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「ねえ、セイランさん、携帯食料は作ったりしないの?」
エリシエルが飴色に美しく輝くタルトタタンを幸せそうに頬張りながら、疑問形というよりは懇願するように訊いてくる。森の奥の方にいかないと生えていないという稀少な金色のリンゴ(とってもファンタジーだ)を籠いっぱい手土産に持ってきてくれたので、贅沢に使ってタルトタタンを焼いたのだ。
オスカーが剥いた金色の皮には何か使い道があるのだろうか、と悩んでいたのが印象的だったが、私は遠慮なくその皮を煮出してアップルティーを淹れてしまった。
「携帯食料ですか・・・私自身はあまり必要を感じていないのですが、需要はありそうですね」
なんせ前世からアウトドアに興味のない人間だし、基本的にインスタント食品はほとんど食べずにきっちり自炊していたから、非常食用に買い置きしていたカップ麺がいつの間にか賞味期限切れてた、なんてことは若い頃からザラだったし。
「そういえばお嬢さんは野宿も汚れるのも嫌だから、遠方へは出かけないと言っていたな。いや、本職の冒険者じゃないんだから、無茶はせずに自分のことをよくわかっていていいと思うぞ」
日帰りで行ける範囲までしか行くつもりはない、洞窟とか足場も悪そうだしじめじめしてそうだから嫌、とか言ったのを覚えていたらしいルナールに笑われる。
普段お菓子にはさほど興味を示さないルナールも、このタルトタタンは気に入ったようだ、ぱくぱく食べている。
「セイランさんは、ピクニック気分で行ける範囲の採集でいいと私も思うよ、ぜーぜーいいながら山登ったりするの似合わないしね。行きにくい場所に目的のものを採集に行くのが冒険者の仕事だし。でもね、日帰りで行けない山奥とか行く時には携帯食料を持って行くのよ、現地調達できるとは限らないしね。だから軽くて美味しい携帯食料を開発してくれたら嬉しいなー、なんて思ったんだけど」
きらきらと上目遣いで見つめてくるエリシエルはエルフだけあってとっても美人だ、ただ普段の言動から残念美人だが。
「それは俺も助かるな。というより、喜ばない冒険者はいないだろうよ。冒険者ギルドに高く売れるんじゃないか?」
携帯食料・・・カロリーメイトとかだろうか?あまり食べたことないのだが。
フリーズドライのスープとかならいけるか?
「まあ、ほかならぬお2人の頼みですしね、考えてみましょう。ちなみに今ある携帯食料はどのようなものですか?」
2人が顔を見合わせて、ごそごそと荷物から出してくれたのは、干し肉と乾パンのようなものだった。
「日持ちがするという以外には何も良い点はないぞ?」
干し肉はとっても硬くて、乾パンもどきはぼそぼそして不味かった。
これはまずビーフジャーキーを作ってあげよう、フリーズドライはジークヴァルト先生と技術的なことを相談してからだね。
「とりあえず、干し肉に関してはもっとマシなものを提供できると思いますので、お2人とも3日後に味見に来てくださいませ」
干し肉と乾パンで口の中がカラカラになってしまったので、少しぬるくなっていたお茶を一気に飲み干す。金色のリンゴの皮を煮出したお茶はとても良い香りだ。
オスカーにビーフジャーキーを作るよう指示しなければ。
あまり作った記憶はないのだが、たしか牛肉の塊を冷凍して、カットした肉を醤油と酒とニンニクあたりの下味に漬け込んで、塩胡椒して冷蔵庫で水分を飛ばしてからオーブンで焼けば良かったはずだ。冷蔵庫で1日くらいかけて水分飛ばせば良かったはず。
まあ最悪、あの塩味しかしない干し肉よりはマシなものができると信じよう。
結論から言おう。
1日かけて出来上がったビーフジャーキーはとっても美味だった。
エリドとカイルが目の色を変えて食べていたし、クラリスは酒のつまみに最高だと言って離さなかったし、遊びに来たジュリアスもなんでもっとたくさん作っていないんだ、と怒っていたが、最初は実験的に作っただけなので仕方がないではないか。
「えー、なにこれ?!これが本当に干し肉の一種なの?!」
「携帯食でなく、食事処で普通にメニューに並んでいてもおかしくないな、いや、一瞬で売り切れそうだ」
エリシエルとルナールが夢中でビーフジャーキーを食べ続けている。
こういう味の濃いしょっぱいものは手が止まらなくなるよね。
「従来の干し肉よりは保存のきく期間は短くなるとは思いますが、ちょっと手間がかかるだけで、作るのは簡単ですから、製法はどこに売りましょうかね?」
冒険者からの要請で作った携帯食という名目のビーフジャーキーだ、冒険者がそういう品を買う店が良いだろう。
「いや、冒険者ギルドに直接売ってほしい」
「うん、セレスティスのお店だけで売るよりもギルドを通して大陸中に広めた方がいいよ」
2人に真顔で言われてしまった。
そういえば各種玉類と味を改良したポーション類のレシピも、結局最終的に冒険者ギルドが買い取ったんだよね。今では大陸中の冒険者ギルド内の売店で扱っているらしい。
「そうですか?なら現物を持って交渉に行きましょうか。ちょっと味付けを変えた干し肉ですけどね」
「ちょっとじゃないよ!」
「これなら携帯食でなくても、わざわざ買って食べたいだろう!」
2人が冒険者ギルドで過剰にプレゼンしてくれたので、私はほとんど何もせずにビーフジャーキーのレシピを中金貨5枚で売ることができ、新商品の常として特許の手続きもしておいた。この2人はよくモニターになってくれて、プレゼンもしてくれるからいつも助かるわ。