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ギルデンスターン 2

俺の名はギルデンスターン、セレスティスの冒険者ギルド長だ。

セレスティスではその辺の店に常に学生や研究者の開発した新商品が並んでいるから、その玉石混淆した中から使えそうなものを発掘するのもギルド職員の務めだ。

小さな露店から、大きな商会まで、各国の留学生を受け入れている中立都市国家であるセレスティスには、様々な店がある。

最近アルトディシア地区にあるアストリット商会に面白い布がある、という話を女の冒険者から聞いた、だが非常に高価らしい。

アストリット商会というのは、女性好みの商品を多く扱う高級店なので、冒険者には少しばかり敷居の高い店だ。

上位の冒険者なら綺麗な格好をして高級店に行くのも、正装して貴族の会食に呼ばれるのもある程度慣れてはいくが、駆け出しや中級ではそうもいかない。そういう店にある品を見に行くのもギルド職員の仕事だ。


しかしアストリット商会か、女性向けの商品が多いとなると女性連れの方が視点的にも良いだろうな。

受付嬢の中でアストリット商会に一緒に行く者はいないか声をかけると、なんと全員が行きたいと手を上げた。


「完全予約制のお菓子とかあって憧れなんです!」


「化粧品の品質も良いし、美容グッズが本当に充実しているんです!」


「骨盤ベルトをするようになってから腰痛が治って体重も5kgも減ったんですよ!」


「アストリット商会の出してるチョコルを食べるようになってから、口内炎はできないし、肌荒れもなくなったんです!あの店は全ての女性のための店ですよ!」


どうやら扱っている品がどれも高品質で実際に効果が高いことから、他の類似品よりも割高であっても買い求める女性が多いために、いつも品薄な状態らしい。

高級店なので、きちんとギルド長として予約を入れて伺う予定なので、新商品等もじっくり手に取ってみることができるかもしれない!と受付嬢たちが色めき立っているのだ。


予約当日、同行を勝ち取った受付嬢と共にアストリット商会へ向かう。

なんせ女性向けの店なので俺自身は行くのは初めてだ。

商会長だというまだ30代くらいのディアスという男が迎えてくれる。


「当商会の品に何か冒険者ギルドのお目にかなう品がございましたか?」


応接室に案内され、薫り高いお茶と完全予約制らしいロシアケーキというお菓子を出される。うん、他の店のお菓子とは味のレベルが違う、これは確かに女性が群がるのもわかるわ。


「最近何か面白い効果のある布が発売されたと聞きましてね、なんでも熱を発する布で冒険者が寒冷な地に仕事で向かう際に便利そうだから、とのこと。見せていただけませんか?」


「おや、お耳が早い。本当に新発売なのですよ、ヒートテックといいまして、熱帯麻と不死鳥の羽根を織り込んだ布になります。あとは、カイロという常に熱を発する魔術具でこちらは火竜岩を使っております。どちらも開発者が現在もっと入手しやすい素材で安価に作成できないかと改良中でございます」


確かに薄くて軽くて手触りの良い布に、掌に収まりそうな大きさの小さな魔術具だが、熱帯麻と不死鳥の羽根、それに火竜岩とは、これを買うのはよっぽどの金持ちだな。

受付嬢も値段を聞いて溜息を吐いている。


「もし冒険者ギルドの方が商談に来られるようでしたら、直接開発者を訪ねるように、と開発者本人から言われておりますので、どうぞ」


そう言って住所を書いた紙を渡される。


「この住所は・・・」


「冒険者ギルド長とは面識がおありと聞いております」


にこやかに笑うディアスに見送られ、俺はそのまま書かれた住所へ向かう。


「ギルド長、面会予約せずに伺っても大丈夫ですか?魔術具製作する人って結構偏屈な人が多いですし・・・」


「少なくともこの相手は偏屈ではないし、今日俺がアストリット商会に行くとわかった上であの商会長に住所を教えるように言い伝えていたんだろう、問題ないさ」


やたらと高品質な化粧品や美容品にお菓子を扱う商会、あのお嬢さんとガッツリ繋がってる商会だったということか、さもありなん、だな。


「ようこそおいでくださいました、ギルド長」


優雅に微笑んで迎えてくれるお嬢さんに、俺は内心で舌打ちする。

高位貴族だけあって、駆け引きや商談は大得意、て顔をしてるよな。

滅多に冒険者ギルドに顔を出すわけじゃないが、一応冒険者として登録もしてるし、この浮世離れした美貌である意味ギルドでも有名だから、同行した受付嬢はポカンとしている。


