ギルデンスターン
俺の名はギルデンスターン、冒険者ギルドセレスティス支部のギルド長だ。
冒険者ギルドのギルド長はどんなに小さな支部であっても金カード以上でないとなれない、俺は現役時代は白金カードだった。
セレスティスの冒険者ギルドは他の支部とは色々異なる。
なんせ他支部では討伐や採集が主な仕事である冒険者に、それを依頼する側である学者や研修者が多く名を連ねているからな。
他支部では見られない、こういう機能の魔術具を作成してほしい、こういう作用の薬を作成してほしい、といった依頼が一定数あるのもセレスティス支部の特徴だ。
他支部では荒くれものの多い冒険者ギルドも、このセレスティスでは頭脳派の連中が一定数いるせいで、いざとなったらギルド長が力ずくでどうにかするための白金カードだってのにこの支部ではあまり役に立たない、他国からの留学生も多いから、各国語や各国の風習なんかも知ってないとならないし、正直色々面倒くさい。
まあ、他支部じゃ滅多にない新しい商品の開発がバンバン行われているってのは、この支部の楽しみのひとつなんだがな、新しいもの好きの冒険者が色々面白がって試すし。
どこの支部でもそれなりに暗黙の了解とか、極秘事項はあるもんだが、このセレスティス支部には特にそれが多いのも特徴だ。
大昔にリシェルラルドの王位継承争いに敗れた6つ名のハイエルフの王族が学院で研究者をしている、とかな。
その6つ名のハイエルフがずっとセレスティスにいるおかげで、セレスティス周囲の狩場は薬草も魔獣も豊富らしいし、研究者としても優秀で冒険者ギルドに直接やってくることはないが魔術具の設計だけで冒険者カードが白金になっているらしい。
リシェルラルドもそのハイエルフには気を使っているらしいし、セレスティスとしても恩恵は十分にあやかってるから、好きなようにさせておくように、てのが代々セレスティス支部のギルド長の申し送り事項だ。
ここ数年は面白い魔術具やポーション類が次々と発明されていて、その大半が1人のアルトディシアからの留学生によるものだ。
護衛騎士2人も連れて登録しにきた、幻覚の魔術具でも使ってるんじゃないか、てくらいに綺麗な人間族がいた、て話は聞いていたが、よくいる貴族の留学生だろうと思って最初は気にも留めていなかった。
金カードの冒険者2人をどうやら手懐けたらしい、と聞いた時も、実家の金を使って留学して、高い依頼料を払って上位冒険者を雇って、優雅な身分だ、としか思わなかった。
金で靡くのはせいぜい銀カードまでにしてほしいんだが、一体いくら積んだのやら。
そのうち獣人族の冒険者が全員(本当にセレスティスにいる冒険者全員!)が連名で改良ポーションを冒険者ギルドで製法を買い上げて大陸中に広めてほしい、と依頼してきて、一体どんな改良ポーションかと思ったら、味を飲みやすくしただけで効果は従来の品と変わらずしかも味が良い分割高という、なんでそんなものをわざわざ?というものだった。
だが獣人族たちの勢いは凄まじかった。
この製作者は獣人族の救世主だ、いや神だ、男か?女か?女?なら女神だ、と全員が号泣した。
そんなに飲みにくかったのか・・・
それがその場にいた獣人族以外の種族の心の声だった。
あんなにも何も言わずともお互いの心の声が聞こえた瞬間は初めてだったと思う。
まあ、獣人族以外の需要はともかく、冒険者に獣人族は多いから導入すれば大陸中の冒険者ギルドでそれなりの収益にはなるだろう、と軽く考えて薬師ギルドに問い合わせると出てきたのが件の令嬢だった。
これは確かに浮世離れした美貌だな。
耳が尖ってたらハイエルフだと言われても納得しそうな、とんでもない美少女だった。
これは護衛騎士2人必要だわ、と納得もした。
それにこのお嬢さん自身もそれなりに使える雰囲気もあるな。
まあ、こんな顔してたら、護身術のひとつやふたつ身につけておかないとおちおち外も歩けないよな、血迷った変態にいつ誘拐されてもおかしくない。
よく留学が許されたもんだ。
