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ステファーニア

私の名はステファーニア。

アルトディシアの第1妃腹の王女ですわ。

私にはもともとフォイスティカイトの王太子の婚約者がおりましたが、昨年不慮の事故で亡くなってしまったため、現在婚約者はおりません。不慮の事故というのもどのようなものか怪しいものですけど。王族として生まれたからには、常に暗殺や不慮の事故はついて回るものですから。

そのため母である第1妃はとても焦っているのです。

なんせ先に次期国王に確定していたディオルトお兄様が、男爵家出身の侍女と恋に落ちてしまい、次期王妃と定められていたシレンディアお姉様との婚約を解消して、王位継承権を放棄して臣籍降下してしまったのですもの。

お兄様の行動も、シレンディアお姉様の行動もとても素早かったですわ。

お兄様はぼやぼやしていたら愛する侍女がお母様の手によって暗殺されてしまうと思ったでしょうし、シレンディアお姉様もこの機を逃したらセレスティスに留学なんてできないと思ったのでしょうね。

息子は身分を捨てて真実の愛に走り、娘は結婚前に大国の次期国王予定であった婚約者を亡くし、お母様は第1妃としての立場が揺らいでいるのです。

お母様は元々フォイスティカイトの王女ですから、アルトディシアの公爵家と侯爵家の出身である第2妃と第3妃とは立場が違いますけれど、それでも自分の産んだ子が次期王位に就くのと就かないのでは大きな違いですものね。

私もシレンディアお姉様が実のお姉様になるのを楽しみにしておりましたのに。

シェンヴィッフィの加護篤き職人が精魂込めて作り上げた人形のごとく美しいシレンディアお姉様は、私の知る限りこの世でもっとも美しく完璧な女性です。

お兄様が婚約解消なんてしてしまったせいで、お姉様とも、シルヴァーク公爵家ともすっかり疎遠になってしまいましたけれど。


お姉様がセレスティスに留学して3年、このアルトディシアではしばらくなかった竜巻や洪水などの自然災害が何度か発生しました。

それが起こらないことがお姉様の、6つ名持ちが存在することの恩恵なのだそうです。

平民には知られていませんが、高位貴族ならば6つ名持ちの存在意義は明らかで、お兄様と婚約を解消したのならば何故他の王子と婚約させ直さなかったのか、と王家に非難が殺到しました。

シルヴァーク公爵家には、王家との婚約を解消したのならば、と国の端の方に領地を持つ辺境伯家や侯爵家からの婚約申込が殺到していたようです、やはり首都から離れると恩恵も薄くなりますからね。


お姉様はあれほど優れたお方ですのに、求められているのは6つ名だということだけなのです。


あまりにも優秀すぎて、お兄様は隣に立つのが辛くなって真実の愛とやらに逃げ出してしまいましたけれど・・・


それならばいっそあれほど過酷な王妃教育など施さなければよろしかったのに。

6つ名であることだけが大切ならば、もっと自由にさせておけば良かったのです、これ幸いと他国へ留学することなど考えないように。

6つ名の意志を阻害することは許されない、というのはあまり知られてはいないことですが、決してアルトディシアに翻意を持たないように、国のために存在するようにと幼少時から教育されるのが6つ名の宿命なのです。

それが他国への留学を希望するなんて、よほど腹に据えかねたのでしょう、お姉様は私が知る限り誰よりも理性的で寛大なお方でしたのに。


3年も留学したら満足するだろうから、そうしたら国に呼び戻すから、という父王の言葉を信じてお姉様の帰国を今か今かと待ちわびていたこの国の貴族たちは、いざ帰国したお姉様に度肝を抜かれました。


だってお姉様は、ヴァッハフォイアの次期宰相だという狐獣人の殿方を伴っていたのですもの。

3年ぶりに見るお姉様はその絶世の美貌に一層磨きがかかり、まさに光り輝かんばかりでした。

美しいだけの人形、と悪意を込めて揶揄されることもあるお姉様でしたが、隣の狐獣人の端正なお顔を見上げて幸せそうに微笑むお顔は、これまで1度も見たこともないもので、お姉様の美貌に免疫のない者達はばたばたと倒れてしまいましたわ。


アルトディシアの至宝であるお姉様を誑かした不埒な男を排除する、という名目で暗殺者を放った家が複数あったようですけれど、白金カードの冒険者というのは伊達ではないようで、全て返り討ちにされたようです。王家は積極的に関わった証拠を掴まれるとシルヴァーク公爵家とヴァッハフォイアを敵に回しますから、騎士団を差し向けないようこっそり采配するくらいだったようですけれど。ヴァッハフォイアは強国ですから、王家が明確に敵対するのはまずいのです。

