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ついに結婚式の日がやってきた。
結婚式自体は、神殿で6大神の像の前で誓約書にサインするだけだ、いや、するだけなんて言ったら、お母様に夢がないと怒られるかもしれないが。
でも比重的にはその後の城での披露宴の方が遥かに面倒くさい。
婚礼衣装は、この世界は特に色等の指定はないので自分の好きな色、好きなデザインの衣裳を着ることが可能だ。
とはいえ、王女と筆頭公爵家令嬢が同時に結婚式を挙げるのだ、国中が注目している中で適当な格好はできない。
ステファーニア様の衣裳は、薄紫のチュールレースを何枚も重ねた優雅なプリンセスラインらしい。いいよね、可愛らしい顔だと可愛らしいドレスが似合って。
私はせっかくなので白を着ようと思って、アメリカンスリーブでデコルテ部分はチュールレースにし、裾を後ろに長く引くデザインにした。全体に銀糸で刺繍を入れている。我ながらブライダルモデルのように美しいと思う、可愛らしくはないけれど。
アルトディシアの貴族の男の正装はグルジアの民族衣装のようなデザインだ。
ルナールはもともと黒を着ることが多いので、婚礼衣装も黒を基調に金糸で刺繍を入れたデザインになったが、長身でスタイルの良いイケメンが着ると物凄く映える、婚約者の欲目抜きで3割増し格好良く見える、なんせ侍女たちが皆顔を赤らめて見惚れていたし。
ロテールは同じデザインで白だ。
イケメン兄弟だよねえ、前世でこんな男を捕まえてたら、いつか刺されるんじゃないかと心配していたかもしれない。
「義姉上、その姿で国民の前に出るのですよね?」
神殿へ向かう馬車の中で、ロテールに心配そうに言われる。
ステファーニア様は城から向かっているが、ロテールは結局シルヴァーク公爵家が後見するような形になったので、うちから一緒に向かっている。
「そうですね、馬車から神殿までの距離はそれなりに階段もありますしね」
だから後ろ姿が綺麗に見えるように、長く裾を引くデザインにしたのだが。
「お前、ヴェールでも被って顔を隠すとかしたらどうだ?」
ルナールにまで心配そうに言われてしまった。
この国の婚礼衣装にヴェールを付ける習慣はないのだが。
普段は夜会でも薄化粧しかしないのだが、流石に自分の結婚式ではそれなりにフルメイクでなければまずいだろうと思って、しっかりめにメイクしたのがまずかっただろうか。
「少し化粧が濃かったでしょうか?」
「いや、世間一般からしたらまだ薄いくらいなんだろうが・・・まあ、いい。馬車から降りたら一切よそ見をせずに俺だけを見ていろよ」
「はい?」
まあ、花嫁が花婿だけを見ている分には微笑ましくて良いだろう。私とルナールは相当な恋愛結婚だと思われているのだろうし。
神殿に馬車が到着すると、ほぼ同時に城からステファーニア様を乗せた馬車も到着する。
王族とシルヴァーク公爵家の親族は既に神殿の中にスタンバイしているはずなので、あとは主役の2組が入って行くだけだ。
まずはロテールが先に降りて、王家の馬車にステファーニア様をエスコートしに行く。その後が私達だ。
アルトディシアとヴァッハフォイアが今後国交を結ぶための婚姻だ、ようはロイヤルウェディングだから、民衆が大勢見物にきている。恩赦やら、振る舞い酒やら、お菓子を配ったりと色々やるから、民衆にとってもお祭りだ。
ロテールとステファーニア様の姿に歓声が上がるのがわかる、手を振ったりするのは神殿から出てきた時なので、今は何もせずに神殿に進むだけだが、大勢に見られながら歩くのって緊張するよね。
ロテール達が神殿に入ったところで合図がある。
「俺たちも行くぞ。他を見るなよ、前と俺だけを見ていろよ?」
「なんだか切実ですね?」
いつもの余裕がなくて、なんだか焦って見えるのだが。
先に降りたルナールのエスコートで馬車から降りると、先ほどまでの歓声が嘘のように水を打ったかのように静まり返った。
うーん、これでも色々と慈善事業とかもやってきたんだけどなあ、3年国を離れていたら忘れられたかな。
ルナールに言われた通り、よそ見をせずに前とルナールの顔だけを見て歩を進める。周囲は静かなままだ、ちょっと居心地悪い。
神殿の中に入るとちょっとホッとする。
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「いやー、世の中信じられんくらい綺麗な女がいるもんだな、息するの忘れてたぜ」
