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私は恋愛に対して奥手とか、受け身とかいうのではない、したくないと思っているのだ。好きになった相手に失望され、裏切られるのが怖いのだ。

なんせ前世での経験がロクなもんでなかったし、今世でも幼い頃から政略結婚が決められていた相手にまで拒否されたのだ、これでまだ恋愛したいと思えたらそれはよほど筋金入りの恋愛脳だろう。そしてそんな恋愛脳だったなら、みすみす婚約者を真実の愛なんぞに奪われることもなかったはずなのだ。

立場的に絶対に結婚しなければならないのなら、恋愛感情なんてない、義務で淡々と政略結婚するのが1番楽だと思っている。私のやりたいことの邪魔さえされなければ、相手がどれだけ浮気しようが愛人抱えようが、全然許容できる。

私自身はこういう性格だから、浮気はまずしないだろう、夫の女遊びにも寛容な貞淑な妻、という評価は得られるはずだ。


「私はこれまで何か思わせぶりなことをしましたでしょうか?」


とりあえず、これまでに何か誤解をされるような行動があったか確認してみる。恋愛脳の方々の中には、あの時視線が合ったから、とか、あの時悲しげに目を伏せたから、とかわけのわからない理由で勝手に恋に落ちる人たちが一定数存在するからだ。ルナールはそういうタイプではないと思っていたのだが、なんせ今世の私は見た目だけは絶世の美女なのだ。


「いいや、していないな。お嬢さんは常に節度を持って、一定の線引きをして俺と接していたと思うぞ、普通の女なら踏み越えてくるような場面も何度かあったと思うんだがな、お嬢さんは決して踏み越えてこなかった」


ルナールはにやりと笑う。

まあ、ルナールの方から揶揄うようなそういう言動が何度かあったのは確かだね、大概エリシエルも一緒にいる時だったから、揶揄われているのか、社交辞令と流していたけれど。


「でしたら何故・・・?」


私とルナールはこれまで良好な依頼人と冒険者の関係を築いてきたし、友人としても良好な関係だったと思うのだが、それを壊そうとする意図はなんだろうか。


「俺は近々ヴァッハフォイアへ帰国することになるだろう。冒険者をしていたのは、強くなるためと各国を巡り社会勉強のためだからな。我が家の者は大概が金カードか白金カードになると帰国して国で政治の要職に就くことを求められている」


ヴァッハフォイアでは王は国で最も強い者が競技会のようなものを勝ち抜いて選ばれる名誉職のようなものだが、政治や外交は脳筋の多い獣人族の中にあって脳筋を力で抑えながら頭で国を回すことができるという、文武両道の極致であることが求められている。

まあ、脳筋が政治や外交をしたら全て戦いで決めてしまおうとして、ヴァッハフォイアという獣人族の国はとっくの昔にこの世界から消滅していただろうけどね。


「だからお嬢さんも一緒にヴァッハフォイアに来てくれないかと思った、俺の妻として」


どうやらルナールは今夜、私に求婚するために正装で訪れたらしい、と私は今になってやっと気づいた。


「私は他国へ嫁ぐのは難しい立場です。正式な名を名乗ればおわかりになるでしょう。私の名は、シレンディア・フォスティナ・アウリス・サフィーリア・セイラン・リゼル・アストリット・シルヴァークと申します」


ルナールはその濃い金色の目を一瞬驚きに見開くが、すぐにふっと笑った。


「なるほど、6つ名持ちの筆頭公爵家の令嬢か。それはよくアルトディシアが留学とはいえ他国に出したな。いや、婚約者に婚約解消されて留学する権利を得たと言っていたか。俺にとっては僥倖だったな」


「私の立場が理解できたのでしたら、ヴァッハフォイアへ行くのは難しいこともおわかりでしょう?」


ルナールが近いうちにヴァッハフォイアへ帰ってしまったら、もう会う機会はないかもしれないが、それでも良いお友達としてお互いに思い出に残したいではないか。


「いいや?今のお嬢さんに婚約者はいないのだろう?なら国への義理立ては必要ないはずだ。本来6つ名持ちの行動は本人の意思が最優先されるはずだからな、幼少期から国のために存在するよう教育されるとはいえ、な。お嬢さんが本気で他国へ行きたいと願えば、それを阻むことは神々へ弓引く行為だ、だからこそセレスティスに留学することも許されたようなものだろう?シュトースツァーン家とヴァッハフォイアは、お嬢さんが本気で望んでくれるのなら、アルトディシアと多少事を構えることになったとしても喜んで迎えることを誓う」


どうやらルナールは、実家と国に既に根回しをしているらしい。獣人族のためというわけではなかったのだが、ポーション類の味の改良はずいぶんと獣人族へ恩を売れたようだし。


