ロテール
俺の名はロテール・シュトースツァーン。
金カードの冒険者で、1年程前からアルトディシアで活動している。
その地域によって魔獣の生態は変わるから、ランクを上げたいなら自分が狩りやすい魔獣が多く生息している地域にいるのが1番だ。
冒険者のランクは、銀までなら誰でもどうにかなるが、金以上となるとそうもいかない。
金に上がれるだけの魔獣を狩れるなり、稀少な素材を採集するなりしなければならないからだ。
そしてそんな強大な魔獣はそうそうお目にかかれないし、稀少素材も同様だ。
だから、銀で燻ってる連中がいっぱいいる。
それは白金も同様だ。
白金に上がれるだけの魔獣や素材なんてそうそうお目にかかれるもんじゃない。
俺が金に上がったのは、単独でフェンリルを狩ったからだが、狩るだけならできる冒険者は銀にいくらでもいるだろうが、遭遇するのが難しいんだ。
冒険者が金以上に上がるには、強さ以外に運要素が必要となる。
「ねえ、ロテール・シュトースツァーン?」
冒険者ギルドで依頼表を眺めていると、初対面のエルフ族の女に声を掛けられる。
「そうだが?」
「あ、良かった。ルナールが金髪で自分と似たような顔立ちだ、て言ってたからすぐわかるかと思ってたんだけど、顔立ちは似てるけど、雰囲気は全然違うね」
長兄の知り合いか?このエルフ族。
「あ、ごめんね。私はエリシエル・アルベルタ。見てのとおりエルフ族で金カードの冒険者で、あなたの兄の友達よ」
胡乱な顔をしたのがわかったのだろう、エリシエルと名乗ったエルフが慌てて自己紹介してくる。
友達、ね。
確かに、顔は綺麗だが凹凸の少ないエルフ族な時点で長兄の好みとは外れてるな。
「あ、なんか嫌なこと考えたでしょ!ルナールが私を見て鼻で笑う時とおんなじ顔!」
「気のせいだろう。で?長兄の知り合いが俺に何の用だ?」
エリシエルは憮然とした顔をするが、長兄からの伝言を伝えてくる。
「ルナールも今アルトディシアにいるの。近いうちに会いに行くから、あまり遠出せずにいてほしいって」
冒険者は依頼次第では何日も街を離れることになるからな、確かに、伝言を聞かなければどこに行くかわからなかっただろう。
「わかった。わざわざ悪いな。ところで、長兄は何しにアルトディシアに来たんだ?」
確かここ数年セレスティスで活動していたはずだが。
長兄も次兄も俺も金カードまでは上がったが、そこから白金になるのに苦労してるんだよな、弟は銀のままなかなか金に上がれるだけの魔獣に遭遇できてないらしいし。
「結婚するから婚約者の家に挨拶しに?」
「・・・は?」
結婚?
あの長兄が?
昔から女遊びは割としていたが、遊びは遊びと割り切っていたと思うんだが。
ヘマやって孕ませでもしたのか?そうだとしても金で解決するか、つまらん女なら後々の禍根にならないように消すくらいのことはしそうな気がするんだが。
大体、シュトースツァーン本家の嫁なんて、一族の中から特によくできた我慢強い女でないと務まらないだろう、特に長兄は当主になるんだし。
「まあ、詳しくは本人に訊きなよ。どこの宿とか酒場によくいるとか決まってる?伝えておくよ」
「・・・宿は西地区の銀のゆりかご亭、夕食は大体紅の牙亭で摂ってることが多い」
「ん、どっちも獣人族の多いところだね、了解、伝えておくよ」
にこやかに手を振って去って行こうとするエリシエルを呼び留める。
「おい、長兄の婚約者を知ってるのか?」
「知ってるよ、ルナールとは共通の友達、ていうか元々は依頼人だったんだけどね。紹介してもらえるだろうから楽しみにしてなよ、驚くよー?」
一体何に驚くというんだ、長兄が一族以外から妻を娶ることに決めたことにか?
わざわざアルトディシアに挨拶に来るということは人間族か?