「あれ、本当に人間族の女か?人形とか彫刻でなく?」
「先の王女様もすごい美人だと思ったけど、あの公爵家のお姫様の顔はあれは生きてる人間の顔というより美術品の類だろ?病院建ててくれたお姫様だよな?」
「シルヴァーク公爵家の領地には病院だけでなく平民用の学校も建ててくれてたな、あんな物凄い美人だとは知らんかった」
「ルナール様、笑ってすいません!あんなのに手出せないよ!むしろどうやって口説き落としたんだ?!尊敬するよ!」
「ルナール様もロテール様も、シュトースツァーン家の坊ちゃんたちは何やってんだ・・・?」
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六柱の大神の像が丸く円を描く中心で結婚誓約書にサインをする。
この世界の結婚式に特に決まった誓いの言葉とかはない、ただ、フルネームでサインするだけだ。
この神殿の六柱の大神の中心でフルネームでサインをするという行為が高度な契約魔術になるんだよね、神々に贈られた名に誓って誓約しているわけだから。
親族はただの立会人だ。
ロテールとステファーニア様のサインが終わり、ロテールがステファーニア様に生涯貴女を愛します、という定番の言葉を言って、親族である王族が皆拍手する。離宮で静養中の第1妃は欠席している。
ここで言う言葉は、愛するでも、守るでも、大切にするでも、なんでもいい、特に決まりはない。
次は私達の番だ。
ロテールとステファーニア様と入れ替わりに六柱の大神の間に入る。
特に迷う必要もない、ルナールと一緒にさっさと長ったらしい名前を誓約書にサインすると、紙が金色の炎に包まれて消え去り、誓約完了だ。
せっかくの機会なので、神々にルナールが私と結婚することで不利益を被ることがありませんように、とお願いしておく。6つ名と結婚するのって大変だと思い知っただろうしね、この先ずっと一緒にいるのだから、あまり後悔してほしくない。
と思っていたら、六柱の大神像からそれぞれ光が立ち上り、それが一筋の光に纏まってルナールの上に降り注いだ。
「うわっ?!」
「ルナール?!」
「兄上?!」
「何事だ?!」
アルトディシアを祀る神殿の総本山だ、それまで儀礼的に控えていた高位の神官や巫女が顔色を変えて寄ってくる。
ルナールの周りには、光の残滓がキラキラと輝いている。
「・・・何でもありません、神託を受けただけです」
眉間に皺を寄せたルナールが一つ首を振ると、光がキラキラと舞い落ちる。
「神託を受けたのが何でもないことではないでしょう!どのような神託を受けられたのですか?!」
白い髭の神殿長が髭と同じくらいに顔色を白くしてルナールに詰め寄る。
この神殿長とは昔からの付き合いだが、私がヴァッハフォイアに嫁ぐと言ったらガチで泣かれた。神殿長の座を譲るので、神殿に入ってアルトディシアに残ってくれ!と本当に縋りつかれた。
「妻の守護者として認めると言われただけですよ。わざわざ神託など受けなくても、私は求婚時に既に自分の全ての名と六柱の大神にかけて、生涯かけて愛し守り抜くと誓っておりますので、今更です」
あ、なんかお母様が過換気で倒れそうな顔をしている。
そういえばこれは言ってなかったか。
「いくらシレンディア様が6つ名持ちといえど、これまでの歴史を紐解いても6つ名の結婚誓約の際にそのような神託を相手が受けたという例はありません!」
「6つ名の結婚相手など基本的に政略結婚ばかりでしょう?私のように本気で唯一人と想い定めた相手がいなかっただけではありませんか?」
神殿関係者も王族も沈黙してしまった。
そりゃあ、6つ名をがんじがらめに縛り付けてきた歴史の古さでは、王家も神殿もどっこいだろうからね。
「ああ、あとで祝いを贈るとヴァッハフォイアに言われましたが、何を贈ってくれるのでしょうね?」
「あら、ヴァッハフォイアが直接話しかけてこられたのですか?」
「私の主神はヴァッハフォイアですからね、我が民よ、と男の声で語りかけられたのでおそらくヴァッハフォイアだろう、というだけですが」
ルナールはにこやかに話しているが、面倒だからとっとと切り上げたいと思っているのが丸わかりだ。
この後は一旦公爵邸に戻って着替えてから、城で夜会だしね。
お互い為政者の家に生まれたからには、そういうものだとわかってはいても面倒なものは面倒なのだ。
少なくとも神殿関係者は、ルナールが神々から直接私の守護者に指名されたことで、今後一切文句を言うことはないだろう。
ルナールが不利益を被ることがありませんように、とお願いしたのに神々が応えてくれたのだろう、多分。
