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ステファーニア 2

私はステファーニア。

先日まるで散歩に誘われるかのように気軽に、ヴァッハフォイアへ嫁いでこないかとシュトースツァーン家の狐獣人の兄弟に言われました。

お母様はフォイスティカイトの出身ですから、隣国のヴァッハフォイアとは種族の違いもありそれなりに小競り合いもあったようなので、獣人族を好いてはいないようですが、アルトディシアで生まれ育った私には特に獣人族に蟠りはありません。

ですが、今後ヴァッハフォイアと友好関係を結ぶためというのなら、これから失脚するであろうお母様の娘である私よりも、第2妃や第3妃の異母姉妹か、別の公爵家の令嬢の方が良いのでは、との声が当然上がるでしょう。

私とロテール様には、お姉様とルナール様のような恋物語があるわけではありませんし。

あの金髪に金の瞳の凛々しい狐獣人の殿方に、これから唯一人の妻として愛されるのかと思うと、少しばかり胸が高鳴ったのは事実ですが。


リントヴルムを討伐した冒険者を城に呼んで褒賞を与えるための式典が開かれます。

災害級の魔獣が街の近くに出現したとなれば、通常でしたらもっと先に大騒ぎになっており、騎士団が派遣されるか、名声を求める冒険者が討伐に乗り出すかなのですが、今回は王都へ向かってきていた旅商人の一行が、平原でリントヴルムとたった一人で戦っている冒険者がいた!と騎士団に駆け込んで来て、急いで騎士団が調査隊を編成して平原に向かった時には既に討伐が完了しており、冒険者ギルドの解体班がいたというのですから。

騎士団がギルドに行って討伐した冒険者を呼び出そうとしても、疲労困憊して休んでいるので、とけんもほろろに断られたそうで、災害級の魔獣をたった一人で討伐したとなれば疲労困憊というのもおかしくはないので、騎士団はその冒険者の情報をロテールという名で今回のリントヴルム討伐で白金に昇格する獣人族としか得られずに帰ってきたのです。

冒険者ギルドは国ではなく大陸全体の組織なので、何か犯罪を犯したというのならともかく、災害級の魔獣を討伐した功労者を引き渡せ、というような命令はできないのです。


ロテール様が何を考えてご自分の情報を伏せるよう冒険者ギルドに依頼したのかはわかりませんが、少なくともあのご兄弟の会話からして、魔獣討伐後で疲労困憊、というのは嘘でしょう。

今頃シルヴァーク公爵邸で、お姉様に美味しいお食事でも出していただいているのだと思います。


褒賞の式典の広間には、リントヴルムを討伐した冒険者を一目見ようと貴族が集まっています。礼儀作法に疎い平民や下級貴族出身の冒険者を見て陰で笑いたいという品のない者も一定数存在します。あとは強い冒険者を自領で抱えたいという、強大な魔獣の生息地が自領にある貴族も多いですね。


広間の扉が開き、ロテール様が入場してこられます。

あれはヴァッハフォイアの衣裳でしょうか、この国では見かけない、ですが明らかに正装だとわかる布と仕立ての衣裳で堂々と歩んでこられ、王の御前で優雅に跪きます。

影で礼儀知らずの冒険者をあげつらうつもりだった貴族たちが鼻白んでいるのがわかります。

先日の夜会を思い出しますわね、お姉様が獣人族の冒険者の婚約者を伴っていると聞いた貴族たちは、それはもう楽しそうにどれほど粗野な相手かと噂しておりましたから。実際にはルナール様はとても優雅で洗練された殿方でしたけど。


「リントヴルムの討伐、見事であった。冒険者よ、名を何という?」


通常ならばここで名を改めて問うのは周囲に名を知らしめる儀礼的なものなのですけれど、ロテール様の場合は本当にロテールという名しか城に情報が上がってきませんでしたからね。