「私は争いを好みませんので、アルトディシアとヴァッハフォイアで事を構えるような事態は望みません。ですが、何故私なのです?ルナールさんなら他にいくらでもお相手はいらっしゃるでしょう?」


わざわざ6つ名だという面倒な事情を明かしたのに、一歩も引く様子のないルナールに不思議な気分になる。顔良し、頭良し、家柄よし、獣人族必須の強さもあるときたら、それこそ私みたいな面倒なバックを持つ他種族の女をわざわざ選ばなくても、いくらでも嫁の来手はあるだろう。


「お嬢さんは頭が良いから話していて面白いし、周囲によく気を使えるし、俺が何かするのを邪魔したりもしないだろう?俺はこれから政治や外交の世界に入らなければならないが、隣に立って一緒に戦ってくれそうだし。筆頭公爵家の令嬢ならわかるだろうが、政治や外交はきちんと教育と訓練を受けていないと付け焼刃でどうにかなるもんじゃない、お嬢さんは好きか嫌いかはともかくそういうのも得意そうだしな。一晩遊ぶだけの女に俺の隣は任せられないんだ。あ、獣人族の中でも狐獣人は一途で情熱的だと言われているから、ただ一人と決めた相手ができたら、他の相手には目もくれないからその辺は安心してくれ。お嬢さんの顔が嫌いな男なんていたら、それは美的感覚が狂っているだろうから、容姿に関しては今更だろう?まさか6つ名だとは思っていなかったが、ヴァッハフォイアにとってはお嬢さんが来てくれたら国の気候が安定するから助かるだろうが、俺自身はお嬢さんの名前の数はどうでもいい」


ルナールはにこやかにまくし立ててくれるが、私としてはどんどん逃げ場を塞がれていく思いだ。


「お嬢さんは俺のことが嫌いか?元の婚約者にまだ未練があるか?俺はシュトースツァーン家本家の長子だから、多分将来的にヴァッハフォイアの宰相職に就くと思うから、身分的にも釣り合うと思うぞ?なんならこれを機にアルトディシアと国交を結ぶことにしてもいい。アルトディシアやセレスティスとはまた違うが、ヴァッハフォイアも美しい国だぞ?」


ううう、ぐいぐい来られるのは久しぶりすぎて、タジタジしてしまう。

前世でも見た目に騙されて最初はぐいぐい来たくせに、勝手に失望して勝手に去って行く男が多かったせいで、またか?!という気分にもなってしまうのだ、ルナールは私の見た目に騙されたわけではないだろうが。


「・・・嫌いか?という問いは少しばかり卑怯ですね。元婚約者に比べれば遥かにルナールさんの方が好きですよ、ただ私は幼少時より自分が政略結婚するものだと思ってきましたので、恋愛感情というものがよくわからないのです。そういう感情は政略結婚には邪魔になると思っておりましたので。ですので、少し考える時間を頂けますか?」


実際、私1人の問題ではない、周囲の迷惑考えずに駆け落ちするわけでもないし、そんな無責任な行動をする者が国の要職には就けないだろう。

でも確かに、ルナールの言う通り、王子との婚約が解消された今の私にはアルトディシアに無理やり紐付けられる理由がないのだ。6つ名持ちは自国のために存在するよう教育される、とルナールはさらっと言ったがまさにその通りだ、無意識のうちに私にはアルトディシアから出てはいけないという刷り込みがなされていたようだ。なんらかの魔術を幼少時からかけられていた可能性が高い。

まあ、6つ名持ちであろうとなかろうと、筆頭公爵家の令嬢が自国に不利となるような行動を取るわけにはいかないのは、常識的に考えれば当然だけどね。


「勿論だ、じっくり考えてくれ。俺は愛だのなんだので行動できるほど若くも直情的でもないが、お嬢さんとなら一生仲良くやっていける気がしたんでな。俺は今27歳だが、狐獣人と人間族はさほど寿命も変わらないはずだ。最初は恋愛感情がわからなくても構わない、俺が一生かけて教えてやるよ」


いっそのこと、ただ愛しているだの、一目ぼれだの言ってくれたほうが、あっさりお断りしやすくて楽だった、とはまさか言わなかったが、なんとなく伝わったのだろう、ルナールは笑っている。

確かに自由に結婚することが可能なら、長く一緒にいられそう、と思うのは重要なことだと思う。

とりあえずはジュリアスに相談だ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 良いなあ、ルナール真正面からぶつかってて凄く良いですね。 結婚して立場が縛られてしまうのか、この先も読むのが楽しみです。
[良い点] ルナールルートに入っていきなり求婚は予想外でしたが、ジレジレ進む関係より展開が早い方が好きなので、むしろ落ち着いて読めるのが楽しいです。そしてプロポーズされても冷静で淡々としてる主人公の(…
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