神殿から出るのは2組同時だ。
民衆に笑顔で手を振りながら馬車まで階段を降りていく予定なのだが、神殿から出た瞬間、突風が巻き起こり、おそらく私達の歩みに沿って撒かれるはずだったであろう花や花びらが一斉に舞い上がり、空中で舞い踊り始めた。
「アルトディシアの舞だ!」
このアルトディシアでは、神事の際にはよく見られる現象なので民衆も慣れたものだ。
ステファーニア様が嬉しそうに民衆に手を振り始めたので、私もそれに倣って反対側に手を振ると、どっと歓声が沸く。
やれやれ、神殿に入る前は静かだったからどうなることかと思ったけど、良かった、良かった。
「・・・ここで笑顔を振りまかないわけにはいかないが、まいったな・・・おい、セイラン、ちょっと抱き上げるぞ?」
焦ったようなルナールが小声で耳打ちしてくる。
「え?何故ですか?私、自分で歩けますよ?」
確かにヒールの高い靴で裾は後ろに長く引いているが、階段を降りて馬車に乗るだけだ。
「お前の顔を直視して倒れる奴をなるべく減らしたいのと、あとは既に俺のものだと見せつけておくためだ」
そう言うとルナールは有無を言わさず私を左腕に乗せてしまった。お姫様抱っこではない、片腕抱っこだ。ルナールとしては利き腕は空けておきたいのだろうけど、今世の私は170cmくらいあるので、ルナールを見下ろす形になっている。ルナールにとっては私1人くらい片腕でもさほど重くはないのだろうけど。
「肩に摑まってろよ」
ルナールが私を見上げて少し笑って軽く伸び上がって口付けてくると、周囲から悲鳴のような歓声が上がった。
「ステファーニア殿下、私達もあれやってみますか?」
「謹んでお断りいたします!」
隣では面白がるロテールとステファーニア様が、周囲へ笑顔を振りまきながら小声で言い合っている。
私は右手でルナールの肩に摑まりながら左手で手を振り、ルナールは明らかに私が静々と歩くよりは速い速度で階段を降り、そのまま馬車に放り込まれてすぐに扉を閉められた。
ロテールは帰りは公爵邸ではなく、ステファーニア様と一緒に城なので帰りの馬車はルナールと私の2人きりだ。
「・・・お前、この後の夜会ではもうちょっと化粧薄くしろ。特にその目はまずい、前の夜会の時と同じくらいで十分だ」
ルナールがげっそりと疲れ切ったような顔をしている。
片腕で持てるくらいなのだから、そんなに重くはなかったと思うのだが。
「夜会の時と同じくらいですと、白粉と口紅くらいしか塗っていないのですけど。他の女性は普通はもっとたくさん塗るものですよ?」
せっかく自分の結婚式なので、今日はアイラインとアイシャドウをちょっと入れてみたのだが。睫毛はもともとバサバサなので、ビューラーもマスカラもつけまも一切つけていない。この世界でビューラーやマスカラやつけまを開発したのは私なのに、開発者は一切使用していないのだ。ちなみにアイシャドウもアイライナーも開発したのは私だが、使用したのは今回が初めてである。
全てアストリット商会から販売している。
「・・・特にお前の顔に思い入れのない俺でさえ、気を抜くと魂を抜かれそうな気分になった。顔が綺麗すぎるというのも問題なんだな、実感した」
人のことを顔面凶器扱いである、せっかく一生に一度の結婚式だと思って綺麗にしたのにひどい話だ。
「普通花嫁が美しかったら、夫となる殿方は喜ぶものだと思っておりましたが」
「お前が絶世の美女なのは最初から知っているから今更だ。これだけ公衆の面前に晒されると、他の男の目に触れさせるのが心配になる。美女を妻にすると、いつ他の男に寝取られるか心配になるのが狭小な男の性というやつさ」
ルナールは冗談めかして笑うが、実際にはルナールは私の感情の薄さを知っているので、わざわざ他の男に目を向けるような面倒なことを私がするはずもないことをわかっているだろう。
「結婚したばかりでもうそのような心配ですか?随分と嫉妬深い旦那様ですね」
「狐獣人は慎重で疑り深いのさ」
ルナールが顔を寄せてきたので目を閉じると、これまで何度かした触れるだけの軽いキスではなく、逃げられないように後頭部にがっちり手を回されて深いキスを仕掛けられ、すっかり酸欠になってぐったりしたところで唇を離される。
ルナールは赤く口紅の付いた自分の唇をぺろりと舐めると、にやりと笑った。
「こんな不味いものわざわざ塗らなくてもいいのにな」
ああ、アイメイクだけ直せばいいかと思っていたら、口紅まで取られた!結局は化粧も最初からやり直しではないか。