愛する婚約者を失って悲しみにくれるお姉様を慰める準備をしていた殿方が複数いたようですけれど、全てシルヴァーク公爵家によって没落させられました。敵に回して良い相手と悪い相手の見極めもできないようでは、貴族としては失格ですわね。

そして自分に降りかかる火の粉を払うこともできないような殿方を、あのお姉様が選ぶはずもないでしょうに、人は自分に都合の良いものしか見ないものなのですね。

はあ、ヴァッハフォイアへ嫁がれたらもうお会いすることもできないでしょうから、1度くらいお姉様に私的に面会したいものですけれど、お兄様のせいで疎遠になってしまいましたから難しいでしょうか。


お姉様はもうアルトディシアから出て行くことを決めてしまわれたのです、6つ名の意志を阻害することは神々の怒りを買うことになるそうですから、それならば王家はこれ以上お姉様の不興を買わないように、せいぜい今後ヴァッハフォイアと友好を結ぶ形で快く送り出した方がこれ以上の傷がなくて済むと思うのですが、国中の貴族たちを納得させるのは難しいでしょうね。


「ステファーニア、其方、シレンディアの代わりにヴァッハフォイアへ嫁いでくれませんか?」


お母様がおかしなことを言い出しました。


「何故私がお姉様の代わりにヴァッハフォイアへ嫁がなければならないのでしょうか?」


「正直獣人族などに其方を嫁がせるのは気が進まないのですが、6つ名は国に必要な存在です。筆頭公爵家の令嬢の代わりになるのは王女くらいではありませんか」


どうやらそのようにお母様に入れ知恵した者がいるようですね。

それは政略結婚の場合であって、あの見るからに想い合っているお2人には当てはまらないと思いますけれど。


「私は国のためになるのでしたらどこに嫁ぐのでも構いませんが、既に想い合っているお2人を引き裂いて代わりにというのは無理があると思いますが?」


政略結婚ならば、婚約者が亡くなって、身分や年恰好の近い者が代わりに、というのはない話ではありませんけれどね。


「シレンディアは若さゆえの恋に溺れているだけです。少しばかり見目の良い獣人族など、しばらく引き離せば直に正気に戻るでしょう。自分に課せられた役目も満足に全うできずに、困った6つ名ですこと。本来ならば、ディオルトが身分の低い侍女に現を抜かした時に諫めるのが役目だったでしょうに、何もせずに他国へ留学などして、あまつさえ獣人族などと恋仲になって帰ってきて。あの獣人族もアルトディシアの王女が手に入るとなれば、満足してヴァッハフォイアへ帰るでしょう。其方には辛い役目ですが」


ふう、とお母様はため息を吐きますが、先に若さゆえの恋に溺れて自分に課せられた役目も満足に全うできなかったのはお兄様であって、お姉様ではありません。

最初にお姉様を怒らせたか呆れさせたのは王家なのです。

そしてあの狐獣人が欲しがっているのはお姉様であって、あのお姉様とことあるごとに比較されるなんて私は真っ平です。

そして王家はこれ以上6つ名持ちであるお姉様を怒らせるのはまずいのです。

お母様は、お兄様の不祥事を周囲に責められすぎて、真っ当な判断ができなくなっているのではないでしょうか。


王であるお父様ではなく、お母様が私にこのようなことを言い出したということは、先に私とお姉様を入れ替えてしまって、お父様へは事後承諾にするつもりなのでしょうか。6つ名の行動を阻害することは許されない、ということは王族とあとは公爵家くらいにしか知られていないことですが、これはあまりにも悪手です。


これはもう、私は神殿にでも入った方が良さそうですわね、お母様とそれを唆した貴族たちの派閥だけの責任にどうにか留めていただいて、アルトディシアとアルトディシア王家には神の怒りが向かないよう、なんとしてでもお姉様にお詫び申し上げなければなりません。



シルヴァーク公爵家を訪れるのは久しぶりです。

お兄様とお姉様が婚約されていた頃は、頻回に遊びにきていましたし、美味しい公爵家のお菓子を楽しみにしておりましたけど。

面会依頼は出しておりましたけど、お姉様と婚約者の方は庭におられるとのことで、そちらに案内されます。


「ステファーニア様、ようこそいらっしゃいました」


東屋でお姉様が立ち上がって私を迎えてくださいます。

ああ、久しぶりに近くでお会いしますが、相変わらずなんてお美しいのでしょう。

お姉様と一緒に婚約者の方ともう1人、金髪の狐獣人がおられます、よく似たお顔ですからご兄弟でしょうか?


