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ロテール 2

俺の名はロテール。

寝耳に水の長兄の婚約報告を受け、言われた通りに長兄の婚約者の邸に向かう。

人間族の貴族は時間にうるさいのが多いからな、長兄に恥をかかせるわけにもいかないから、面倒だが正装して時間よりも早めに着くようにする。

門番に名を告げると、すぐに邸の中に案内される。

邸の規模は実家も変わらないが、国によって調度品がまるで違うから見ていて面白いと思う。特に筆頭公爵家というだけあって非常に趣味が良い。

案内された部屋には、アルトディシア貴族みたいな服を着た長兄が待っていた。


「ルナール兄上、なんでそんな恰好してるんだ?」


「うん?ずっと冒険者稼業だったから正装の手持ちが心許なくてな、婚約者の兄が俺と身長が変わらんから、何枚か手直しして融通してもらったんだ」


ヴァッハフォイアの服装か冒険者としての服装しか見たことがないから、正直違和感がある。

多少着慣れておかないと動きにくいし、周囲から浮くからな、と長兄は笑っている。


「実際この格好で夜会でダンスを踊るのは冷や汗ものだったぞ。婚約者がダンスも堪能だったからどうにかなったが、男がリードしてやらなきゃならんような女が相手だったら派手に失敗していたかもしれん」


「ダンスか・・・俺もヴァッハフォイアを出てから踊ってないな、正直いきなり踊れと言われたら困る」


一通りの教育は受けているが、冒険者稼業をしていると社交界での振る舞いとか忘れそうになる。


「そういえば、その右腕の魔術具はどこで手に入れたんだ?ヴァッハフォイアの魔法陣が刻まれた魔術具なんて、市場に出ればとんでもない値が付くだろう?どこかの遺跡でみつけたのか?」


服装は変えても長兄の右腕に嵌っている魔術具はそのままだ。当然だな、大神の魔法陣が刻まれた魔術具なんて、放置すれば盗んでくれと言わんばかりだ。


「いや、これは白金に上がった時に、昇格祝いだと言って婚約者が贈ってくれた。あの時はまだ求婚する前だったから婚約者でなくてただの依頼者で友人だったんだがな」


「はあ?!」


「自作らしいぞ。セレスティスで魔術具作成の講義を集中して受講していたそうだからな。あいつは大神の魔法陣を刻んだ魔術具を作成するのがどれだけ大変なのか自覚がないんだ、今にして思えば6つ名だからだろうな」


長兄が右腕を上げて見せてくれるので遠慮なく観察させてもらうが、間違いなくヴァッハフォイアの正式な魔法陣だ。簡略化されたものなら魔術具師なら多少の魔力を消費すれば刻めるが、正式なものを刻むには膨大な魔力と、固定化するのに更に大神への祝詞と魔力の奉納が必要になるはずだ。おまけに美術品としての価値も高そうなデザインだ。


「こんなものを、ただの友人に贈ったのか?」


普通はよほどの好意か、下心を勘繰ると思うのだが。


「あいつはその辺ずれてるんだよなあ。おかげで持参金なんていらん、着の身着のままで来てくれて構わない、て公爵に言っちまったぜ。さてロテール、先に言っておくが、俺の婚約者は生身の人間族で、幻覚の魔術具の類は一切使っていないからな」


「何の話だ?」


いきなりおかしなことを言い出した長兄に顔を顰めるが、長兄は恐ろしく真顔だった。


「会ったら俺の言った意味がわかるだろうよ。早く正気に戻れよ。あいつの用意してくれる食事はそれはもう美味いからな」


長兄に先導されて、昼食の場に向かうが、俺は一体何のことやら、という気分だ。

幻覚の魔術具?一体何の話だ。


「初めまして、シレンディア・シルヴァークと申します。セレスティスに留学中はセイラン・リゼルと名乗っておりましたので、ルナールにはセイランと呼ばれておりますが、お好きなようにお呼びくださいませ」


そこにいたのは、冬の夜空を集めて神々が精巧に作り上げたかのような人形だった。

星々の輝きを集めて編み上げたかのような銀色の髪は光を反射してキラキラと輝き、深い青紫の瞳は宵闇の空のようだった。陶器のように白く滑らかな肌は・・・


「おい、ロテール、正気に戻れ!」


長兄に後頭部をスパン!と叩かれ、俺は一瞬意識が飛んでいたことに気付いた。


「悪いな、セイラン。こいつはうちの兄弟の中で1番の美術品好きでな。先に忠告はしておいたんだが・・・」


長兄にセイランと呼ばれた綺麗な綺麗な人形は、にこりと白い花が開くように微笑む。


「構いませんわ。楽しんで鑑賞していただければ幸いです。50年もすれば跡形もなくなるでしょうし」


50年もすれば跡形も・・・て生身?人形でなく?え?あれ?


