ユリア 2
私はユリア。
去年ディオルト様と結婚して、臣籍降下したディオルト様のために新設されたアリセルプト公爵夫人になったの。
第3夫人だけど、第1第2がいないから、夫人同伴の夜会や公式行事の場には同行しなきゃならない、正直めんどい。
ディオルト様のことは好きだけど、公式行事とか面倒だから、お願い、良家のお嬢様の誰か第1夫人に来て!
前世の記憶でも、王室とか皇室に民間から嫁ぐのって大変そうだったもんねえ、まさか自分がそうなるとは思ってなかったけど。
でも今日の夜会はちょっと楽しみ。
だって、ディオルト様の6つ名の元婚約者さんがセレスティスから帰国してて、しかも留学中に知り合った獣人族の冒険者と恋に落ちて、婚約者として連れて来てるという噂なんだもの!
すごい!
悪役令嬢が婚約破棄後に他国に追放されて、自分を助けてくれた冒険者と恋に落ちるなんて、前世で読んだラノベにもよくあったパターンじゃない?!
彼女は悪役令嬢じゃなかったし、追放されたのではなく留学だったけど、細かいことはいいのよ、リアルでロマンチックな恋物語を目の前で見られるというのが楽しみなの!
周囲では獣人族だなんて、冒険者だなんて、という悪意に満ちたひそひそ話が聞こえるけど、ケモ耳可愛いし、もふもふなら尻尾も触ってみたいよね!
私は人間族でもエルフ族でもドワーフ族でも獣人族でも好きならなんでもいいんじゃない?と思うけど、どこの世界でも差別する人は差別するから仕方ないよね、私も未だに貧乏男爵令嬢ごときがディオルト様を誑かして、みたいなことしょっちゅう言われるし。
なんか初めてあの何考えてるのかさっぱりわからなかった元婚約者さんに親近感が湧いた気がするわ。
色々言われてるけど、少なくとも彼女は種族で人を差別する人ではないんだ。
ざわり、と空気がどよめいた。
目をやると、シルヴァーク公爵夫妻と一緒に元婚約者さんが黒髪の獣人族にエスコートされて入ってきたのが見える。
・・・うわぁお!すっごいイケメン!
元婚約者さんをエスコートしていたのは、背の高い、細身だけど筋肉はかっちりついてるのがわかる細マッチョの、狐耳に狐尻尾の黒髪に金色の目をしたワイルドな感じの超絶イケメンだった。
思わず隣のディオルト様の顔を見上げてしまう。
ああ、うん、まるでタイプが違うわ。
元婚約者さんの好みが、あの狐獣人みたいなワイルドなイケメンなら、ディオルト様にまるで興味を示してなかったのも仕方ないよね。
ディオルト様は優しくて甘い感じの美形だけど、あっちは精悍で端正、て感じだもの。
元婚約者さんも、元々ものすごい美少女だったけど、3年ぶりに見ると破壊力がすごい。
キラキラツヤツヤな星の輝きを集めたようなと称されていた銀髪を結い上げて、イヤリングとネックレスとお揃いのデザインの、揺れる雫型の青紫の宝石がたくさんついた髪飾りをつけている。
元婚約者さんの瞳と同じ色だ。
ドレスは胸がないと着られないベアトップのマーメイドラインで、それも瞳と同じ青紫で裾にいくほど色が濃くなっている。
相変わらず細っそいウエストで、それなのになんで胸はあんなにあるんだろう?E?もしかしてFとか?羨ましい。
顔はいわずもがなの絶世の美貌で、隣のワイルドイケメンを見上げてものすごく幸せそうな表情で微笑んだものだから、それを見た社交界デビューしたばかりの若い子たちが何人か倒れちゃったみたい。
3年国を離れていたから、彼女の顔を知らない人がそこそこいるのよね。
元々彼女は国を離れる前はまだ成人前で、それほど社交界に顔を出していたわけじゃないし。ディオルト様の婚約者だったから、お城の人は皆知ってたけど。あんな顔、1度見たら忘れられないし。
「幸せそうで良かった・・・」
隣でディオルト様がほっと息を吐く。
自分の一方的な都合で婚約を解消して、彼女の立場を悪くしちゃったことをずっとディオルト様は気にしてたからね。
私がディオルト様のことが好きなのは、コンプレックスまみれになりながらも、1度も元婚約者さんのことを悪く言ったことがないことだ。
別れた彼女の悪口を言うような男って最低だよね、その点ディオルト様は従妹でもある彼女のことを決して貶さなかった。
ワイルドイケメンさんが、元婚約者さんを見つめて、それはもう甘く微笑む。
なんていうか、全方位にフェロモン振りまいてるような感じ?