そもそも、白金になるまでは俺たちはヴァッハフォイアには帰れないんだが。
王位も狙えるだけの強さがなければシュトースツァーン家の男はそれと認められないんだし。
いたずらっぽく笑ったエリシエルを見送って10日後、エリシエルを伴って長兄が紅の牙亭にやってきた。
「久しぶりだな、ロテール」
久しぶりだけれども、なんでこの長兄は無駄に色気を振りまくようになってるんだ?
シュトースツァーン家を継ぐのに嫌気がさして、金持ちの人間族の女でも引っかけてヒモにでもなることにしたのか?
店の中にいる女どもが皆顔を赤らめてこっちを見てるじゃないか。
「・・・ルナール兄上、なんでそんなに色気振りまいてるんだ?」
「ん?ああ、婚約者がなかなか落ちてくれないんでな、常に俺を意識してくれるように頑張ってるんだが、他の女の視線ばかり煩わしくて、あいつには一向に効かないんだ」
「誰が相手であろうと、セイランさんがうっとり恋をしたような目で見つめる姿なんて想像できないけどねえ」
呆れたように笑うエリシエルの額を、長兄が指で弾く。
「うるさいぞ、俺はこの先あいつ一筋で生きると決めてるんだから、どうせなら親愛感情だけでなく恋愛感情もしっかり持ってほしいだろう、俺はあいつの全てが欲しいんだ」
「いったーい!もう!ルナールに虐められる!てセイランさんに言い付けるんだからね!」
この色気駄々洩れの長兄に全く靡かない女が婚約者?いや、エリシエルも全く靡いてはいないが、それは長兄にまるでその気がないからだろうが。それにしても仲が良いな、婚約者と別の女のこんな姿を見せられたら、普通の女なら嫉妬に狂うと思うんだが。
「おいロテール、俺とエリシエルはただの友人だからな。それも婚約者を通しての友人というのが正確なところだ。少なくとも俺はこんな真っ平らな胸の女に興味はない」
「エルフの種族特性だよ!セイランさんと比べないでくれない?!」
ぎゃあぎゃあと言い合う2人を見ながらため息を吐く。
シュトースツァーン家の男は結婚したら浮気をしないというのは、我が家の教育方針だ。
それは何代か前の当主に女好きがいて、ある時愛人が乗り込んできたことで、非常に出来る女だった正妻がぶち切れて離婚騒動に発展したことに端を発している。
ただでさえ重責をかけている正妻に、つまらない心労をかけるんじゃない、ということである。
割と情けない理由だ。
「で?ルナール兄上、用件は?」
仲が良いのは結構だが、話が全然進まない。
「エリシエルから聞いたんだろう?結婚することになったんだ。式はこのアルトディシアの神殿で挙げてからヴァッハフォイアに帰るから、親族として参列してもらおうと思ってな」
「俺は人間族の金持ちの女でも誑かして、ヒモにでもなるつもりかと思った。ヴァッハフォイアに連れて帰るのか?白金に上がれたのか?」
柔な人間族の女に、うちの当主夫人が務まるのか?という内心の声はしっかり伝わったのだろう、長兄がにやりと笑う。
「白金には上がったぞ、婚約者からの素材の依頼でマンティコアを討伐したからな。彼女の欲しがる素材はどれだけ稀少素材であっても手に入るようになっているんだ。ヴァッハフォイアには当然連れて帰る。政治、外交は完璧に教育を受けていて、語学は今は30言語まで話せるようになったと言っていた。ヴァッハフォイアは少数民族が多いから、その言語を学ぶのが今から楽しみだと笑っていたぞ。剣と弓は銀カードくらいには使えるんじゃないか?何より敵対する者に対する圧倒的な冷徹さと悪辣さが素晴らしい。何事も下準備の段階で9割は決まると言っていたが、あいつなら政治でも外交でも戦闘でも、下準備の段階で勝利を確定させるぞ。しかも料理上手で絶世の美女だ」
「そんなふざけた女がいるのか?」
胡乱な目で長兄を見遣ると、エリシエルがため息を吐く。
「ああ、うん、言いたいことはわかるんだけどね、いるんだよ、これが。まだ18歳だっけ?それなのにすごく老成して達観してるし。気さくで面白い人だけどね。頼めば何でも作ってくれるし」
