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父とルナールの対面は特に問題なかった。
母はずっとルナールをキラキラした目でみつめていたが、ジュリアスそっくりな顔の中年女性に熱く見つめられたルナールはさぞかし居心地が悪かったに違いない。
これが本当にお前の母親か?と視線で訴えられるのをひしひしと感じたし。
ごめんね、娘の私があまりにも枯れているから、この恋愛脳丸出しの女性との血の繋がりを疑ったに違いない。
「それでは、シルヴァーク家の後援も、アルトディシアの後援も一切望まないと?」
「アルトディシアとヴァッハフォイアはそれぞれ大陸の東端と西端ですからね。正直、何かあっても距離がありすぎます。それに彼女は獣人族にとっては救世主といっても過言ではない発明をセレスティスでしてくれまして、全ての獣人族が彼女に感謝を捧げていますので、シュトースツァーン家だけではなく、ヴァッハフォイアの国を挙げて歓迎いたします」
持参金いらない、て言ったの本気だったんだ・・・
私はちょっと唖然としてルナールの端正な横顔を見つめてしまう。
王族同士の婚姻とさして変わらない関係だから、本来ならば多額の持参金と、何かあった際に騎士団の派遣とか、きな臭い話をすれば他国との争いの際の同盟とか、そういう話になるのだろうけど、確かにアルトディシアとヴァッハフォイアは人的資源を派遣するには遠すぎる。
「シュトースツァーン家当主の妻とは、ヴァッハフォイアの宰相夫人と同義語です。立場的に非常に多くのことが求められるでしょうが、その役割を彼女ほど完璧に熟してくれる女性は他にはいないと思って求婚いたしました。その想いに応えていただけたのに、これ以上何を望みましょうか」
言っていることは、これから脳筋共の総まとめ役の妻になるんだからきりきり働いてもらうぜ、ということなのだが、お母様は感極まって今にも倒れそうな顔をしている。
イケメンがイケボで言うとなんでもカッコ良く聞こえるんだね。
「ならば結納金も必要ない」
いや、それは、とルナールが言いかけるのをお父様が手を振って制する。
「この娘が6つ名であることは聞いたであろうが、我が家はともかく王家は他国に嫁に出すのに良い顔をしないだろうからな。正直、親心としては派手に嫁入り道具を持たせて送り出してやりたいのだが、王家の手前少しばかり控えめにしなければならないのだ。ヴァッハフォイアに着いてから、この娘が不自由な思いをしないようにしてやってくれ」
まあ、アルトディシアという大国の筆頭公爵令嬢が嫁入りするのに、嫁入り道具が貧相だと国と家の威信に関わるし、嫁いでから扱いが軽くなる可能性もあるからね。
規模は違うが名古屋の派手婚のようなものだ。
「私としましては、着の身着のままで来ていただいても全く構わないのですがね。彼女には、存在そのものに価値がありますので」
以前私が女性のおしゃれがいかに大変なのか語ったせいで、もうこの際、ヴァッハフォイアに着いてから楽な衣裳ばかり仕立てたらどうだ?とルナールからの副音声が聞こえる気がする。
一応王家に遠慮する体で家からの嫁入り道具が少しばかり少なくても、私自身の個人資産が結構あるから別に問題ないのだが。
「結婚式はアルトディシアの神殿で行っていってくださらない?シレンディアとは今生の別れになるかもしれませんでしょう?娘の婚礼衣装姿くらい見たいですわ」
ジュリアスの予想がドンピシャだ。
でもまあ、確かに、大陸の端と端に別れてしまうのだから、今生の別れになるかもしれないというお母様の言葉も間違ってはいない。
「勿論です。ただ、私の方の参列者はちょうどアルトディシアで冒険者として活動している弟1人になってしまうと思いますが、ご容赦ください」
「まあ嬉しいわ!早速衣裳の注文をしませんとね!」
お母様はウキウキだ。
まあ、これが最後と思えば、着せ替え人形になるのも親孝行のひとつだろう。
一緒に着せ替え人形にされるルナールにはご愁傷様だが。
「なあ、あれが本当にお前の母親か?顔立ちはジュリアスにそっくりだから、父親の後妻とかではなく?」
やはり言われた。
「残念ながら実の母親ですよ。父親とは血の繋がりを感じますが、母親にはあまり感じたことはありませんけれどね」
私の家族との面談が終わり、ルナールがちょっとぐったりしている。
「あれでもこの国の元王女なんですよ、あの母親は」
そこにジュリアスがため息を吐きながら入ってきた。
「この国の王族には時々ああいうのが出るんだ。だから当家がヴァッハフォイアにおけるシュトースツァーン家のようなものだといえばおわかりだろうか?」
そこにクリストハイトお兄様も入ってきた。
前世でも、時々誰もがえ?と思う相手を選んじゃう人が定期的に出る有名な王室があったよね。