「も、申し訳ありません!ロテール・シュトースツァーンと申します。この度は愚兄が大変失礼を・・・!」


「誰が愚兄だ!そして失礼なのは俺でなくお前だ!まだ正気に戻ってないのか?!」


クスクスと笑う美の結晶のような人形に、長兄がため息を吐いて寄り添うと、まったく美女と野獣じゃないか。

ああ、これはそう簡単に手なんて出せないわ、納得した、下手に手なんて出して壊れたりしたら取り返しがつかないじゃないか。

ていうか、本当にこれが生身の人間族で、長兄の婚約者?!


「なんでよりによってアルトディシアにいたのがお前だったんだ、あと2人ならまだマシだったのに」


ガシガシと頭をかく長兄を眺めながら、その隣で微笑む美しい人間族をちらりと横目で見遣る。

じっくり眺めたりしたら魂を奪われそうだから、ちらりとだけだ。


「ルナールは初対面の時から私の顔を見てもなんとも思っていなかったようですので、新鮮ですわね」


この顔を前にして何とも思わなかったなんて、長兄の美的感覚はどうなっている?!


「俺だって最初から美人だとは思っていたが、まさか自分の人生にこんなに深く関わってくるとは思っていなかったからな」


いや、でかした長兄!

この絶世の美女が義理の姉になるなんて素晴らしい!

一刻も早く白金カードに昇格してヴァッハフォイアに帰国しなければ!

本人も言った通り、50年もすれば跡形もなくなるのだ、できるだけ長くこの目に焼き付けておかなくては!

この絶世の美女が義姉上!


「こいつは昔から綺麗なものが大好きで、ひたすら眺めてはため息を吐いてるような弟だから、ただ眺めるだけで害はないはずだから気にせず鑑賞させてやってくれ。お前も周囲に見惚れられるのは慣れているだろう?」


「私の顔でよろしければいくらでも。そろそろ食事を始めてもよろしいでしょうか?」


「ああ、頼む」


長兄はさっきからため息を吐いてばかりいるが、このような絶世の美女を前にして正直食事なんてどうでも良かったが、昼食を共にするという約束だからな、仕方があるまい。



食事なんてどうでもいいと一瞬でも思ったさっきの俺、なんて馬鹿だったんだ。

長兄が何度も婚約者の出す料理はとても美味だと言っていたが、美味なんてもんじゃないだろう!

シルヴァーク公爵家のレシピというのは、このアルトディシアでは庶民の間でも噂話として有名だが、これは確かに死ぬまでに1度でいいから食べてみたい、と言われるに値する。


「ご兄弟で食事の好みも似ますのね、ルナールの好きな料理を多目にしたのですけれど」


「兄弟でなくても、お前の料理が嫌いな奴なんていないだろうよ」


特にこの、イナリズシという料理は絶品だ。

義姉上がヴァッハフォイアに嫁いだら、ヴァッハフォイアでも食べられるようになるのだろうか。


「ロテール、今日の料理に使われている食材の多くはヴィンターヴェルト産だからな。俺は帰国したらまずヴィンターヴェルトとの商取引の拡大に乗り出すぞ」


「ヴィンターヴェルト?あの国には2年ほど滞在しましたが、こんな料理を食べたことはありませんよ、どれも初めてです」


「フェコラという食材が原料ですよ。召し上がったことはありませんか?」


義姉上がにこやかに話を振ってくれるが、俺の知っているフェコラは白くて四角いあまり味のないぷるぷるした食材だったのだが。


「それで合ってる。俺も料理する場を実際に見せてもらうまでは信じられなかったからな。どんな食材でも調理方法次第なんだと思い知った。そういえば料理人はどうするんだ?」


「オスカーが一緒に行ってくれますよ、やはり急に食事が変わると体調を崩しやすいですし、私のレシピに慣れた料理人がいないと一から教えるのは大変ですから」


「オスカーが来てくれるのか、それなら安心だ。お前がオスカ-にいくら払ってるのか知らんが、ヴァッハフォイアに着いたらシュトースツァーン家の料理人達に指導するのに俺から3倍額出すから、と伝えておいてくれ」


ふむ、まだ手を出していない、落とせていない、と言っていたが、とても仲が良さそうで安心した。義姉上は腕の良い料理人を連れて嫁入りしてきてくれるのか、もう最高だな。

デザートに出てきたホウジチャアイスという香ばしい香りのさっぱりと冷たいお菓子を食べながら、俺は飽きることなく美しい美しい義姉上の顔を直視しないように眺め続けた。隣で長兄がため息を吐いていたが些細なことだ。