「兄上、義姉上、お客人が来られたようですので、私はこれで失礼いたします」


金髪の狐獣人が一礼して立ち上がろうとしますが、むしろお邪魔なのは私のほうでしょう、情けない要件ですが、お母様から直接申し入れがある前になんとしてもお姉様の怒りの矛先が国と王家に向かないよう、お詫びしておかなければなりません。


「いえ、そのままで結構ですわ、すぐにお暇いたしますので」


初めて食べるカンノーロというクリームが詰め込まれたお菓子も、これから話す内容を考えると情けなくて美味しくいただけません。


「深刻なお顔をなさって、どうなさいましたの?」


「シレンディアお姉様、実は・・・」


お姉様にお母様の申し出を話すと、その美しい青紫の瞳を少し見開いて、くすりと笑われます。


「第1妃殿下にそのようなことを吹き込みそうな方には、何人か心当たりがありますわね。とはいえ、私とディオルト様の婚約が解消されたことで、第1妃殿下もさぞご心痛だったのでしょう」


「そうなのです。これを機にしばらく離宮で静養された方がよろしいのではないかと愚考しておりますのよ」


事実そのように父王に進言して手を回すつもりです。

第1妃が臣下の巧言に惑わされるようでは、周囲に示しがつきません。

国の上層部以外に知らせるわけにはいきませんが、6つ名持ちを怒らせるというのは本当に悪手なのです。お母様はアルトディシアに嫁ぐ前からそのことを教えられているはずのフォイスティカイトの王族でもありましたのに、何故このような計画に加担されたのか・・・何か判断力が低下するような薬でも使われたのかもしれませんわね。


「申し訳ございません。シレンディアお姉様の代わりに私のような者を嫁がせると言われてもご迷惑なだけですよね」


私とお姉様の会話を黙って聞いてくださっていた狐獣人のご兄弟に謝罪します。

そしてこのご兄弟はとても端正なお顔立ちをなさっていますね、あの夜会の後皆が騒いでいたのがよくわかります。


「いえ、迷惑というより、私はもうセイラン以外の女性を娶る気がないのです。これは我がシュトースツァーン家の家訓なのですが、唯一人と心定めた女性が現れたなら、その相手だけを生涯愛し抜け、というものでして」


あら、まあ。

政略結婚が当たり前の高位貴族とは思えないほどの一途な家訓ですこと。

それほど一途にただ一人の殿方から愛されるというのは、羨ましくもありますけれど少し怖くもありますわね。


「しかし、ステファーニア様が私の代わりにヴァッハフォイアに嫁ぐというのは、もう水面下ではそれなりに広まっている話なのでは?第1妃殿下が離宮で静養ということになっては、今後の縁談にも差し支えるのではありませんか?」


お姉様が私のことを心配してくださいますが、今更ですわ。

もともと国のための政略結婚をする身ですもの、相手など誰でも良いのです。

この際もうお母様の罪の連座という形で神殿に入ろうかとも考えておりますし。


「ふむ、ステファーニア殿下は、他国へ嫁ぐのはお嫌ではない?」


お姉様の婚約者にじっ、と見つめられます。

なんだか食べられそうでドキドキしますわね。


「別にどこの誰が相手でも、それがこの国のためとなるのでしたら構いませんわ。王女として生まれたからには、婚姻外交の道具として使われる覚悟は幼少時よりできております」


「ならロテール、お前どうだ?」


「私ですか?」


ロテールと呼ばれた金髪の狐獣人に見つめられます。


「今の会話を聞いている限りでは、うちに嫁いでも問題ないだけの政治、外交センスはありそうですね。義姉上も家に同郷の同族の方がいた方が安心でしょうし」


「このロテールは私の弟ですので、将来ヴァッハフォイアで政治の要職に就くのは決まっています。種族も違う遠い異国ですが、よろしければセイランと一緒に嫁いで来られますか?」


王女と筆頭公爵家の令嬢がヴァッハフォイアの宰相家の兄弟に嫁ぐというのは、これからアルトディシアがヴァッハフォイアとの関係を重視するということを内外に知らしめるには悪くありませんわね。

