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結婚してヴァッハフォイアに行くとなると、セレスティスは引き払うことになる。
学院は明確に卒業というものを設けていないから、自分の学びたいことを学び終えた時、なんらかの理由でセレスティスを離れることになった時が卒業だ。
今の私は希望していた講義は全て受講し終わって、学生というよりはほぼ研究者だからやめることには何の問題もない。
友人や恩師に挨拶するくらいだ。
「まあ!冒険者の方に求婚されてヴァッハフォイアへ?!素敵ですわね、まるで吟遊詩人の歌う恋物語のようですわ・・・」
うっとりと青い目をキラキラ輝かせているリュミエールには悪いが、今のところ私に恋愛感情はない、いやわざわざそんなことは言わないけれども。
「おめでとうございます。リシェルラルドの衣を見た時にご一緒した狐獣人の方ですか?狐獣人ということは、外交や政治に携わる家の方ですよね?ヴィンターヴェルトとヴァッハフォイアは隣国ですから国交もありますので、今後ともよろしくお願いいたします」
にこにことお祝いを述べてくれるフリージアに、せっかくだからこちらからもお願いしておこう。隣国のドワーフ族にとっては、狐獣人というのは政治や外交に携わる一族だと認識されているらしい。
「彼は私の家で出す料理を殊の外気に入っておりまして、特にヴィンターヴェルトの食材には並々ならぬ興味を抱いておりますので、ヴァッハフォイアに戻ったら新たに商取引を進言すると申しておりましたから、おそらくドヴェルグ商会とは今後とも長いお付き合いになるのではないかと存じます」
「まあ、国家間の商取引に介入できる方ですか?」
フリージアが茶色の目を輝かせる。
「シュトースツァーン家の長子と言っておりましたから、恐らくそれなりに発言力はあるのではないかと」
「え?シュトースツァーン家の長子、ですか?!」
フリージアが顔色を変える。
「あら、シュトースツァーン家といえばヴァッハフォイアの宰相家ですわよね?」
リュミエールも目を瞬かせる。
「ええ。おそらく将来的に宰相職に就くことになると思うと言っておりましたので、隣国であるフォイスティカイトとも今後お付き合いがあると思いますわ。パルメート商会とも長いお付き合いになるかと思いますので、よろしくお願いいたします」
ドヴェルグ商会もパルメート商会もそれぞれヴィンターヴェルトとフォイスティカイトを代表する大商会だ、商取引をすることになれば真っ先に名が上がるだろう。
ヴィンターヴェルトとフォイスティカイトはどちらもヴァッハフォイアと国境を接しているしね。
「・・・宰相家の長子が冒険者をしていたのですか?」
リュミエールが呆然としている。
その辺はねえ、私と同じ人間族のリュミエールにはなかなか理解できない感覚だが、フリージアはわかるらしい。
「ヴァッハフォイアの獣人族は大体が皆さん若い頃は冒険者になりますからね。王も10年毎に最も強い者が選ばれますし・・・ドワーフ族には一応王族がいますが彼らの仕事は政治と外交で、個人としては強い者と鍛冶能力の高い者が最も尊敬されます。それにしても、ヴァッハフォイアは多種族国家とはいえ、他種族で宰相家に嫁ぐとなると色々大変ではないですか?」
「その辺の苦労は今更といいますか・・・アルトディシアでも似たようなものでしたので」
王妃になるのも、宰相夫人になるのも、政治や外交に伴う苦労というのは似たようなものではないだろうか。国が変わると言語や習慣も変わるけど、それはおいおい慣れていくしかないだろう。ヴァッハフォイアは少数民族も多いから、新たに学ばなければならない言語も多そうだけどね。
「似たようなもの、ですか?」
2人が首を傾げる。
ああ、そうか、私がアルトディシアの高位貴族の出身であるというのはなんとなくわかってはいても、直接家名を伝えていないから、ヴァッハフォイアの次期宰相に見初められて玉の輿、とか思われているのかもしれない。
このセレスティスでは本人が何も言わない限り、相手の身分を詮索するようなことはタブーとされているしね。
「もうセレスティスを離れますから、私の家名をお伝えしておきますわね。私はシレンディア・シルヴァークと申します。セイラン・リゼルはどちらも私の名のひとつですので、今後もセイランと呼んでくださって構いませんわ」
「「シルヴァーク・・・」」
高位貴族だろうとは予測していても、公爵家だとは思っていなかったのだろう、2人が蒼褪めている。
下手な貴族よりも、他国へも進出している大商会の者の方が各国の有力者情報には詳しいよね。
「身分を隠してこのセレスティスで学んだ日々はとても楽しかったですわ、是非今後も仲良くしてくださいませね」
にこりと微笑んでおくと、2人共ほっとしたように微笑んでくれる。
身分がばれた以上はこれまでと同じとはいかないだろうが、学生時代の友人というのは良いものだ。今後は節度を守った範囲内で、ある程度のコネも提供できるだろう。