「はー、傾城傾国の美女なんて言葉はあるが、まさか本当に国一つ落とせそうな絶世の美貌にお目にかかるとは思わなかった」


「幻覚の魔術具とかは使用していないと先に言っておいたのに、ずっと呆けやがって。あいつはあの顔だから周囲に見惚れられるのは慣れてるけどな」


長兄はげんなりした顔だが、むしろ俺はなんであの顔に見惚れずにいられるのかがわからない。兄弟で話があるからと長兄が言い、昼食後は彼女は席を外した。


「よくあれを攫うのでなく正式に婚約なんてできたな?婚約者くらいいたんじゃないのか?」


筆頭公爵家の令嬢で6つ名持ちだぞ、なんでアルトディシアが紐付けしてないのかがわからん。


「いたんだがなあ、侍女と真実の愛を育んで婚約解消したんだと。おかげで俺はセレスティスに留学してきた彼女に出会えたわけだから、その元婚約者と相手の侍女には心から幸せを祈らせてもらったぜ」


は?なんだ、それ。


「その真実の愛を育んだ侍女は、あの絶世の美貌を前にしても霞まないような艶麗な美女なのか?」


義姉上は絶世の美女だが、足りないものを何か上げろと言われたなら唯一色気だろうな、だから最初は神々が造りたもうた人形かと思ったくらいだし。生身の人間という感じがしない。


「いや?可愛らしい感じではあったが、胸は申し訳程度だし、どこにでもいる感じの普通の女だったぞ。元婚約者共々人畜無害な感じだったから、逆に毒気が抜けた。その侍女と結婚するために王位継承権を捨てたらしいから、元々為政者には向いていなかったんだろうよ」


やれやれ、と長兄は肩を竦める。

確かにあの義姉上の隣に立つには、相当な自信がないと無理だよな、とは思う。

人間族の生まれだけで御膳立てされた地位に胡坐をかくような男では、気後れするというわけか。


「で、国は馬鹿な王子が6つ名の婚約者を捨てたばかりに他国の男に取られそうになり、慌てて6つ名の令嬢を誑かした男を殺そうとした、というわけか」


長兄がにやりと笑う。


「派手に煽ってねずみ共を炙り出せ、とシルヴァーク公爵から言われたんでな、夜会で2人で仲の良さを見せつけてきた結果が、あの祭りだ」


公爵家に敵対する派閥や、義姉上を他国に取られたくない連中が挙って襲ってきた感じだな、実際統率も何もなく様々な連中がまとめてやってきた、ていう感じだったし。


「シルヴァーク公爵は娘をヴァッハフォイアに嫁入りさせることに納得しているというわけか」


「馬鹿な王家に振り回される娘が哀れになったらしい。俺がこの邸にいる間は襲撃もできないから、昨夜は焦れてた連中がまとめてやってきたな。あの程度の連中もあしらえないような男なら切り捨てられたんだろうけどな」


実際、多少アルトディシアと事を構えたとしても、6つ名が手に入るとなればヴァッハフォイアは嬉々として出てくるだろう、本来獣人族の暴走を止める役割のシュトースツァーン家が主導するのだし。


「ヴァッハフォイアには益しかないぞ?昨夜も言ったがポーション類の味の改良者だし、各種魔術具の玉に罠類、ビーフジャーキーにフリーズドライの開発者だ。それに男のお前はあまり詳しくないだろうが、アストリット商会の商品は全て彼女が開発しているらしい」


「ああ?それで政治や外交が完璧で、語学に堪能で絶世の美女?なんでこの国の王家は婚約解消した時点で他の王位継承者を宛がうか、いっそ神殿に神殿長として入れるとかしなかったんだ?馬鹿じゃないか?」


それだけの功績を持つ6つ名を囲い込んでないなんて、愚の骨頂だろう。


「どうやら婚約解消した時に、国のためにあれという洗脳の一部が解けたんだろうな。セレスティスに留学したいと言い出したんだと。6つ名の望みを拒否するわけにはいかないだろう?泣く泣く許可したら、セレスティスで俺が惚れて求婚したというわけだ」


昨夜の言動から、ずいぶんとこの長兄が気に入る女が現れたようだ、とは思っていたが、ずいぶんととんでもない女じゃないか。正直この長兄が1人の相手に執着するようになったのは意外だったが、あれが相手なら理解できる。


「兄上、あんまり愛が重すぎて引かれないようにな。是非義姉上には快くヴァッハフォイアに来ていただけよ」


「もう義姉上呼びか?愛が重いと言われてもな、俺はこの先あいつに俺以外の男を見せるつもりはないからな、一生かけて恋愛感情を教えてやると約束したし」


この長兄に溺愛されているうちに、あの秀麗で繊細な美の極致のような義姉上の美貌に艶麗な色気も加わるのだろうか。そうなったらそれこそ義姉上を巡って国同士が争いそうだな。本人の能力は別として、義姉上は他国との外交には出ない方がいいだろう。


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