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「ずいぶんともぎ取ったものだな」
冒険者ギルドへ売ったフリーズドライの設計図代大金貨5枚をジークヴァルト先生に渡すと、呆れたように笑われた。
「そうですか?妥当な値段だと思いますけど」
間違いなく大陸中の冒険者ギルドで今後の携帯食料事情が変わるだろう。大金貨5枚くらいすぐに回収されると思う。
まあ、その勢いで私のカイロの設計図も高値で売れたのは良かったけど。せいぜい大金貨1枚くらいかな、と思っていたし。
魔術具は当然のごとく料理のレシピより高値で売れるね、カイロはこれから冬場は重宝するだろう。前世のヨーロッパでは使い捨てカイロが使われていなくて、空港の身体チェックで引っかかって何だこれは?みたいなことを聞かれたことがあったけど。マイナス10℃なのに半袖で外を歩く人がいるヨーロッパは体感温度が日本人とは違うのだろうか、と真剣に悩んだものだった。
「フリーズドライは外で食べるだけではなく、夜中に小腹が空いた時などにも重宝いたしますよ。ジークヴァルト先生も研究で根を詰めると寝食を忘れて没頭されるでしょう?」
ジークヴァルト先生は無言で微笑んでいる、心当たりがありすぎるのだろう。
シェンティスに野菜ベースのスープにリゾット、雑炊のフリーズドライをジークヴァルト先生の非常食用にと渡したら、非常に喜ばれたし。
「君が私の研究室に来るようになってから、ずいぶんと食べるようになったと言われているのだがな」
シェンティスとローラントから聞いていますとも。
1日1食食べるか食べないかだったジークヴァルト先生が、私の手土産のお菓子を楽しみにし、私が招待するといそいそと食事に出かけるのがとても助かると言われております。
成人したハイエルフはさほど食事を必要としないらしく、1日1食野菜と果物をメインとしたものを食べる程度だそうだが、それすら疎かにすることが多かったので、側近としては気を揉んでいたそうだ。
「私は人間族ですから、生きるのに1日2・3食は必要ですからね」
もっとも私は食べることは好きだが、量はあまり食べられる方ではない。成長期の男のジュリアスや、獣人族のルナールの食べっぷりなんかは見ていて気持ち良いけどね。
「しかしあの魔術具は、設計図があっても作成するのは材料も魔力も大変だと思うぞ?」
「・・・まあ、それは仮にも冒険者ギルドですから、材料はいくらでも揃えるでしょう、魔力のほうは頑張って、としか言いようがありませんが」
材料はねえ、ルナールとエリシエルが提供してくれた魔石の他に、これまで手土産で持ってきてくれたものや格安で売ってくれた稀少素材がたくさんあったから、それでどうにか賄ったけど、作成に要する魔力は作成者に由来するからね、そういえばジークヴァルト先生と私は他人よりも魔力が多いんだった、忘れてたわ。
「私は一般の者より遥かに魔力が多いから、作成時に必要な魔力量や起動時に必要な魔力量のことをあまり考えずに作成してしまうのだが、あの魔術具は考えてもあれ以上魔力量を下げるのは難しかったからな、仕方があるまい」
ジークヴァルト先生は小さくため息を吐くと、私が持ってきたいちご大福を食べ、目元を綻ばせる。
私はいちご大福は白餡派なので、白餡である。
「これはまた美味だな」
「色々な旬の果物で作れますし、果物によって白餡ではなく黒餡にしたり、生クリームにしたりしても美味しいですよ。日持ちはしませんけれどね」
基本的にジークヴァルト先生への手土産はその場で食べるお菓子が多い。日持ちするものだと非常食になってしまうからだ。
「春に開店予定の食事処では、昼夜は食事処として、その間にお茶とお菓子を出す時間をそれぞれ設ける予定にしております。お菓子に関しては持ち帰り可能な販売もする予定ですので、私がセレスティスを離れることになりましたら、そちらでご購入を検討いただけましたら幸いです」
ジークヴァルト先生が食事処で食事をするのは難しいだろうが、テイクアウトのお菓子なら誰かに買ってきてもらえるだろう。
「・・・君は近々セレスティスを離れる予定なのか?」
「今のところはありませんけれど、もう留学して3年ですしね。いつ国から帰還命令が出てもおかしくないですから」
私自身は一生独身でも、ずっとセレスティスで研究者生活でも良いと思っているが、アルトディシアとしてはそうもいかないだろう。
割と自由にさせてくれた方かな、とは思っている。
6つ名は遺伝するものではないから、私が絶対に結婚して子供を産まなければならないわけではないけれど、そこにいるということが大事な存在だからね、一応籍はアルトディシアにあるが、3年離れていることでそれなりに自然災害が起こっているようだし。
6つ名が常にいるわけではないのだから、自然災害には常に備えておかなくてはならないのだが、せっかく自然災害を抑える存在がいるのなら使わなければ損だものね、私自身の機嫌を損ねると逆に天災が起こることもあるらしいから、婚約解消の代償に自由時間をもらったようなものだ。
「そうか・・・国に帰ったら結婚するのか?」
「どうでしょうか?元々婚約者に他に恋人ができたことで婚約解消されたのでセレスティスに留学してきましたので、新たな婚約者を宛がわれるか、それとも巫女として神殿にでも入るよう言われるか、実家の領地のひとつでも任されるか・・・」
今更第1王子か第3王子と婚約させ直されるのは遠慮したいところだが、国としてはそれが1番上手くいくと思っているだろうしね、アルスター殿下もレスターク殿下も別に嫌いではないが好きでもない、つまりは無関心だ。
少なくとも、このセレスティスに来てから知り合ったルナールやジークヴァルト先生の方がよほど好感度は高い。
私の場合、恋愛感情というものが当の昔に枯渇してしまったようなので、ときめきスイッチがなくてよくわからないのだが。
「君が婚約解消された・・・?」
おや、色々思索に耽っていたら、ジークヴァルト先生が薄い金色の目を大きく見張っている。
「そうですよ?真実の愛をみつけたので婚約を解消してほしいとお願いされたので、慰謝料として留学費用を相手の父親からもぎ取って留学してきたのです」
「・・・馬鹿な男もいたものだ」
「そうでしょうか?私は自分で言うのもなんですが、政略結婚相手としては好物件ですが、恋愛対象としてはかなり下位に位置すると思うのですが」
それこそ真実の愛の前には吹いて飛ぶような存在だ。
よほどの面食いで中身はどうでもいいと言い切るような男なら別だろうけど。
「そのようなことはないだろう。君は一緒にいて楽だし、突飛な発想をしていて面白い。世間一般の男女間の恋愛の熱は私もよくわからないが、君は共にいてとても楽しい人だと思う」
おや、私と一緒にいて息が詰まったりしないとは珍しい。いや、セレスティスにきてから次期王妃の公爵令嬢だった仮面をポイしてるから、圧迫感は減っているのかもね。それにジークヴァルト先生は年の功で包容力もありそうだし。
「ありがとう存じます。元婚約者に聞いていただきたいくらいですわね、私といると劣等感を刺激されて息が詰まると言われましたから」
元婚約者に限らず、前世で付き合ったことのある男全てに言われたけどね、男女間の友情は成立しないというが、私は男女間の恋愛よりも友情の方が容易に成立した、前世では女らしくないから友人として付き合いやすい、と何人かの男友達に言われたものだ。いや、一緒にいて楽で面白い、というのはやはり恋愛よりも友情の評価ではなかろうか。
ジークヴァルト先生となら、一緒に縁側でお茶を飲みながらのほほんと生きていけそうだが。