ちょっとダレていたルナールが背筋を伸ばす。私とジュリアスだけならともかく、お兄様とは今日が初対面だしね。
両親との対面では何も口出ししなかったが、兄として少し妹婿と話でもということだろう。
「・・・ああ、真実の愛に目覚めて王位継承権を放棄した馬鹿王子ですか」
ルナールが納得したようにため息を吐く。
確かに、あの真実の愛発言を聞いた時、私も自分よりも従兄であるディオルト様にうちの母との血の繋がりを如実に感じ取ってしまったしね。
「聞いていたか。妹は時にそういう馬鹿者の代わりに政務を執り行うことができるよう、幼少時から教育を受けてきたから、ルナール殿がそういう役割を妹に求めているのなら如才なく熟すことができるだろう」
「むしろ、宰相夫人となる女性に他にどのような役割を求めると?」
ルナールが肩を竦め、お兄様が小さく笑う。
「妹に6つ名であること以外の価値を認めて、この国から連れ出してくれる君に感謝を」
「むしろ6つ名だと知ったのは求婚した後でしたので」
「この国の王家は、妹に完璧な王妃となることを求めておきながら、6つ名であること以外の価値を認めなかったのでね」
おや、お父様もだったが、お兄様も王家の私への仕打ちには些かお怒りのようだ。
「シルヴァーク家は王家の血がよく入る割に、ああいう吹っ切れた者が何故か出なくてね。苦労性の家系なんだ」
別に私は母親のことも、婚約解消されたとはいえディオルト様のことも嫌いではない。ただ理解の範疇から外れているだけで。
そしてお兄様とルナールは何か通じ合うものがあったらしい、なんだか急速に仲良くなっている気がする。
まあ、ジュリアスは末っ子なのと母親に顔立ちがそっくりなのもあってか、我が家の直系にしては少し軽めだが、お兄様は生真面目で苦労性なシルヴァーク家そのものの性格だしね。
苦労性のシュトースツァーン家の長子とは気が合うのだろう。
冒険者をしている限りでは、ルナールはそんなに苦労性には見えなかったのだが、ヴァッハフォイアのことを聞くと、一族で代々苦労してきたんだなあ、と涙を誘われたし。
「ところでルナール殿、母上が10日後に城である夜会に君たち2人を連れていきたいそうだ。私と君は身長が変わらなそうだから、私の袖を通していない衣裳を何着か急いで手直しして君に譲るよう言われたのだが、どうだろうか?」
「正直助かります。アルトディシアとヴァッハフォイアでは衣裳のデザインがまるで違いますし、ずっと冒険者稼業でしたので、正装の用意が心許ないので」
そりゃあ、10年以上故国を離れて冒険者稼業してたら、正装なんてする機会ほとんどないもんね。
金カード以上になると貴族の護衛や指名依頼を受けることも増えてくるので、一応正装も季節毎に1着ずつ準備している程度だと言っていた。
どうせ国に帰ったら毎日正装するような生活になるんだから、冒険者をしている間くらい楽な格好で過ごしてもいいだろう、ということだ、とてもよくわかる。
「シレンディア、お前もしばらく正装していなかったのだろう、ルナール殿とダンスの練習くらいしておくように」
ああ、そうね、実に面倒くさいけど、義務だし仕方ないね。
私は楽器演奏は得意だし好きなのだが、ダンスはあまり好きではないのだが。
「セレスティスでは踵の低い靴に簡素な衣裳で毎日過ごせてとても楽だった、と言っていたもんな。だが俺もダンスは一通り教育は受けているが、冒険者稼業中は踊る機会なんてなかったから、衣裳も違うし少し復習がてら練習しておいたほうが助かる」
私がうんざりしたのがわかったのだろう、ルナールが諦めるようにと笑う。
「ふむ。シレンディアがこれだけ打ち解けているということは、恋愛感情はともかく、親愛感情はかなり高いようだな。概要だけ聞けば市井で流行るような陳腐な恋物語もかくや、というような恋人同士なのだから、頑張って母上が喜ぶように幸せをアピールしてくると良い」
「恋愛感情とはどうすれば理解できるようになるのでしょうね、お兄様」
長年の恋愛なんてしたくない、という感情が凝り固まりすぎて、なかなか解ける様子がないのだが。
「そんなことは私ではなく、ルナール殿に教えてもらいなさい」
お兄様に深々とため息を吐かれてしまった。
概要だけ聞けば、と言っている時点で、母親以外の家族は私とルナールの関係を正確に理解していると思うのだが。
「まあ、城の夜会で其方らの紹介をすることで、有象無象が動き出すだろう。精々頑張ってその無駄に美しい顔を最大限利用してねずみ共を炙り出してこい、というのが父上の命令だ」
実の父親とは思えないお言葉である。
だが、有象無象の炙り出しは必須だしね、頑張りますか、無駄に美しい顔を利用して。
ルナールは横で大笑いしているから、それこそ面白がって散々周囲を煽ってくれるだろう。




