偏差値はどっこいでも、ジークヴァルト先生は神々しいが、私に神々しさはないと思うのだが。
オスカーに言わせるとジークヴァルト先生は、やたらと神々しい甘党のハイエルフの一言で片付けられる。
ルナールなんかは初対面の時から私の顔なんてまるで気にしていなかったと思うのだが、残念ながらそういう人は少数派だ。
私は前世の自分の平均よりちょい上程度の平凡顔を憶えているので、今世の顔はすごい美形だなあ、と他人事のように鏡を見ているが、前世は平凡顔なりに化粧とかするのが結構楽しかったものだが、今世では下手に化粧なんてすると大変なことになってしまうので、化粧品の開発はしていても自分が使うのは基礎化粧品以外ではせいぜい白粉と口紅くらいである。
その白粉と口紅ですら、セレスティスに来てからは塗っていない、常にすっぴんだ、学校行くのに化粧はいらないよ、まだ10代だし。
さて、ジークヴァルト先生を招待するとなると、特別メニューを準備しなければ。
カフェタイムに来店したことのある人しか存在を知らない、完全予約制のメニュー、それはアフタヌーンティーである。
前世ではいくつもの有名ホテルのアフタヌーンティーによく友人と行ったものだ。
あの3段スタンドに心躍らせない女はいない!と断言できる。
まあ、実際にはあの3段スタンドはテーブルのスペースを有効に活用するためのものであって、十分な広さがあればテーブルに普通に並べてもいいのだが、あの視覚的なときめきは3段スタンドだからこそだろうと私は思っている。
ドヴェルグ商会に3段スタンドを発注した時は、とても不思議な顔をされたものだが、完成してアフタヌーンティーを披露した時のリュミエールとフリージアの笑顔はすごかった。
前世から女性が大好きなアフタヌーンティーだが、ジークヴァルト先生も大好きに決まっている、そして女性の中で一緒にアフタヌーンティーをしていてもとても似合うだろう。もうちょっと神々しさがなければ、個室ではなくフロアで一般客と一緒に食べてもらったら良い宣伝になりそうなのだが。
当日、時間通りに馬車でやってきたジークヴァルト先生を迎えに店の外に出ると、店のドレスコードはスマートカジュアルです、と伝えていたせいか、白を基調にした詰襟の長衣を纏ったジークヴァルト先生がちょうど馬車から降りてきたところだった。
おお!神々しさが更に増していらっしゃる!
エルフ族の正装はパキスタンの民族衣装ぽいから、長身の美形が着ると本当に美しい。
はあ、目の保養だわ、眼福、眼福。
「ようこそおいでくださいました、お待ちしておりましたわ、ジークヴァルト先生」
「お招きありがとう」
薄っすらと微笑んだジークヴァルト先生がエスコートの手を差し出してくれるので、遠慮なくその手を取る。
今日はわざわざアストリット商会から出向して来てくれたディアスが、一瞬気圧されたような顔をするがすぐに一礼して個室に案内してくれる。
ジークヴァルト先生を招待するなら、私の顔を見慣れている店員を給仕に付けないとまずい、とリュミエールとフリージアが悲愴な顔をして力説してきたので、それなら、とアストリット商会の商会長であるディアスが手を挙げたのだが、どうやら正解だったようだ。
個室はホールの奥にあるので、向かうまでの間、それまで楽しくおしゃべりしていた女性客たちが呆気に取られたような顔をしてこちらをガン見しているのがわかる。
うーん、やっぱりジークヴァルト先生がホールで食べるのは無理だね、良い宣伝になるかもと思ったが、食べたお菓子の味を忘れられてしまいそうだ。
「本日はアフタヌーンティーというセットを準備したのですけれど、サンドイッチの種類はどうされますか?フルーツサンドのみか、野菜のサンドイッチも混ぜたものも準備できますし、卵のサンドイッチも混ぜるかどうか選べます。動物性たんぱく質を普通に召し上がられる方はハム等のサンドイッチも選べるようにしてあります。あとお茶も何種類か選べるようになっておりまして、ポットでサービスされます。コーヒーやココアもありますが、ジークヴァルト先生はお茶ですよね?」
この店で提供するアフタヌーンティーは私の知る正統派である。
下の段にサンドイッチ、中段にスコーン、上段にケーキだ。
ケーキ類は季節によって変更、スコーンは通年、サンドイッチはジークヴァルト先生に説明したように選べるようになっている。
本当に甘いものばかり食べたい人はフルーツサンドでいいのだろうけど、私は甘いものばかりというのはキツイので、おかず系の軽食も欲しいのだ。
「ではフルーツと野菜でお願いしよう。卵は不要だ。お茶はシーヨックを」
「ではそのように」
「畏まりました」
ディアスが一礼して退室するが、なんだかいつになく緊張しているように見える、大丈夫だろうか。
私は最初からおかず系のサンドイッチでと言ってある。
「ずいぶんと女性客の多い店なのだな」
「この時間はお菓子を提供する時間ですので、どうしてもそうなりますね。昼夜の食事の時間は完全予約制ですが、この時間は席に空きがあれば入れますし、店内がいっぱいでもお菓子を買って帰る方もいらっしゃいますから」
これまでアストリット商会でしか売っていなかったお菓子がこちらでも買える、食べられる、ということで開店してまだ10日ほどなのだが、女性の口コミであっという間に広まったらしい。
買いに来てカフェの予約を入れていく女性も多いようだ、前世のハンガリーのカフェジェルボーのような雰囲気の、優雅で上品な店内でお茶をするのに憧れるのだろう。
女性は味はもちろんだけど、雰囲気も大事にする人が多いからね。
「失礼いたします」
