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「そうだ、お嬢さん。俺はこの依頼で白金カードに上がることになった」
私が依頼したマンティコアの素材を持ってきてくれたルナールが、思い出したように言った。
「そうなのですね、おめでとうございます。是非、お祝いをさせてくださいませ。何かご希望はおありですか?」
私みたいに魔術具の設計図をいくつか売っているうちに冒険者カードのランクがいつの間にか銀まで上がっていた似非冒険者とは違い、ルナールは正統派の討伐専門の冒険者だ。一般的に冒険者といってまず思い浮かべるのは、ルナールのように危険と背中合わせのタイプだろう。
「ありがとう。なら、いなり寿司を食べさせてくれると嬉しい、あとは肉メインで。それと話があるんだが、少し時間を取ってもらえるか?いつでも構わない」
「ふふ、ルナールさんは本当にいなり寿司がお好きですね。では3日後の夕食に招待いたしますわ。お話はその後でよろしいですか?」
「ああ。楽しみにしている」
ぱちんとウィンクして手を振って帰っていくルナールは本当にイケメンだ。さぞかしもてることだろう。白金カードに昇格したとなれば、一層周りが放っておかないだろうね。
さて、オスカーといなり寿司以外の料理の相談をしなければ。
「へえ、白金カードですか、それってものすごく強いってことですよね?」
「ルナールさんは討伐メインの冒険者ですから、本当に強いでしょうね。いなり寿司以外はお肉メインでとのことでしたので、腕を振るってくださいね」
主食がいなり寿司だとどうしても和食メニューを考えてしまうけど、肉がっつりとなると和洋折衷でいいだろう。麻婆茄子にローストビーフに東坡肉あたりだろうか、それにルナールは唐揚げも好きだよね、野菜が少ないと一緒に食事をする私がきついから、野菜多めの冷しゃぶサラダもつけよう。
あとはせっかくお祝いなんだから、ちゃんと残る物もあったほうがいいだろう、消え物ばかりというのもね。いつも色々な魔術具や携帯食料を渡しているが、どれも消耗品ばかりだし。
ルナールはヴァッハフォイアの出身だから、間違いなく火の神ヴァッハフォイアの祝福を受けているだろう。ヴァッハフォイアの魔法陣と火の魔石を組み込んだバングルを作成してみた、ヴァッハフォイアへの祈りが届きやすくなって火の魔力の馴染みが良くなるはずだ。
約束の日、ルナールは割と正装に近い服装でやってきた。
いや、ルナールのシュトースツァーン家は、あまりヴァッハフォイアとは国交のないアルトディシア貴族の私でも知っている名家だから、所作とかもいつもきちんとしているんだけどね。いつもは割とラフな格好だったから、ちょっと見違えた。これがギャップ萌えというやつだろうか。
「なんだ?俺に見惚れてたのか?」
「そうですね、いつもより素敵です。見違えましたわ」
にやりと笑ってくるルナールに素直に肯定すると、濃い金色の目を見開いて吹き出される。
「お嬢さん、そこは素直に肯定するんでなく、顔を赤らめるとか、慌てて否定するとかするところじゃないか?その普通の女とは違う反応がいつも面白いんだけどな」
私はぽんと手を合わせる。そうか、素で答えてしまったが、私の本来の外見年齢ならばそういう反応が普通か。なんせ中身がお年寄りだからなあ、大概のイケメンは、あら綺麗な子ねえ、カッコイイ子ねえ、と内心でおばあちゃん目線で思ってしまうからダメなんだな、反省、反省。
「なるほど、それが普通の女性の反応なのですね、参考にいたします」
「いや、参考にしなくていい、普通の女と一緒になったら面白くないからな」
ルナールに笑われるが、私の評価はジークヴァルト先生もルナールも面白いの一択のようで、なんだか複雑だ。
「俺の好物ばかり用意してくれたんだな、いつも悪いな」
テーブルに並べられた料理を見て、ルナールが目を輝かせる。
そりゃあ、しょっちゅうご飯食べに来ているんだから、好みは把握している。
しかも今日はお祝いだ。
エリシエルも呼ぶかと聞いたのだが、私と2人がいいとのことだったので、はたから見るとまるで恋人の昇進祝いのようではないか。
「白金カードへの昇進おめでとうございます」
「ありがとう」
軽めのスパークリングで乾杯だ。私は前世から酒は好きだが、さほど強いわけではない。普通に楽しんで飲める程度だが、ルナールは割と強い方だと思う。
「ああ、このローストビーフは本当に美味いな、ヴァッハフォイアにも似たような料理はあったはずなのに、なんでこうも味が違うんだか」
「このローストビーフはとても簡単ですので、よろしければ昇進祝いにレシピを差し上げますよ」
ヴィンターヴェルトから調味料さえ仕入れれば、調理方法は焼く煮る生がメインの獣人族でも簡単に作れるレシピだ。
「いいのか?お嬢さんのレシピは一つ中金貨1枚が最低ラインでなかったか?」
「ルナールさんにはいつもお世話になっておりますし、構いませんよ」
「そうか。なら遠慮なく頂こう」
しょっちゅう稀少素材を食事代だと言って手土産に持ってきてくれるしね、買ったら中金貨1枚どころでは済まない額の素材を頂いている。
「あとこれを。私からの昇進祝いですわ」
食事がひと段落したところで、箱に入れたバングルを渡す。魔術具なので、サイズ調整も自動でされるようになっている。
「うん?ローストビーフのレシピ以外にも何かくれるのか?」
「私が作成したものですけれど、それなりに役には立つと思いますので」
「お嬢さんが作成した?魔術具か?」
ルナールが箱の蓋を開けて目を見張る。
「これは、ヴァッハフォイアの魔術具か?」
「ヴァッハフォイアへの祈りが届きやすくなって、火の魔力が馴染みやすくなると思いますよ」
自分が名前をもらっている神々の魔術具を身につけると、魔力の扱いが格段に楽になるからね。冒険者ならあって困るものではないだろう。金に炎のように揺らめく赤い魔石が組み込まれたごつめのバングルは、所謂細マッチョのルナールの腕に良く似合うはずだ。
「お嬢さん、こんな贈り物をしたら、大概の男は誤解するか付け上がるかするぞ?」
「あら、ルナールさんは誤解したり、付け上がったりするのですか?」
私だって相手は選んでいるつもりだ。
ルナールはそういう馬鹿な男ではないだろう。
「お嬢さんがそういう誤解をさせてくれない女性だということはわかっている」
「そういうことですわ」
ルナールが苦笑する。
「だがな、お嬢さん。俺はそういう誤解をしたいし、お嬢さんにもそうしてもらいたいと思っている、今日はその話をしに来た」
急に真顔になったルナールの目はこれまでにない熱を帯びていて、私は少し逃げ出したい気分になった。