「獣人族にとっての大恩人だぞ?お前もポーション類の味が改良されたのは知ってるだろう?あれをやってくれたのが彼女だ」
素晴らしい。
正直、長兄とエリシエルの言うことは話半分に聞いておくにしても、ポーション類の味を改良してくれた救世主だったとは。
その事実だけで、ヴァッハフォイアが諸手を挙げて歓迎するに相応しい人材だ。
そこで長兄が立ち上がった。
「おい、お前ら!今からここに俺を狙って集団のお客さんが来る!俺が結婚するのを面白く思わない連中だ!俺の婚約者はポーション類の味を改良してくれた獣人族の恩人で、人間族の女だ!実に優秀な女で、ヴァッハフォイアに取られるのをよしとしない連中が大勢いる!そんな女をヴァッハフォイアに迎えたいと思わないか?!」
「うおおおお!!!!!」
この酒場は主に獣人族が利用する酒場だ、つまりはほとんどがヴァッハフォイア出身の血の気の多い冒険者だ、そこにシュトースツァーン家の次期当主が火を落とした。
ポーション類の味を改良してくれた研究者に感謝しなかった獣人族はいない。それが人間族の女で、シュトースツァーン家の次期当主が嫁に迎えるという。
「さあ、お前ら!祭りの始まりだ!」
長兄がナイフを窓に投げつけて、窓の外でどさりと倒れる音がしたと同時に、扉と窓をぶち破って襲撃者がわらわらと飛び込んできたところから酒場内は戦場と化した。
獣人族は血の気の多いのが多いから、酒場での荒事は日常茶飯事だ、非戦闘員はさっさと隠れている。
まったく、長兄はどんな女を選んだんだよ?
襲い掛かってきた男の腹を薙ぎながら、ため息を吐く。
「あーもう、こんなのに巻き込まれるならついて来なかったら良かったよ。私は討伐でなくて採集のほうが本職なのに」
泣き言を言いながらも弓で次々と天井や窓を射ているエリシエルは、なるほど金カードだというのも頷ける腕前だ。
「あいつが今夜は祭りだから俺と一緒に行くのはやめた方がいいんじゃないか、とちゃんと忠告したのに、面白そうだから、と付いてきたのはお前だろう?」
「こんなお祭りだとは思わなかったの!もう、セイランさんてば、結婚前から獣人族の特性を理解し過ぎだよ!」
「実に頼もしいじゃないか!」
どうやら長兄の婚約者はこの事態を予測していたらしい。
治安維持の騎士団が来る前にとっとと片づけたいところだが、なかなか数が多い。
「・・・おかしいな、騎士団が来る気配がない」
「王家が手を回してるんだろ」
襲撃者の首を飛ばしながら、なんでもないことのように言う長兄にひくり、と頬が引き攣る。
「アルトディシア王家を敵に回すような女なのか?!」
「6つ名持ちの筆頭公爵家令嬢だ」
一瞬、思考が止まる。
・・・それは、国としてはなんとしても他国へ嫁ぐのは阻止したいだろう。
「なんでそんな面倒な女に手ぇ出したんだよ、この馬鹿兄貴!」
腹立ちまぎれに、目の前の襲撃者の胴を真っ二つに叩っ切る。
「まだ手ぇ出してねえよ!正式に求婚して相手の家族にも認められたが、まだ口付けひとつしてないんだぞ?!」
ぎゃはははは!と周囲から笑い声が上がる。
「シュトースツァーン家の坊ちゃんも、本気になった相手には強くは出られん、てことか!」
「ルナール様、今までさんざん女遊びしてきた癖に!」
笑い死にしそうな勢いで笑い転げている獣人が何人もいて、長兄は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「やかましいわ!あれがそう簡単に手を出せるような女だったら苦労してないんだよ!それと坊ちゃん呼びはやめろ!」
長兄の右腕の金のバングルに付いた赤い魔石が炎のように揺らめき、ぶん!と大剣を振るうと、長兄を取り囲んでいた襲撃者の身体が5人分まとめて上下に別れて血飛沫を上げて倒れ、周囲から歓声がいくつも上がった。どこかの遺跡からヴァッハフォイアの魔術具でもみつけたのか?
