4
私は帰宅するとオスカーに3日後に引き渡せるよう、抹茶クッキーとマドレーヌを100個ずつ作ってくれるよう頼む。オスカーも料理やお菓子の材料として抹茶のことはとても気に入っていたので、リシェルラルドに送って気に入ったら今後も定期的に手に入るかもしれないと言うと、張り切って請け負ってくれた。
3日後の昼食は抹茶そばとそば寿司と野菜の天ぷらだ。
ジークヴァルト先生はハイエルフらしく菜食主義だからそれでいいのだ、でもデザートは豪華に抹茶のパフェにしてあげようと思う。
私も肉がっつりという食事はあまり得意な方ではないから、ジークヴァルト先生との野菜と果物と甘味の食事は苦にならない。
せっかくだから、お茶はそば茶にしてみようか。
当日、時間通りにやってきたジークヴァルト先生にまずは約束のお菓子を確認してもらう。
木箱にそれぞれ100個ずつ入ったクッキーとマドレーヌは結構な量だ。
「無理を言ってすまない。感謝する」
ジークヴァルト先生は微かに微笑んで木箱をシェンティスに渡す。
馬車で来ているから、持って帰るだけだしね。
ジークヴァルト先生は普段からあまり人目に触れないように生活しているらしく、外出はフードを深々と被って馬車がメインだそうだ。郊外の湖にオーロラを見に行った時は、久しぶりに馬に乗ったらしい。度を越えた美形というのは日常生活にも苦労するらしい、お気の毒に。
私も顔の造りだけなら相当な美形のはずだが、ジークヴァルト先生は身に纏う雰囲気がまるで違うからね。
「先日聞き忘れてしまったのですが、ジークヴァルト先生はそばは問題なく召し上がれますか?」
自分が大丈夫だと忘れがちだが、そばのアレルギーは強烈だから、当日に確認することになってしまって申し訳ないけれど確認しておく。
「そば?あのガレットの皮になっているものか?特に問題ない」
やはりそばといえばガレットらしい。あれはあれで結構美味しいから好きだが、今日は麺のそばだ。
「安心いたしました。では昼食を始めさせていただきますね」
最初に運ばれてきたのはそば茶だ、この世界ではそば茶がなかったので、自分で作ってみた。
「うん?そばの実をお茶にしたのか?香ばしい風味だな、悪くない」
うんうん、私もそば茶の香ばしい香りが昔から好きなのだ。
次に野菜の天ぷらが大皿で運ばれてくる。付けるのは勿論抹茶塩だ。
「あのお茶と塩を混ぜたのか?このような食べ方があるとはな・・・」
サクサクと音をたてて野菜の天ぷらを抹茶塩で食べていく、ナス、しし唐、紅ショウガ、カボチャ、大葉、サツマイモ、レンコン、キノコ、コーンのかき揚げと野菜ばかりだが盛りだくさんだ、ちなみに紅ショウガは自作した。
「実に美味だ。これは野菜に衣をつけて油で揚げているのか?簡単に作れるものなのか?」
「作るのは難しくありませんが、このサクサクとした食感は熟練の料理人でないと難しいですね」
自宅で作る天ぷらとお店で食べる天ぷらの違いはそこだろう。
お店で揚げたての天ぷらを次々抹茶塩で食べる至福ときたら・・・前世でいかに自分が食道楽だったのか今世で常々実感している。
メイン料理として、一口大にくるりと丸めて大皿に並べられた普通のそばと抹茶そば、そして美しい断面を晒す卵焼きとキノコと三つ葉を巻いたそば寿司がやってきた。
この世界、これまでそばを麺類にしていなかったし、箸もないしで、どうやって出そうかと考えての苦肉の策である。
これをフォークで一塊ずつ取って汁に付けて食べればよいだろう。
薬味はネギとわさびもどきと刻み海苔だ、ちなみに海苔はアルトディシアの海に面した公爵領で私が主導して作らせたからある。
麺類自体は、リシェルラルドにはベトナムのフォーのような料理があるらしいことをエリシエルから聞いている。
「これを一塊りずつこの真っ黒なスープに付けて食べるのか?」
「はい、お好みで薬味をどうぞ」
私はネギもわさびも刻み海苔も全て使う。
私がどばどばとネギと刻み海苔を汁に投入しているのを見て、ジークヴァルト先生も同じように入れ始める。私がやるのなら大丈夫だろう、という一定の信用があるようだ。
「この薬味は鼻に抜けるような辛味がありますので、あまりたくさんは入れないほうが良いと思います」
わさびもどきはちょっとだけだ。
私としては箸でずずっといきたいが、そばは音を立ててすすって食べるもの、というのは前世でのマナーであって、この世界では何であろうと音を立てて食べるのはタブーだからフォークで一口ずつ上品に食べる。
うん、抹茶そば、良い感じじゃない?
そば寿司は、菜食主義のエルフ族以外に出すなら、卵焼きと一緒にエビとかカニとかマグロとか巻いても美味しい。やっぱり海産物輸送のために省魔力の大型冷凍庫は必要だ。
「あのお茶とそばの実でこのような料理になるとは・・・」
ジークヴァルト先生はなんだか呆気に取られているが、私がやったのは前世の料理の再現であって、別に私の創作料理ではない。まあ、こればっかりは誰にもわからないけれども。良かった、前世で長年独り暮らししてたから料理スキル高くて。
「私は結構美味しいと思っているのですが、いかがですか?」
「ああ、そうだな、お茶を混ぜたものと混ぜていないものの対比も面白いし、爽やかな風味で喉越しも良く、とても美味しいと思う。残念なのは、君のところでしか食べられないことだ」
次は食事処でも開かないか、というのはアストリット商会から言われているのだが、ジークヴァルト先生が街中の食事処で他種族と混ざって食事をするというのは、ちょっとばかり難しいように思う。
「レシピをお譲りすることはできますが、私の料理はどれもかなり特殊な工程を必要としておりますので、再現するのが難しいかもしれません」
「いや、良い。私はもともと食べることにはあまり興味がないからな。君と過ごす時に美味なものを食べていると、それが君との思い出にもなるだろう」
長命種のジークヴァルト先生は短命種との付き合い方も色々と心得ているらしい。
私がいつまでセレスティスにいられるかもわからないしね。
もし将来アルトディシアに帰っても、折々にジークヴァルト先生にお菓子を送ろう、きっと私のことを思い出しながら食べてくれるに違いない。
「デザートは頑張ってみました。パフェです」
小さくカットした抹茶ゼリーの上にバニラアイスと抹茶アイスを乗せ、白玉と粒あんと栗の甘露煮と抹茶クリームを飾った渾身の一品だ。
「あの、ジークヴァルト先生、食べないと溶けますよ?」
呆然と眺めているので声をかけると、我に返ったようにスプーンを持つ。
「どこから食べたものかと悩んでいた、崩すのがもったいないな」
苦笑して抹茶アイスにスプーンを入れ、幸せそうに食べ始める。エルフ族は皆本当にデザートを幸せそうに食べるよね。美味しいけど。
食事処を作ったら、デザートはエルフ族に買い占められそうだ。




