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3年ぶりのアルトディシアへの帰省だ。
セレスティスに行った時と違うのは、ルナールとエリシエルがいて、ジュリアスも一緒に帰ってきたことだろう。ジュリアスは私の結婚問題が片付いたらまたセレスティスに戻ってもう少し学び続けると言っていたけれど。
「ルナールは当然我が家に滞在するとして、エリシエルさんはどうされますか?我が家に逗留していただいても構いませんし、冒険者ギルドに護衛依頼終了の報告をしたあと適当な宿屋に泊まられますか?」
エリシエルはアルトディシアへ護衛として一緒に来たので、一旦は護衛依頼終了となる。
次は私がルナールと一緒にヴァッハフォイアに旅立つときに再度護衛依頼を出す形になるだろう。
そして金カード以上は国を移動したら必ず冒険者ギルドへ報告が必要らしい。
「私アルトディシアは初めてなんだよね、だからしばらくは街の宿屋に泊まろうかな。それにセイランさんの家って筆頭公爵家なんでしょ?正直ちょっと緊張するというか・・・情報収集がてら近場でできる依頼受けてるから、何かあれば冒険者ギルドに連絡してよ。たまにご飯食べに行かせて?」
相変わらずなエリシエルに笑ってしまう。私も平民に生まれていたら、こんな風に自由に生きることができていたのだろうか。
「ギルドに行くなら、俺が来ていることも報告しておいてくれ。あと多分、弟が1人アルトディシアで活動しているはずなんだ。金髪の狐獣人でロテールという。顔は俺に似ているからすぐわかると思うから、見かけたら俺がそのうち訪ねていくと伝えておいてくれないか」
弟は金髪なんだ、と思いながらルナールの少し癖のある柔らかい黒髪を見ていると、視線が合う。
「ああ、そういえば俺の兄弟のことを話していなかったな。俺は5人兄弟で男が4人で女が1人だ。お前と同い年の妹が1番下でヴァッハフォイアにいるが、男は全員冒険者として大陸中に散っている。白金カードになったら戻れと言われているから、全員と顔を合わせるのはいつになるのかわからんが、全員髪の色は違うが目の色は同じ金色だ。アルトディシアにいるロテールは真ん中の弟だよ」
どうやら私には弟妹が4人できることになるらしい。
国元に同い年の小姑が1人か。ちょっとドキドキするね。
屋敷に着いてもまずは旅の埃を落としたりしなければならないから、家族との面談は明日以降になる。
まあ、ルナールみたいに己の仕事と立場に誇りを持っている自信を持った男というのは、私の父親は好きなタイプだろうし、一見吟遊詩人の歌う恋物語のような私達の結婚はお姫様育ちの母親の心の琴線に触れるだろう。既にジュリアスからある程度の情報は送られているだろうし、多分我が家は問題ないと思うのだが、問題は王家だ。
結婚する前になんとかしてルナールを排除しようとする可能性が高い。
いくら自業自得とはいえ、6つ名持ちを他国に奪われるのは国にとってあまりにも痛手だからだ。
「どうした?難しい顔をして」
「色々と考えることがありまして」
ふうん、と面白そうな顔をしているルナールも、恐らく自分に暗殺者が仕向けられる可能性に気付いているだろう。
大概の暗殺者はルナールなら簡単に返り討ちにできるとは思うのだが。
「さあ、シレンディア、あなたのお相手との出会いから求婚までを全て話してちょうだい!」
正式な家族との面談は明日になったのだが、3年ぶりに会う母親からは逃げられなかった。
この人は筆頭公爵家嫡子の父に幼いころから恋をして周囲に根回しして降嫁した、王族としては非常に珍しい恋愛結婚の人なだけに、恋愛脳のかけらもない私としては非常に不可解な人である。父の方はかなり淡白な人で、いろいろ面倒だから身分的にも問題ないしもういいや、的な感じで母を娶った感じなのだが。
「出会いは護衛を頼んだことですわ。セレスティスの郊外に素材を採集しに行く際に、案内がてら護衛を依頼したのですが、そこで予定外に飛竜に遭遇してしまいまして、当時金カードだった彼が軽々と討伐してくれましたの」
「まあ!いくら護衛を付けていたとしても、そんな危険なことをしていたのですか?ですが自分を守るために危険な魔獣に立ち向かう精悍な冒険者・・・ときめきますわね」
ルナールはあの時かなり淡々と撤収するのも間に合う距離だし、飛竜を狩れと言うなら別料金取るぞ、みたいなことを言っていた気がするが、ものは言いようである。
その後ちょくちょくご飯を食べに素材を手土産に持って遊びにきていたことも、色々盛って話しておく。
「それで?求婚の言葉はなんだったのです?あまり恋愛に乗り気ではなかったあなたをその気にさせたのですから、さぞ胸を打つようなことを言われたのでしょう?!」
お母様の鼻息が荒い。
ルナールは世間一般の恋愛脳の女性が喜ぶようなことは言わなかったと思うのだが、どう脚色するべきだろうか。
「白金カードに昇格したので、国に帰って家を継ぐ準備をしなければならない。自分の妻として一緒に来てくれないだろうか、と・・・」
そこでお母様の「まああああ!」という感極まった歓声が入った。
「あなたはずっと6つ名であることも、本名も隠したまま接してきたのですよね?!素のままのあなたを愛しているという、なんて素朴で偽りのない求婚でしょう!」
・・・ああ、うん。
余計なことは言わなくても、勝手に脳内で脚色してくれるらしい。
でもまあ、次の言葉は脚色の必要なくお母様の心に響くだろう。
「そこで私の全ての名を明かし、他国へ嫁入りするのは難しい、と告げたのですが、婚約を解消している私の行動を縛る鎖はアルトディシアにはもうないはずだ、自分は名前の数はどうでもいい、将来ヴァッハフォイアの宰相となるであろう自分の隣に妻として立ってくれ、というようなことを言われ、正直私は恋愛感情というものがよくわからないのだと言ったのですが、今はわからなくても一生かけて教えてやる、ちゃんと好きにならせてみせると・・・」
あれ、お母様が真っ赤になってぷるぷる震えている、大丈夫だろうか、てんかん発作の持病とかはなかったはずだが。
「・・・素敵!なんて素敵!今は恋愛感情がわからなくても一生かけて教えてやる、ちゃんと好きにならせてみせる、だなんて!ああ、私もそのようなお言葉を旦那様に言われてみたい!」
いや、お母様は王家から降嫁して押しかけ女房してきた側なんだから無理でしょう、熱量は圧倒的に貴女の方が上ですよ。
確かにあの台詞は、自分に自信のあるもてる男しか言えないだろうなあ、と感心したことは確かだが。
「明日旦那様とクリストハイトとジュリアスが一緒では、このようなお話は聞けないでしょう?あなたも女の子なのにうちの殿方たちと同じようにどこか冷めていたから、3人も子供を産んだのに誰一人として物語のような恋なんてしないと思っていたのですよ。ああ、3年前あなたとディオルト様の婚約が解消されたときはどうなることかと思いましたが、明日あなたのお相手にお会いするのがとても楽しみだわ!」
お母様は興奮してアドレナリンが分泌されまくっているようで、顔が紅潮して目がキラキラだ。
確かに父も兄弟もこんな話は聞きたくないだろうが、別に私も今のところまだルナールに恋をしているわけではないのだが。
大人の余裕のあるいい男だとは思っているけどね。
まあ、とりあえずこれでお母様は私達の味方についてくれるだろう。