「お嬢さんがアストリット商会の商品の開発者だったとはな」


「本国では伏せておりましたので、こちらでも私の名はあまり出さないようにお願いいたしますね」


「開発者の名前を知りたがる冒険者なんて滅多にいないさ。わざわざ俺を呼びつけた理由はなんだ?」


「ヒートテックとカイロはアストリット商会の品質と値段では量産は難しいことは最初からわかっておりましたけど、エリシエルさんが自分も欲しいとおっしゃっていましたので、冒険者にも需要があるかと思いまして、多少質は落ちますがコストは下がる品を改良中ですわ。カイロの改良は火竜岩ではなく紅蓮石で可能なように既に完了しておりますので、よろしければ設計図をお譲りいたします。あと、携帯食料の改良をいたしましたので、試食を兼ねてご招待しましたのよ」


携帯食料の改良ね。あの金カード2人が泣きついたのかもしれんな。

ちょっと前にあの2人が是非ギルドで販売を!と興奮していたビーフジャーキーという干し肉は、これが干し肉なら今まで食べていた干し肉は何なんだ?!と涙が出そうなくらいに美味かったし。

レシピが中金貨5枚とかなりの出費だったが、販売するなりものすごい売れ行きらしいから、すぐに元は取れるだろう。

これから出される携帯食料も、実際に使えるなら、冒険者ギルドとしては買い取り交渉するだけだ。


「それならそうと、最初から呼んでくれりゃ良かったのに」


「ヒートテックとカイロがまた別件になると二度手間になりますでしょう?お互いそんなに暇な身でもありませんし。時間は有限ですわ」


他にも何か含みがありそうだが、商人ならともかく、こんな海千山千の貴族との交渉なんざ俺には荷が重い。


「この魔術具はフリーズドライといいます。今から作成して見せますので、よく見ていてくださいませ」


お嬢さんが湯気の立つビーフシチューの皿をフリーズドライとかいう魔術具の中に入れる。

中が見えるようになっているので言われた通り眺めていると、ビーフシチューがみるみるうちに凍っていき、その後に何故か萎んだ。


「…萎んだのか?」


「水分を抜いたのです」


お嬢さんがにっこり笑って取り出した皿には、元の量の10分の1くらいの大きさになった茶色い塊が乗っていた。


「触ってみてくださいませ」


「・・・ああ」


これはさっきまで湯気の出ていたビーフシチューだったはずだ、だが触るとカサカサと乾燥していてとても軽かった。


「これにお湯をかけると元のビーフシチューに戻ります」


「「はあ?!」」


俺と受付嬢の声がはもった。

お嬢さんは気にもせず、テーブルの上のポットからお湯を注ぐ。

そこには、フリーズドライの魔術具に入れる前と寸分たがわぬビーフシチューが湯気を立てていた。


「いかがです?ギルドの食事処の看板メニューのいくつかを携帯食料として売ってみませんか?日持ちは1年以上します」


なんてものを、なんて魔術具を開発しやがったんだ、このお嬢さんは。

受付嬢は隣でぽかんと口を開けている。

ギルドの予算からいくらまで出せる?!

いや、いくら吹っ掛けてくる?!


「・・・大金貨2枚でどうだろうか?」


「あら、この魔術具がたかがビーフジャーキーのレシピの4倍程度ですか?」


お嬢さんがくすくすと笑うが、本来料理のレシピひとつにそんなには出さないんだよ!あれが物凄く美味かったのと、金カード冒険者2人が絶対にギルドで導入しろと圧力をかけてきたからであって!いや、元はすぐに取れそうだけれども。


「10年間の特許料で、大金貨2枚なんてはした金になるような金額が転がり込むだろう?」


大陸中の冒険者ギルドでこの魔術具を導入するのはもう決定だ、そこからの売り上げが10年間1割懐に転がり込むんだぞ?!