ポーション類の味の改良については、自分が飲みやすくするためにお遊び感覚で作成したらしく、せっかく薬学の講義を受けているのだから全種類、と無駄に凝り性を発揮して作成した結果らしい。特に売り上げを期待していたわけでもなく、売れるといいな、くらいの感覚だったらしく、獣人族に本気で感謝されて逆にドン引きしたようだ。
セレスティスの店はどこも学生や研究者の作成した新商品を気軽に置いてくれるが、冒険者ギルドに登録して大陸中に広めるのは、セレスティスの薬屋で細々と売るのとはわけが違う。しかも既存の全てのポーションの味の改良版だから数も多い。特許料が入るのは10年間だが、全ての獣人族という顧客が確定している。この製法と特許料だけで一生遊んで暮らせるだろう。
次に出てきたのは様々な効果のある魔術具の玉だった。
金カードのエリシエルとルナールが神妙な顔をして、冒険者ギルドで売り出してほしい、と申し出てきた。
件のお嬢さんに手懐けられた2人だが、金カードになるだけの実力は十分だ、特にルナールはそろそろ白金にも手が届くだろう。戦闘能力だけならとっくに白金の実力はあるだろうが、災害級の魔獣にはなかなか遭遇できないからな。それがここ最近随分と珍しい魔獣を立て続けに狩ってるみたいだから、そういう運気の流れに乗ったんだろう。
「効果のほどは実際に目にした方が実感するだろう?ギルド長、一緒に狩りにいかないか?」
あの絶世の美人で金持ちのお嬢さんに売り込んでほしいとでも頼まれたのか、と内心疑っていたのがばれたのか、ルナールににやりと笑われる。
まあ、いくら絶世の美女でも、女のエリシエルには何の効果もないだろうしな。
「何かの依頼の狩りじゃないし、珍しい魔獣が狩れたら素材をセイランさんにお土産に持って行こうよ、また何か面白いもの作ってくれるかもしれないし」
「そうだな、俺としては美味い肉の取れる魔獣でも出てくると嬉しいんだが」
「セイランさんの家のご飯、美味しいもんねえ」
特に差し迫った仕事もないし、最近身体も鈍ってるから、と2人と一緒に出てきたが、この2人は思っていた以上にあの令嬢に手懐けられているらしい。
「お前ら、依頼人との関係はもっと適切な距離を置いてだな・・・」
「大丈夫よ、ギルド長。ちゃんと依頼料もらっているし、セイランさん自身他人との付き合いにおいて超えさせない一線、みたいなのをちゃんと引いてる人だから」
「そうなんだよな、俺としてはもうちょっとお近づきになりたいところなんだが」
「ルナール、お前、ヴァッハフォイアではかなり上の家の出身だろ?下手したらアルトディシアと国際問題になるような真似はしでかすなよ・・・?」
あのお嬢さんはどう見ても高位貴族だ。しかもあの美貌、絶対国に婚約者がいるだろう。留学先で獣人族の冒険者と恋仲になって駆け落ち、なんてことになったら大問題だ。
若い頃の火遊びは楽しいかもしれんが、それが国際問題になるとしたら話は別だ、冒険者ギルドにも飛び火する。
「ポーション類の味の改良をしてくれた救世主だからな、あのお嬢さんなら攫って帰っても実家もヴァッハフォイアも諸手を挙げて歓迎すると思うぜ。まあ、お嬢さん自身が望まないことをする気はないが」
こいつは、腕が立って金回りも頭も良くてしかも顔まで良いという、男から見ると実に腹の立つ野郎だが、どうやらあのお嬢さんは自分の立場をちゃんと弁えて軽くあしらっているらしい、ちょっと安心した、世慣れてない若い令嬢なんてころっと落ちそうだからな。
年若い令嬢の割に、妙に老成した雰囲気を纏ってはいたが。
「あ!ルフ発見!羽根と鉤爪お土産に持って行こうよ!」
「今夜は鳥肉尽くしだな、俺は前に食べた唐揚げの味が忘れられないんだ!」
「セイランさん特製のタレで焼き鳥もいいよね!」
視力強化して見ると遠くにルフらしき影が飛んでいるのが見える。ルフの狩りは金カード以上推奨だが、実際金カードの2人と白金カードの俺がいれば何の問題もない。