それに種族が違うからでしょうか、並んでいる時はロテール様とルナール様はよく似たお顔立ちのご兄弟だと思いましたが、こうして単独で立たれていると狐獣人ということしか共通点を感じません。しかもルナール様が公に姿を現したのは先日の夜会1度だけですから、お2人がご兄弟だと気付いた方がこの中にどれほどいるのか・・・


「ロテール・シュトースツァーンと申します」


シュトースツァーンと聞いて顔色を変えた貴族が何人かいます。


「この王都を救ってくれた礼に望みのものを与えよう。何か望みはあるか?」


これも本来ならば儀礼的なものです。何を望むのか、どこまでの褒賞が望めるのか、事前にすり合わせをしておくものなのですが、ロテール様とは全くそのすり合わせをしないままに当日になってしまったと聞きました。


「ではステファーニア殿下を」


「・・・なに?」


父王がこのような場では珍しく言葉を失います。

周囲も一体何が、という顔をしています。

狐獣人は獣人族の中で最も悪知恵の働く種族だと言われていますが、まさかこのような展開に持ってこられるとは思いませんでした。


「先日私は兄に面会するためにシルヴァーク公爵邸を訪れました。その際に兄の婚約者を訪ねてこられたステファーニア殿下に偶然お会いしたのです。私がリントヴルムを討伐することを決意したのは、偏にステファーニア殿下のおられるこの王都に危機が及ぶのを防ぐためでございます。褒賞をいただけるというのでしたら、ステファーニア殿下を。それ以外の褒賞は望みません」


目の前で繰り広げられる恋物語のような言葉に、女性貴族たちがうっとりと感嘆の吐息を漏らすのがわかりますが、私は些か呆れてしまいました。

だって、これでやっと白金に上がれると笑っておられましたよね?!

・・・いえ、私も滞りなくヴァッハフォイアへ嫁ぐためには、この茶番に付き合わなければならないのですね、ええ、とても平和的な手段ですとも、私の羞恥心さえ除けば!


「ロテール様、ご無事で御戻りいただけて何よりでございます。私などのために命をかけてくださるなんて・・・!私も初めてお会いした瞬間からロテール様のことが忘れられず・・・!」


羞恥で顔が赤くなるのを、涙を堪えるようにハンカチで隠します。

周囲はこの茶番劇に感動しているようですが、私を見つめるロテール様の金色の瞳には面白がるような色が浮かんでおります、狐獣人は性格が悪いと言われているのは本当のことですのね!


「・・・ヴァッハフォイアのシュトースツァーン家ならば王女が嫁ぐのに問題なかろう」


些か呆れたような父王の言葉に、周囲がどっと沸きます。

災害級の魔獣を討伐した冒険者が、褒美に王女を望み、それが叶えられる、なんて英雄譚や恋物語のような展開でしょうか、当人同士の感情を除けば!




「其方はあのロテールという狐獣人と共謀していたのか?」


私がルナール様ではなく弟のロテール様に嫁ぐということで蒼褪めて取り乱しそうになったお母様を離宮へ静養させ、シルヴァーク公爵がその他の貴族たちを何家か閑職に追いやり、ようやく城が落ち着いてきたところでお父様に呼び出されました。


「いいえ?シルヴァーク公爵家で偶然お会いしたことは事実ですが、その時はお母様の謀のせいでお姉様の不興を買わないよう必死でしたので。なんならお姉様と一緒にヴァッハフォイアへ嫁いできてもいい、ということはその時にルナール様から言われてはおりましたけれど」