アルトディシアとヴァッハフォイアの間にある国々への牽制にもなるでしょうし。

ヴァッハフォイアは、王は最強の者が就く称号であって、実質国を動かしているのはシュトースツァーン家だというのは周知の事実ですし。

ヴァッハフォイアはこの大陸最強の軍事力を持つ大国ですから、街中で襲撃したりしたようですし、これ以上アルトディシアに悪感情を抱かれると困りますし。


「私は構いませんが、先ほどのお話を聞く限り、ロテール様も第2夫人や愛妾は持たれないのでしょう?政略結婚ではこの先心に決めた女性が現れた時どうなさいますの?あ、私は構いませんのよ、他に夫人や愛妾が何人いても」


ロテール様がくつくつと笑われます。


「兄上が先ほど言ったシュトースツァーン家の家訓は間違ってはいないのですが、より正確なところは、シュトースツァーン本家の男に嫁ぐのは色々と大変なので、夫の女性関係のような些細な問題で正妻を煩わせるな、というのが正しいのです。ルナール兄上のように唯一人に惚れ込んで求婚するようなことの方が珍しいのですよ。大概は一族の中から相応しいとされる相手を選びます。衝動的に馬鹿な真似をする者が多い獣人族をまとめて国を回している一族ですのでね、政治や外交だけでなく、時に馬鹿をやる獣人族を締めたりと大変ですが、それでも構いませんか?」


獣人族を締める、というのがどういうものかはわかりませんが、政治や外交ならば問題ありません。


「私は一応、婚約者が亡くならなければ、フォイスティカイトの次期王妃になる予定でしたので、政治や他国との外交は大丈夫だと思います。獣人族を締める?というのはよくわかりませんけれど・・・」


「やれやれ、アルトディシアの次期王妃予定だった女性とフォイスティカイトの次期王妃予定だった女性を兄弟で連れて帰ったら、一族が驚くな」


ルナール様が金色の目を細めて笑われます。


「しかし兄上、私はまだ金なのでヴァッハフォイアには帰国できませんよ?」


「それなら問題ない。セイラン、何かこの近辺で過去に出没が確認されたことのある魔獣の素材で欲しいものはないか?お前が直接ロテールに依頼すれば、どんな珍しい魔獣でも出てくるさ」


「そうですか?欲しい素材、欲しい素材ですか・・・そうですわね、リントヴルムの翼が欲しいです!」


お姉様が何でもないことのように、ぽんと手を合わせます。

リントヴルム?!

それは80年ほど前に出没して、討伐するために当時の騎士団の半分が壊滅したという、災害級の魔獣ではありませんか?!


「ステファーニア殿下、討伐を主とする冒険者が白金カードに昇格するには、災害級の魔獣を討伐できるだけの実力がなければなれないのですよ。そしてシュトースツァーン家の男は白金カードに上がるまでは帰国を認められておりません。まあ一応年齢制限がありまして、30歳までになれなければ仕方なしに帰国するのですがね、その場合は本家ではなく分家の扱いに落とされます。そして白金カードに上がるために何より難しいのが、災害級の魔獣に遭遇することでして」


「は、はあ?」


一体何が言いたいのでしょうか、ルナール様は?


「6つ名持ちが望んだ素材は必ず手に入るのですよ、どれだけ稀少な薬草であっても。どれだけ稀少な魔獣の素材であっても。私もセイランがマンティコアの素材を望んでくれたおかげで、マンティコアに遭遇して討伐することができて、晴れて白金に上がれました」


マ、マンティコア・・・!

それも災害級の魔獣ではありませんか、お姉様は愛する殿方に何という無茶な依頼をするのでしょうか。


「おや、それではこの近辺にリントヴルムが出没するということですか?ではちょっと行って狩ってきますので、義姉上、お土産を楽しみにしていてくださいね」


ロテール様は何でもないことのように笑って行ってしまわれました。

本当に大丈夫なのでしょうか?!


「6つ名であることにこのような特性があるなんて、セレスティスに留学するまで知りませんでしたわ」


「お前に出会えて本当に良かった、出会えてなかったら今頃俺はまだ金カードだ」


お姉様とルナール様はのほほんとお茶を飲んでおられますが、本当に大丈夫なのですよね?!

あまりに殺伐とした内容すぎて、全然惚気に聞こえませんわよ?!




3日後、首都から1日ほど行った平原にリントヴルムが出没し、既に1人の金カードの冒険者によって討伐されていたとの報告が城に上がりました。

あの狐獣人のご兄弟にとっては、本当に簡単なことだったようです。


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