「やっぱり最初は光玉だよね!あれ爽快なんだよねえ、私が投げていい?」
「いいぜ、俺は痺れ罠の設置をしておくから、落ちてきたらそこに誘導するぞ」
「了解。落とし穴だけでなく痺れ罠なんて作ってもらったんだ?」
「魔獣が止まっていないと当てにくい痺れ玉よりも、罠で痺れるようなのはできないかと相談してな、簡単に作ってくれたぞ」
「肉を食べることを考えると、毒玉は今回は却下だね。ギルド長、見ててよ、セイランさん特製魔術具の便利さを!」
2人が意気揚々とルフ狩りの打ち合わせを始めたので、俺が出る幕はなかろうと判断して、言われた通り見物に回ることにする。ルフや飛竜みたいな空を飛ぶ魔獣はいかに地上に落とすかが鍵だからな。
「いっくよー!」
エリシエルが大きく腕を振り被り、ルフに向かって何かを投げつけると、ものすごい閃光が走り巨大なルフが目を回して落ちてきた。
「よし!いい位置だ!」
べしゃっと音を立てて地面に激突したルフに向かってルナールが走り出し、ジタバタと起き上がったルフが怒りの目をルナールに向け攻撃しようと羽ばたいた瞬間、そのままの姿で硬直した。
「さすがお嬢さん、効果抜群だ!罠の効果が切れる前に一気に倒すぞ!」
「了解!」
俺が唖然として眺めている間に2人はあっさりとルフを討伐してしまい、稀少素材を剝ぎ取り、肉を解体し始めた。
「持って帰れる量には限りがあるからな、どの部位がいい?」
「手羽とももは外せないよね!」
「おい、お前ら・・・」
「あ、ギルド長、すごかったでしょ?飛んでるルフでも一瞬で叩き落して痺れさせる凶悪極まりないセイランさんの魔術具!上手に使えば狩りがグッと楽になるよ!」
「あのお嬢さん、最初の依頼で俺の目の前で飛竜を叩き落したんだぜ、スライムの核の採集の護衛依頼だったってのに。飛竜の逆鱗が欲しかったんだ、て言って落ちてきた飛竜を痺れさせて落とし穴に落とすその情け容赦ない悪辣な姿に惚れ惚れしたね」
俺の中のあの幻想的な絶世の美女と、この2人の話す人間が同じ人間なのか?
いや、確かにこの魔術具は狩りに有用だ、ランクの低い冒険者でも上手く使えば安全に魔獣を討伐できる。
「他にどんな魔術具があるって?」
「ダントツで使い勝手がいいのは光玉だよね、飛んでる魔獣だけでなく地上にいる魔獣でも目さえ見えれば目が眩むし」
「俺は音玉の使い勝手の良さに戦慄したぞ、洞窟でジャイアントバットが一瞬で戦闘不能になった」
「肉を食べることさえ考えなければ毒玉も優秀、いつの間にか毒にやられて倒れてるし。どんな魔獣にも使えるのなら痺れ玉だよね、動けない魔獣に一方的に攻撃できるし」
「討伐でなく捕獲目的なら眠り玉も使えるぞ。弱らせる必要もなくあっさり捕獲できる」
「罠類は起動させるのに時間と魔力をある程度消費するから、何人かでパーティを組んでる冒険者にお勧めだな。うまいこと罠に誘導できれば一瞬で片が付く」
2人が楽しそうに話すのを聞きながら、俺は眩暈と頭痛がした。
なんだ、それは。
今までの狩りの常識が全て覆されるじゃないか!
俺が若い頃、白金カードまで上り詰めるのにどれだけ苦労したのか・・・!
「・・・とりあえず、その玉類と罠類が非常に役立つ魔術具だってのはよくわかった。そしてあのお嬢さんが非常に頭の良い人間だということもな」
冒険者ギルドにとって非常に有用な魔術具をこの先も作成してくれるに違いない、この縁は繋いでおかなくてはならないだろう。
ただし、冒険者は自分で考えたり、情報収集する能力も重要だ。
冒険者ギルドで売り出す商品に使い方の説明等は記載しない、自分で考えろ!狩りは苦労するもんなんだ!
そして帰りに2人に連れられてアルトディシア地区にある瀟洒な家にお邪魔した。
そこでにこやかに迎えてくれたお嬢さんと、出された手土産のルフ肉の料理の美味さに悶絶し、この2人は金ではなく胃袋を掌握されたのだと俺は正しく理解した。
くそっ!俺だってあと20年くらい若くて現役の冒険者だったら、狩りの度に手土産持って遊びに行くわ!