「ルナール様、かっくいー!」
「うおお!俺もそれやってみてえ!」
「馬鹿、お前じゃ無理にきまってんだろ!」
げらげら笑いながら、数が減って及び腰の襲撃者たちを追い詰めていく獣人族は皆間違いなく戦闘狂だ。普段は抑えに回るシュトースツァーン家の次期当主がわざわざ先導してるんだからな。
大体片付いたところで、大勢のやってくる気配がする。
これは捕まるとまずいだろう、さっさと・・・
「終わりましたか?ルナール殿」
半分外れかけた扉を開けて屈強な人間族の騎士達を引き連れて入ってきたのは、金髪に青い目の恐ろしく綺麗な顔をした人間族の少年だった。
「ああ、終わったぞ。いい読みだな、ジュリアス」
長兄が入ってきた少年にウィンクすると、少年は実に嫌そうな顔をする。
「私ではなく、姉上の読みですよ。襲撃者の息のある者はうちで引き取って情報を吐かせますが、まあ恐らく大した情報は知らされていないでしょうね」
少年が肩を竦め、騎士達が息のある襲撃者を捕縛していく。
「どうせ公爵とクリストハイト殿が嬉々として暗躍してるんだろう?」
「ええ。これを機に一気にまとめて政敵を弱体化させると言っていました。お怪我はありませんね?姉上が心配しますから、傷とか付けたまま家に戻ってこないでくださいよ」
「この程度の連中に傷ひとつつけられるかよ。シュトースツァーン家の当主は、王位も狙えるだけの強さがないと認められないんだからな」
ふう、と少年がため息を吐く。
「そのように噂を流すよう母上に進言しておきます。今後の馬鹿な襲撃者も減るでしょうしね。ところでこの店の店主は?」
さっきまで大斧をぶんぶん振り回して暴れていた熊獣人が手を上げる。
「店の修理代だ、残りはこの場でルナール殿に味方した者達の酒代にしてくれ」
そう言って少年が渡したのは、どう見ても小金貨3枚だった。修理代はどう高く見積もっても小金貨1枚もあれば十分だろう、見ていた獣人達から歓声が上がる。
「あと姉上から差し入れです。ルナール殿は無傷でも、怪我をする者も出るだろうとのことで」
少年が合図すると、騎士達がいくつもの箱を運び込んでくる。
箱の中には、味を改良されたポーションが各種100本ずつ入っており、獣人達がさらに歓声を上げる。
「ルナール殿、姉上はそこそこ腕は立ちますが基本的に荒事は好みませんので、荒事の多そうなヴァッハフォイアでしっかり守ってくださいね?」
「俺が自分の妻に髪一筋でも傷付けさせるわけがないだろう」
ひらひらと手を振って出て行く少年を見送りながら、長兄を見遣る。
「あれは?」
「ジュリアス・シルヴァーク、婚約者の弟だよ。姉と一緒にセレスティスに留学してたから、アルトディシアに来て初めて会った他の家族よりは交流がある」
筆頭公爵家の令嬢だと言っていたが、やはりシルヴァーク家か。
まったく、やっかいな女に手を出したものだ、いや、まだ手は出してないと言っていたな。
「ルナール様、今のその姿を見せたら落ちない女なんていないでしょうよ」
戦闘後で凄絶な色気を振りまいている長兄に、狼獣人が笑いながら声をかけるが、実際今すぐにでも長兄を寝床に連れ込みたい、という顔をしている女達が周囲にたくさんいる。
「そんな簡単に落ちる女なら苦労しないさ。今の姿を見せたらきっと、とっとと風呂で返り血を洗い流して寝ろ、疲れただろう、と真顔で言われるぞ」
「あっはははは!言いそう。めちゃくちゃ言いそう。血を見て騒いだり倒れたりするような深窓の令嬢ではないけど、セイランさんてそういう人だよね、だから面白いんだけど」
長兄がため息を吐き、エリシエルがケラケラと笑う。
「そんな硬い女なのか?ルナール兄上、そんな女が好みだったか?」
「硬いというか、色事に興味がないんだよな、あれは。まあ気長に落とすさ。俺はもうあいつに決めたから、あいつ以外の女はいらないんだ」
今夜一晩だけでも、と長兄に纏わりつこうとしていた女共の手を払って長兄が笑う。
「ロテール、明日の昼食の場で婚約者を紹介するから、シルヴァーク公爵邸に来いよ。アルトディシアにいたんだから場所はわかるだろう?」
この長兄が自分の隣を任せるに足りると判断した女だ、どんな女か楽しみにしておこう。