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冬が来る前に作りたいものがあるのだが、材料の候補を挙げてもらうためにルナールとエリシエルを呼んだ。
私1人だけの分ならどれだけ稀少素材でもいいのだが、量産するとなると素材は手に入りやすいものがいいからね。
「熱を発する素材ねえ、色々あるけど簡単に手に入るのは火薬草とか紅蓮石かな?火山の山頂付近まで行けるなら火竜岩とか熱帯麻もお勧めだけど」
「ヴォルガノスやフェニックスや火竜はランクが低い冒険者には難しいだろうから、サラマンダーあたりなら狩りやすいんじゃないか?」
ふむふむ、と聞きながら図鑑を捲る。
この図鑑には素材の効能は載っていても入手しやすさは載っていないから、直接冒険者に入手難易度を確認しながら原材料を確定していくのが最近の私のスタイルである。
今日のお茶菓子はエリシエルが手土産に栗とトリュフとポルチーニ茸を持ってきてくれたのでモンブランだ。
トリュフとポルチーニ茸は、ルナールが持ってきてくれたオークキングの肉と一緒にパスタにするので夕食に食べていくといい。
この2人は食材を手に入れたら、必ず私のところに持ってくる習慣がついてしまったのではなかろうか。
「セイランさん、今度は何作るの?」
私が作りたいものは、ヒートテックとカイロである。
冬の室内は暖炉に火を入れれば暖かいけれど、外は寒い、石畳は底冷えするのだ。
それに大半の人間族の女性は冷え性だよ、他種族は知らないけど。
冒険者のために、ヒートテックには速乾性もつけておきたいところだ。
「薄手で暖かい布と、常に熱を発する小型の魔術具ですね。雪山に採集に行く時にも重宝するでしょうけれど、単純に私が冬に寒いから欲しいのです」
「いいね、それできたら私も欲しい!」
「人間族やエルフ族は大変だな」
ルナールが苦笑するが、自前の毛皮がある獣人族は冬の寒さには強いらしい。ふさふさの尻尾を見ると羨ましくなる。
「ルナールさんの尻尾はとても暖かそうで羨ましいです」
「お嬢さんは人間族だから知らないだろうが、獣人族にとっては尻尾を褒めたり触れたりしたら求婚と取られる場合があるから気を付けろよ。人間族の婚約者くらいいるんだろ?俺の嫁になるつもりなら構わないがな」
ルナールがにやりと笑って、見せつけるようにふさふさの尻尾をふりふりする。
尻尾をもふりたいから求婚するというのもねえ、どんな痴女だよ私。
「それは失礼いたしました。私は婚約者に愛想をつかされて婚約解消された不良物件ですので、周囲に下手な誤解をされないように気を付けないとなりませんわね」
婚約解消されて嫁き遅れた挙句に他種族に言い寄ったとか言われたら、私の外聞が傷付くのは今更どうでもいいが、ルナールに申し訳ないだろう。
「・・・おいおい、その人間族の男は馬鹿なのか?お嬢さんなら引く手あまたのはずだろう?それとも人間族と獣人族では基準が違うのか?」
ルナールが真顔で金色の目を見張る。
「政略結婚の相手としては私はかなりの好物件だと思いますよ。ですが、男女間の心の機微というものは理屈ではないでしょう?」
「そりゃまあ、そうだが・・・」
「婚約解消したおかげで、私は晴れて自由の身となってセレスティスに留学することができましたので、私としては悪くないと思っているのですけれどね。本国の社交界では何を言われていることやら、ですわ」
肩を竦めてみせると、ルナールも表情を緩める。
「誰に何を言われようとお嬢さんは大して気にしてなさそうだな。俺の嫁になる気になったらいつでも言ってくれ、いくらでも尻尾を触らせてやるぞ」
ルナールが尻尾を振りながらウインクしてくれる、ワイルドなイケメンがやると絵になるね。
「あらまあ、ありがとう存じます。実家が誰でもいいから婿をつれてこい、と言ってきたらお願いいたしますわ」
私が他国へ嫁に出るのはまずいだろうから、結婚するとしてもアルトディシアに婿入りしてくれる相手でないと無理なんだよね。6つ名持ちというのは本当に面倒くさいものだ。
冗談でもそんなことを言ってくれるルナールはいい男だわ、彼の方こそヴァッハフォイアでは引く手あまただろう。
「セイランさんもルナールも冗談か本気かわからないやり取りされると、見てる方が混乱するじゃないのよう!」
「なんだ?この中で1番年食ってるくせに、なにを初心なこと言ってるんだ」
「エルフ族は20歳で洗礼式、100歳で成人なの!生きている年月は長くても成長速度が遅いんだから仕方ないじゃない!私はまだ114歳なんだよ!」
エリシエルがむくれている。人間族の洗礼式は7歳で成人は15歳だが、種族の寿命と成長速度によって洗礼式の年は変わるらしい。獣人族はさらに種族によって違うらしいからヴァッハフォイアは色々と大変だ。アルトディシアは人間族の国だから、洗礼式は皆7歳の年に行われると教えられたが、他種族と関わると色々違いが見えてくるね。
「実年齢と精神年齢は一致しないことが多いものですよ」
「何気にセイランさんが1番ひどい・・・」
エリシエルががっくりと項垂れるが、1番一致していないのは間違いなく私だろう、なんせ中身はもうお年寄りなのだし。まあ、年を取っているからといって精神的に大人かといえば、首を傾げたくなるような人も多いけどね。大人なんて子供が年を取っただけの存在なのだ。
2人の手土産で作られた夕食はボロネーゼだ。
お肉が良いと本当に美味しい、トリュフをたっぷり削っていただく。
「オークキングの肉は普通に塩振って焼くだけでも美味いんだが、このソースは絶品だな」
ルナールが金色の目をきらきらさせて大盛りのボロネーゼをもりもり食べる。
オークキングの肉とポルチーニ茸をワインで煮込んだソースにトリュフの香りがしっかりとついて、本当に絶品だ。
今日はイタリアンなので、パンはバジル風味のフォカッチャで、トマトと生ハムとモッツアレラチーズのサラダに、スープはミネストローネだ。
私はこのくらいで十分なのだが、ルナールのためにミラノ風カツレツもメインに出す。
なんせメインのお肉の提供者だしね。
デザートはパンナコッタだ。
「いつもながら、この家の料理は美味いな。食事処でも開けばどれだけ高くても繁盛するぞ」
「その食事処に通うために頑張って稼ぐ冒険者が増えそうだけどね」
「一応、食事処を開く計画はあるのですよ、完全予約制になると思いますけど」
ルナールとエリシエルがものすごい真剣な顔で私を見た。
「いつ開くんだ?!」
「どこに開く予定?!」
2人共目の色が変わっている、アストリット商会が物件やら料理人やら準備中だから、まだはっきりとしたことは言えないが、1年以内という感じだろう。
アストリット商会は次々と優秀な学生上りの人材を取り込んでいるらしい、私と一緒にセレスティスに来て正解だった、とディアス・シエラ夫妻が高笑いしていた。
「はっきりとしたことが決まったらお知らせしますよ。お2人の予約は優先的に受け付けるよう伝えておきますし」
最初のうちは紹介客のみの完全予約制になるだろうしね。