「この魔術具は構想は私が出したのですが、製作はとても難航いたしまして、学院の私の師が苦労して製作してくださいましたの。なので、魔術具の契約金は師へ、特許料は私が、という話が既に師との間でついておりまして、私も師の苦労に見合った金額を頂きたいと思っておりますのよ」


このお嬢さんの師ってのは一体誰だ?!学者や研究者なら世慣れてないのが多いし、交渉にも慣れてない連中が多い、なんならそっちと交渉を・・・


「これの作成に携わってくださったのは、名前は公に出されていませんけれど、魔術具作成の権威として有名なハイエルフの先生ですのよ、そちらと直接交渉なさいますか?」


お嬢さんの絶世の美貌の微笑みがものすごく悪辣に見えた。

名前を公に出してないハイエルフって、代々のギルド長に申し送られてる6つ名のリシェルラルドの王族か?!大昔にその身に神降ろしをしてのけて以来、見ただけで跪きたくなる衝動に駆られると言われているハイエルフだぞ?!そんなんと交渉できるか!

名前隠して伝説になっているようなハイエルフが、なんで人間族の貴族令嬢を弟子にしてるんだ?!


「・・・大金貨4枚」


「大金貨5枚出してくださるのでしたら、販売方法について少しばかりアドバイスいたしましょう」


にこやかに微笑む絶世の美貌が、こんなん国の王妃や外交官だったら、自国なら安心感半端ないだろうけど他国なら絶対嫌だろうな・・・と俺に思わせる。


「・・・わかった、大金貨5枚だ」


「ギ、ギルド長、大丈夫ですか?!」


隣で受付嬢がオロオロしているが、セレスティス支部の予算には、もしとんでもない魔術具が開発された場合に使うとされている裏予算があるんだ。過去に使われたのは俺が知る限り3度、どれも件のハイエルフの発明だとされている。


「よろしいでしょう。では、販促のアドバイスを。まずは冒険者ギルドの食事処の看板メニューをいくつか携帯食料として販売します。それが定着してきたら次は、持ち込み料理のフリーズドライ化を宣伝するのです」


「持ち込み料理?」


なんでわざわざ持ち込ませるんだ?


「これは冒険者だけではなく、一般市民向けへの営業もお勧めします。このセレスティスには私のように他国へ留学している者が大勢いますでしょう?私は料理人も連れてきましたが、そうでない者は故郷の味が恋しくなることもあると思うのです。家庭の味や行きつけの店の味を持って留学する、仕事で他の街や他国へ赴く際にも行先の料理が口にあうかどうかわからないでしょう、その時に馴染みの味を簡単に持って行くことができるとしたら?同じように遠く離れた家族へ家庭の味を送ることもできますよね?」


間違いなく売れる。

大陸中で売り出せば大金貨5枚分、すぐに回収できるだろう。

俺だって、母親が生きてた頃にこの魔術具があったなら、作っておいてもらいたかった料理のひとつやふたつある。

くそっ!このお嬢さんの作るものはどれもそんなんばっかりだ!


そしてお嬢さんのペースのまま、カイロの魔術具を大金貨1枚と中金貨5枚で買い取り、俺たちはギルドへ戻った。

カイロはともかく、一刻も早くフリーズドライの魔術具を作成するべく、ギルドの魔術具作成部門に設計図を持って行ったら、そこの連中に泣かれた。

それこそカイロはともかく、フリーズドライの魔術具は作成に必要な素材や魔石がどれも高品質で、しかも作成に要する魔力も膨大らしい。




・・・そりゃあ、伝説の6つ名のハイエルフがずいぶんと苦労して作成したらしいからな。







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― 新着の感想 ―
企業の開発エンジニア冥利の話ですね。とっても素敵な話です。
[良い点] ここ2話が好きすぎる。 セイランが作った魔術具が多すぎて覚えてられないけど、一々凄いものばっかりで。やっぱり別視点からの感動を見るとスカッと気持ちがいい
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