「其方の母親の謀など、シルヴァーク公爵が潰しただろうし、シレンディアはその程度で怒るような娘ではないだろう」


「お父様はお母様の動きをご存知の上で静観されていたのですか?」


「あれはもうフォイスティカイトの傀儡となっていたからな。其方の兄が真実の愛などというものに目覚めて王位を蹴ったせいで、あれは精神の均衡を崩したのだ」


身分を捨てなければ叶わない真実の愛など、幸せなのは当人たちだけだ、とお父様はため息を吐きます。私もまったく同感です。


「ならば国内を整理するおつもりでいくつものねずみを放置しておられましたのね。気付かず申し訳ございません」


「よい。6つ名が国を出ると決めたのなら、それを阻止することなど不可能なのだ。ならばせいぜい利用するまでと思ったにすぎぬ」


最初からお父様はお姉様を止める気などなかったのですね。

この口ぶりからして、王のみに伝えられる6つ名の口伝のようなものもありそうですけれど。


「其方の母を見捨てた私を憎むか?」


「いいえ。王として必要な判断かと存じます」


もしあの元侍女の第3夫人がおかしな謀に巻き込まれたとしても、お兄様にはこのような判断はできないでしょう。ですからお兄様が早々に次期王から外れたことは正しかったのです。

お母様は最後までルナール様とロテール様を悪し様に罵っておられましたが、少なくともあのご兄弟はご自分のヴァッハフォイアでの立場をしっかりと理解されており、その立場に相応しいかどうかという観点で私を見ておられました。政治も外交も腹芸も知らぬ、そして学ぶ気もない相手を、真実の愛などという美しいだけの空虚な言葉で飾り立てて、周囲のことなど何も考えずに王位の重責から逃げてしまったお兄様とはまるで違うのです。

私は大国アルトディシアの王女として生まれ、教育を受けてまいりました。

結婚するのなら真実の愛などよりも、自分の責任を果たすことを知っている殿方と結婚したいと思います。


その後ロテール様は、リントヴルムの素材をオークションにかけて上がった収益全て、実に大金貨5枚と中金貨7枚を私への結納金として王家に納められました。

いつまでも冒険者風情が、獣人族風情が、と陰口を叩いていた者達もそれですっかり鳴りを潜めました。

何処の国であっても他種族への差別意識というものは存在するでしょうが、身分も財力もある相手のことをいつまでも悪く言うことはできないものなのです。

私の嫁入り道具は、もともと今年フォイスティカイトに嫁ぐために準備されていましたので、特に問題はありません。むしろ今はお姉様の嫁入り道具の準備待ちをしている状態です。

アルトディシアの神殿で同時に2組の結婚式を挙げて嫁ぐことになるとは思っておりませんでした。


そして私は今シルヴァーク公爵邸で、ロテール様とダンスの練習をしています。


「国で一通り教育は受けているのですが、久しぶりなのと、衣裳が違うもので」


ルナール様も夜会の前にお姉様とダンスの練習をされたそうです。

確かに褒賞式で見たヴァッハフォイアの衣裳は、この国の衣裳とはかなり違いますものね。

でもこの国の神殿で結婚式を挙げて、その後城で大々的にお披露目の宴を設けてからヴァッハフォイアへ発つことになりますから、この国の衣裳でダンスは必須です。


「ヴァッハフォイアの衣裳は、コルセットも使いませんし靴の踵も低いので女性はこの国よりも楽だと思いますよ、ステファーニア殿下」


ルナール様が笑いながら言われますが、私はこれまでコルセットを締めずに衣裳を着たことなどないのですが。


「いえ、セイランが以前、コルセットは内臓がはみ出そうになるし、踵の高い靴はつま先が痛いし安定は悪いし、髪をきつく結い上げると頭痛がするし、装飾品は重くて肩が凝るので、男も1度くらい試してみるといいのに、と実に恨みがましく言っていたもので」


「ルナール!そんなことをステファーニア様にばらさなくても良いではありませんか!」


淑女の中の淑女と称えられるお姉様がそのような泣き言を仰ったのですか。

でも、そのようなことを言えるほど、お姉様はルナール様のことを信頼して心を許しておられるのですね。


私もこれから先、ロテール様とそのような関係を築けると良いのですが。


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>「あれはもうフォイスティカイトの傀儡となっていたからな。其方の兄が真実の愛などというものに目覚めて王位を蹴ったせいで、あれは精神の均衡を崩したのだ」 その兄、あなたの御子息です・・・。傀儡にされた…
兄弟の名前混ざって
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