獣人族なんて、て陰口言ってたマダムも真っ赤になっている。
結局のところ、顔がいいって正義よね。
「1度挨拶に行きたいのだが、構わないだろうか?」
ディオルト様が私に確認してくる。
私は一応略奪愛しちゃった側だから、もし彼女が一人なら気まずかっただろうけど、あんなにラブラブなイケメンがいるならモウマンタイ。
「勿論です。シレンディア様がお幸せそうで私も嬉しいです」
生のもふもふワイルドイケメンも間近で見たいしね。
2人が陛下に挨拶しているのが見えるけど、イケメンの方もなんかすごい堂に入ってる感じがする、あれ絶対こういう場に慣れているよね?冒険者だと聞いてたんだけど。
陛下がまず踊らないと他が踊れないから、陛下が第1妃をエスコートしてダンスを始めたところで、ディオルト様と2人で元婚約者さんのところに向かう。
「シレンディア、久しぶりだ」
振り返った元婚約者さんは、間近で見ると本当に心臓に悪いくらいの美形で、このワイルドイケメンよく口説き落とせたな、とちょっと尊敬の念が湧いてしまう。
美形すぎると近寄りがたいよねえ、遠くから眺める分には綺麗だけど。
「まあディオルト様、お久しぶりでございます」
微かに微笑んだだけでこの破壊力だよ、ディオルト様が面食いでないことだけは確かだ、この絶世の美女でなくちょっと可愛いだけの私を選んだ時点で。
「今更だが紹介しよう、妻のユリアだ」
「初めまして、シレンディア様。ユリアと申します」
そう、私のことを何も追及せずにセレスティスに留学しちゃったんだよね、この人。
おかげで、シレンディア様にも何か後ろ暗いことがあったのではないか、とか色々勘繰られたおかげで、私は思っていたほど周囲の悪評に晒されずにすんだから、実は結構感謝している。
「私も紹介させていただきますわ。婚約者のルナール・シュトースツァーンです」
隣のワイルドイケメンが軽く会釈する。
ううん、間近で見ると本当にカッコイイわ、前世風に言うなら抱かれたい男No1、て感じ?
「初めまして、ディオルト・アリセルプトです。シュトースツァーン?ヴァッハフォイアの?」
ディオルト様には、ワイルドイケメンの姓に聞き覚えがあったようで僅かに眉を顰める。
「初めまして、アリセルプト公爵。お察しのとおりですよ、私はヴァッハフォイアのシュトースツァーン家の長子です。国に帰って数年したら現宰相である父の跡を継ぐことになるでしょう」
わぁお。
ワイルドイケメンは冒険者なのに、ヴァッハフォイアの次期宰相さんだったらしい。
衝撃の事実に私達の様子を窺っていた周囲が騒めく。
「ヴァッハフォイアでは身分を問わず若いうちは冒険者になって大陸中を自分の目で見て回る習慣がありますので。そのおかげで生涯の伴侶とするに相応しい女性にも出会えましたし」
ワイルドイケメンがにやりと笑って元婚約者さんをそっと抱き寄せると、元婚約者さんは微かに顔を赤らめて大輪の花が開くように微笑んだ。それだけでもう周囲は阿鼻叫喚だ。超美男美女のいちゃいちゃは破壊力半端ない。
「非才な身ですが、ルナールの役に立てるよう頑張りますわ」
「君が非才なら、才ある者などいないことになってしまうよ。良かった、幸せそうで。君たちの前途に幸あらん事を」
なんだかんだと元婚約者さんに慣れているディオルト様がにこやかに言うと、ワイルドイケメンがふっ、と笑う。
「私がセイランと出会う機会を与えてくださったアリセルプト公爵に心から感謝を。奥方にも。お2人もどうぞお幸せに」
そう言って元婚約者さんをエスコートしてホールに踊りに行ったワイルドイケメンは文句なしにカッコ良くて、周囲の女性は未婚既婚問わずぽーっとなってしまっている。
冒険者風情が、とか、獣人族なんて、とか言ってたけど、ホールで踊る2人は正直あの後に誰が踊るの?!てくらいに優雅で華麗でものすごく上手だった。
元婚約者さんは、綺麗すぎて近寄りがたいけど、ワイルドイケメンは生身な感じがするのがまた罪作りだよね。
後日、女性のお茶会でシルヴァーク公爵夫人から広まったワイルドイケメンの口説き文句はものすごかった。
今は好きでなくても構わない、必ず好きにさせてみせるから、とか、一生かけて愛を教えてやる、とか、もうもうきゃー!て感じだ。
あんなイケメンにそんな台詞言われたら・・・!と悶える女性が続出だ。
しかも、元婚約者さんは6つ名であることも、シルヴァーク公爵家の名も隠して留学していたようで、あのワイルドイケメンは何も知らずに一緒にヴァッハフォイアに来てくれと求婚したらしい、そこがまたきゃー!となる。
だからシレンディアでなくセイランて呼んでたんだね、と納得しながら、なんとなく元婚約者さんはワイルドイケメンの勢いに押され負けたのかな、と思ってしまった、なんとなくだけどね。
だって、恋愛に身を焦がす?て感じのが想像できない人なんだもの、彼女。
私達がきゃー!てなってる口説き文句も、彼女なら淡々と聞いてそうな気がするの、うん、なんとなくだけどね。