ディアスがワゴンを押して入ってきた。
ホールをこの3段のアフタヌーンティーセットをワゴンに乗せて運ぶだけで、こんな特別セットがあるんだ、という注目を浴びただろう、ケーキ類は見本があるが、アフタヌーンティーには見本はないし完全予約制だしね。
この世界にアフタヌーンティーはなかったし、メニューの1番下に説明書きと値段を書いてあるだけなので、まだ予約は入っていないらしい、結構なお値段だしね。
まあ、アフタヌーンティーは私のお遊びのようなものなので、別に予約が殺到する必要はないのだ。
目の前に置かれた3段のアフタヌーンティーにジークヴァルト先生が唖然としているのがわかる。
最初に見るとびっくりするよね、ときめくけど。
「説明は私がいたしましょう。お茶を淹れたらあちらのテーブルに説明に行ってください」
なんだかとても緊張しているディアスを下がらせて、私がアフタヌーンティーの説明をすることにする。ディアスにはジークヴァルト先生に一緒に付いてきたシェンティスとローラントのところに行ってもらう。
ジークヴァルト先生が頼んだシーヨックは、前世のダージリンのような香りのお茶で、研究室でもよく飲んでいるのを見ているから好きなのだろう。
私は前世のアッサムに似たカルファンというお茶だ。
ちなみに以前ジークヴァルト先生が譲ってくれた抹茶もどきは、私が抹茶もどきと呼んでいるだけで、正式にはルシアンというらしい。
「下の段から説明いたしますわね。ジークヴァルト先生のは、ストロベリーと生クリーム、アプリコットと生クリーム、ブルーベリーとクリームチーズ、あん塩バター、トマトとレタス、キュウリとバターのサンドイッチです。中段はスコーンです、プレーンとお茶、今回はシーヨックを混ぜたものです。お好みでクロテッドクリームとストロベリージャム、ブルーベリージャム、マーマレード、ハチミツを付けてお召し上がりくださいませ。上段は季節のケーキ盛り合わせになります、本日はストロベリーのタルト、ブルーベリーババロア、クリームスフレ、エルトベアー・ルーラーデ、ティラミスとなっております。上段のケーキは、本日店で出しているケーキを小型にしたものになります」
春だからイチゴが多くなったけど、季節で変わるものだしね、ジークヴァルト先生はイチゴ好きだし問題ないだろう。
ちなみに私のサンドイッチは、照り焼きチキン、ハム・チーズ、卵サラダ、トマトとレタス、キュウリとバターである。フルーツサンドを食べるのならそれ単独で十分だ。
「・・・これはどういう順番で食べればよいのだ?」
少し離れたテーブルでは、シェンティスとローラントもどうしたものかとこちらを窺っているのがわかる。
「基本的には下の段から食べていきますが、絶対ではありませんので、お好きなものから召し上がってくださいませ」
「そうか」
ジークヴァルト先生は優雅な手つきでサンドイッチから食べ始める。
好きなものからと言われても、基本的に下段からと言われたのでそれを守るつもりらしい。
「君は甘いサンドイッチではないのだな」
「私は甘いものはそれなりに好きですが、甘いものばかり食べるというのは少しばかり苦手ですので」
遅めの昼食も兼ねているし、塩気のあるものもないと全部食べきれないと思う。
ハイエルフのジークヴァルト先生は甘いものだけで問題なくても、人間族の食事はバランスが大切なのだ。
スコーンを半分に割ってクロテッドクリームとマーマレードをつけて食べる。
ちなみにスコーンとお茶のセットは、クリームティーとして予約なしでも食べられる。
前世ではスコーンは自分で簡単に作れたのでよく休日のブランチにしていたが、日本ではクロテッドクリームがなかなか売ってなくて、マスカルポーネやサワークリームをつけて食べたものだ。
「君と一緒に食事をしていると、私にも嬉しいとか幸せだと感じる心があったことに気付かされる」
ジークヴァルト先生がとても神々しい笑みを浮かべてブルーベリーババロアを掬っているが、かなり過分な評価をいただいてしまった気がする。
「気心が知れた相手と美味しいものを食べるのは、誰でも幸せなものですわ」
「君は常にそう感じているのだろう?それが私には不思議なのだ」
エルフ族にはそういう感性がないのだろうか?
ジークヴァルト先生は私のことを、時々実に不思議なものを見るような眼で見てくる。
「まあ良い。お茶の種類がもう少し豊富にあれば言うことはないな」
「このセレスティスに輸入されているお茶は網羅しているのですけれどね」
ジークヴァルト先生の研究室には、他国には輸出されていないであろうリシェルラルドのお茶が種類豊富に並んでいるから、一般的なラインナップでは物足りないのだろう。
「・・・君が望むのなら、リシェルラルドの商会に仲介するが?」
別にそういうつもりでジークヴァルト先生を招待したわけではなかったのだが、リシェルラルドからセレスティスへのお茶の輸入枠を拡大するような話になってしまった。
「ありがとう存じます。この食事処は3つの商会が提携して運営しておりますので、それぞれの代表者とも相談させていただいてよろしいでしょうか?」
お茶は嗜好品だからどうしても高価だし、そこから更に珍しい茶葉が入るとなるとこの食事処のアドバンテージにもなるが、値段設定も難しくなるしね。
私の一存で決めるわけにはいかないだろう。
「もちろんだ。今日はとても楽しませてもらった、礼を言う」
美々しく微笑んだジークヴァルト先生にエスコートされて玄関までお見送りすると、ジークヴァルト先生を乗せた馬車が見えなくなったところで、一緒にお見送りに出てきたディアスが横で力尽きたかのように頽れた。




