フリージア
私はフリージア・ドヴェルグ。
ヴィンターヴェルト一と言われる大商会の娘よ。
元々我が家は鍛冶の腕や強さを尊ぶドワーフ族の中にあって、そのどちらもあまり優れていない者の集まりだった。
だからこそ、鍛冶の腕はあっても商取引には明るくないドワーフ族の商取引の窓口となるべく始めたのが、我が家の前身だ。
いつの間にかドヴェルグ商会は多数の名工と呼ばれる職人を抱える大商会となり、一族の者は皆商売を学ぶためにセレスティスに留学するのが慣習となった。
ヴィンターヴェルトは隣の獣人族のヴァッハフォイアとは仲が良いが、正直人間族の国やエルフ族の国とはあまり仲が良くない。
人間族もエルフ族も他種族に対して排他的な者が多いからだ。
商売をする者は種族の違いなど気にしない者が多いが、人間族やエルフ族の貴族には差別意識の強い者が多いと聞く。
だから、いくら中立の学術都市とはいっても、人間族やエルフ族の多いセレスティスに留学するのは正直気が進まなかった。
ドワーフ族でセレスティスに留学する者はとても少ないし。
だから、留学したばかりで周囲に誰も話す相手がいなかった時、人間族のものすごく綺麗な少女が、一緒にお菓子を食べないかと声をかけてくれた時、ものすごく嬉しかったのだ。
人間族のおそらく高位貴族出身であろう彼女は、内心で何を考えているのかはなかなかわからなかったが、ヴィンターヴェルトの者以外はなかなか食べようとしないゼルをとても美味しいと言って、ドヴェルグ商会を贔屓にしてくれた。彼女の家の料理人が定期的に大量に食材を仕入れていったから、彼女が社交辞令で言ったのではないことは確かだ。
流暢に共通語を話す彼女は語学にもとても堪能で、ドワーフ族特有の言い回しも教えるとすぐに覚えてしまい、いくつもの細かい細工を必要とする道具を注文してくれるうちに、うちの気難しい職人たちともすっかり打ち解けてしまった。
一緒に友達になったフォイスティカイトのパルメート商会のリュミエール様と、セイラン様が商品開発をしているというアルトディシアのアストリット商会とも提携が決まり、ドヴェルグ商会はまた大きくなった。
セイラン様が次々と考える美味しい料理は、本当にヴィンターヴェルトの食材を使っているのかと不思議なくらい、これまでのヴィンターヴェルトの料理とは違った。
不思議で綺麗で面白いセイラン様は、私が受講する講義とはまるで違う講義もたくさん受講していて、魔術や神事の講義も受講しているようで、神事を執り行うのは魔力の多い王族や高位貴族の仕事だから、きっとアルトディシアでは相当な家の出身なんだろうと思ったけれど、本人が何も言わないし、何も知らなければ私達はただの友人でいられるから、今はこのままの関係でいいのだろうと思った。
リシェルラルドの冬の神事を再現して、夏のセレスティスの夜空にリシェルラルドの衣と呼ばれる現象を引き起こした時には、流石に何を考えているんだろうこの人、と思ったけど。
しかも、滅多に人前に姿を現さないハイエルフまで連れてくるし。
初めて見たけど、傍に寄ると思わず跪きたくなる衝動に駆られてどうしようかと思ったけど、彼女はまるで気にせず普通にエスコートされていたし、一緒にバーベキューまで食べさせていた。
人間族もドワーフ族も獣人族もエルフもハイエルフも、彼女にとってはただ姿や寿命が違うだけの存在なんだろうな、とあの時なんとなく思った。
こんな人間族ばかりだったら良かったのに。
まさかあの時友人だと紹介された狐獣人族の冒険者が、いつの間にかセイラン様に求婚していて、セイラン様もそれを了承したなんて、予想だにしなかったけど。
獣人族は若い頃は大陸中を冒険者として巡って、その間に知り合った相手と結婚することも多いから、他種族との婚姻に一番寛容な種族ではあるけど!
それにしたって、ヴァッハフォイアの宰相家の長子が、冒険者をしているうちにアルトディシアの公爵令嬢に偶然出あって恋に落ちるなんて、陳腐な恋物語でも滅多にみないくらいに出来過ぎた話じゃないの?!
ていうか、アルトディシアの筆頭公爵家?!
高位貴族だろうとは思ってはいたけど、高位すぎない?!
なんでそんなところの令嬢がふらふらと留学してるのよ?!
普通、人間族の高位貴族の令嬢なんて、結婚するまで実家で花嫁修業しているもんじゃないの?偏見かしら?
帰り道でリュミエール様に尋ねると、フォイスティカイトの高位貴族の令嬢なら普通はそうだと思う、てすごく疲れた表情で言ってたけど、フォイスティカイトもアルトディシアも人間族の大国同士、そんなに変わらないものじゃないの?
いや、いいんだけどね、セイラン様がヴァッハフォイアの宰相家に嫁ぐなら、本人も言っていた通りにヴィンターヴェルトとの国交や商取引が盛んになる可能性も高いし!
早速ヴィンターヴェルトのドヴェルグ本家に連絡しなきゃね。
ヴァッハフォイアにドヴェルグ商会の支店を出すことになったら、せっかく強力なコネもあることだし、私がそこに行けるように根回ししておかなきゃ。