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シェンティスがお土産に持たせてくれた抹茶は、1kgくらいの袋だった。
これだけあれば色々作れる、でもとりあえずは帰って今日の夕食のおかずを天ぷらにしてもらおう、抹茶塩で食べたいのだ。
帰り道で偶然エリシエルに会ったので、リシェルラルドの貴重なお茶をもらったから料理に使いたいので一緒に夕食をどうかと誘うと、二つ返事でついてきた。
「ジークヴァルト様からお茶をもらったの?どれどれ・・・て、え?これ?!リシェルラルドでも生産量がものすごく少ないから、ハイエルフかよっぽど裕福なエルフ族が飲むくらいなんだけど!これを飲むんじゃなくて料理に使うの?!」
「料理というよりは、調味料として使おうかと考えております。どちらかというとお菓子の方が向いているでしょうし」
家についてからもらった袋を覗き込んだエリシエルが蒼褪めている。
風味がすぐに消えてしまうとシェンティスも言っていたので、やはり賞味期限が早いのだ、なるべく早く使わなくては。
「料理人が夕食の準備をしている間に私は何かお菓子を作りましょうか、エリシエルさんも一緒に厨房に行きますか?」
「うん、行く行く!」
お客様を厨房に連れていくなど本来はありえないのだが、エリシエルとルナールに関してはもう勝手知ったるという感じだ。リュミエールとフリージアも商家の娘としてよく手土産に自国の特産品を持参してくれるので、厨房には出入りしている。
私も実家では自分で料理をするのは難しかったが、セレスティスに来てからは自由に料理している。
おかげで作りたいものがオスカーに伝わりやすくて助かっている。
なんせ実家では、厨房に行くことすらいい顔をされなかったのだから。
「オスカー、今日の夕食は天ぷらにしてちょうだい。珍しいお茶を頂いたから、塩と混ぜて天ぷらにつけて食べたいのよ。私は今からこのお茶でお菓子を作るからよろしくね」
「はい、お嬢様。珍しいお茶ですか?うわ、真緑ですね、でも香りはいいな」
オスカーが抹茶の入った袋を覗き込んで匂いを嗅いでいる。
「オスカーさん、このお茶ね、リシェルラルドではこれ1袋で大銀貨3枚とかするんだよ、しかも他国には輸出されていないんだよね・・・」
「え?!これそんな高級品なんですか?!」
エリシエルがとほほ、という感じでオスカーに値段を暴露する。ていうか、そんなに高かったのか。でも前世でも20gで1000円以上するのとかザラだったし、そう考えると1kgくらいの袋をもらってしまったから、妥当な値段なのかな。輸出されたらもっと高値がつくだろうし。
「あまり長持ちしないお茶だそうですから、ぱっと使ってしまいましょう。お菓子は上手くいったらくださった方に手土産に持って行きますし。ほら、オスカーも夏にお会いしたでしょう?ハイエルフのジークヴァルト先生ですよ」
「ああ、あのお嬢様と張る美形の、やたらと神々しいハイエルフ・・・」
「私の顔なんてあと50年もすれば皺くちゃですよ、ジークヴァルト先生は500年程もあのお姿だそうですし、この先も変わらないのでしょうから、とても観賞価値が高いですよね」
「ここんちの人間族って、セイランさん以外もみんなあんまり物事に動じないよね・・・」
ジークヴァルト様はハイエルフの中でも特別なのに、とエリシエルがブツブツ言っているが、私とオスカーにとっては珍しくて超高級なお茶を太っ腹にお土産に持たせてくれたとても良いハイエルフだ。
夕食までまだ時間があるので、すぐ食べられるおやつに抹茶蒸しパンを作ることにする。
ホットケーキミックスとかあれば便利なのになあ、と思いながら小麦粉を篩う。
「セイランさんて、アルトディシアではかなりの高位貴族なんでしょ?なんでそんなに料理に手慣れているの?」
「美味しいものを食べるために、幼い頃から周囲の反対を押し切って厨房に出入りしていたからですね」
「お嬢様は幼い頃から、俺や他の料理人達に調理方法を指示して色々なものを作らせてきたんですよ。他の貴族の家では平民の料理人がお嬢様とこんなに親しく口をきくなんてありえないはずです。お互い顔も知らないことも多いんじゃないかな」
話しながら蒸し器をセットする。この蒸す、という調理方法も最初この世界にはなかったらしい。
「なんにせよ、美味しいは正義ですよ、そう思われませんか?」
「・・・色々不思議だけど、美味しいは正義ということには全面的に賛同します」
抹茶蒸しパンを蒸している間に、夕食後のデザート用に抹茶ババロアを作る。
生クリームを泡立てるのが結構大変だから、今度ハンドミキサーを作ろう。
抹茶ババロアを冷蔵庫の魔術具に入れていると蒸しパンができあがったので、もあっと湯気が上がる蒸し器から布巾で包んで取り出してエリシエルに渡す。
「オスカーも食べますか?」
「勿論いただきます」
オスカーは立って料理をしながら食べるが、私は流石に貴族令嬢としてそんな真似はできないので、エリシエルと一緒に椅子に座って食べる。お茶はせっかくなので午前中にもジークヴァルト先生と飲んだが、また抹茶ミルクを作った。
今度はマーラーカオでも作ろうか。
「ううー、本国でもなかなか飲めないお茶なのに、お菓子になって、飲み方までこんなにアレンジされて、しかもものすごく美味しいー!」
エリシエルがなんだか複雑な顔をしている。
美味しいならそれでいいではないか。
「うん、美味いですね。この独特の香りと苦みが良い感じです。他にどんなお菓子にするんですか?」
私が蒸し器を準備したついでなので、今日の夕食は天ぷら以外は茶碗蒸しにする、と言って準備しながら抹茶蒸しパンを食べたオスカーが興味を示した。
「そうですね、チーズケーキやクッキー、マドレーヌ、シフォンケーキ、パウンドケーキに入れても美味しいでしょうし、パンケーキに入れてもいいですね、アイスクリームやゼリーにしても美味しいでしょうし、今冷蔵庫でババロアを冷やしていますが色々な種類のお菓子に混ぜられますよ。お返しに持って行くお菓子はとりあえず日持ちのするクッキーにしようかしら」
クッキーなら、研究に没頭すると寝食を疎かにすることも多いらしいジークヴァルト先生も、研究しながら摘めるだろう。
「ならとりあえずクッキーを作っておきますね。さっきの蒸しパンの分量からして、いつもの生地に大さじ1杯くらい混ぜたらいいですかね」
「それくらいですね。夕食の天ぷらは、塩とこのお茶と同量で混ぜ合わせたものを付けて食べたいのです。主食は五目炊き込みご飯でスープは赤出汁の味噌汁にしましょう、エリシエルさん、それで良いですか?他に何か食べたいものはありますか?」
「え?私?いやいや、十分です、偶然会っただけなのに、お菓子と夕食ご馳走になってありがとうございます!また薬草色々サービスするから!」
エリシエルもルナールも特に依頼をしていなくても、よく色々な素材を手土産に持ってきてくれるし、珍しい素材が手に入った時にはギルドに持って行く前に買い取りするか聞きにきてくれて、しかも相場より安くしてくれるから、食事くらいいつでも出しますとも。
ルナールは食材も手土産に持ってくることもあるけどね、珍しくて美味しい魔獣が狩れた時とか。
抹茶塩で食べるサクサクの天ぷらは最高だった。
ナスもカボチャも美味しい、コーンのかき揚げが最高だ、天ぷらならエビも食べたいのだが、内陸のセレスティスでは新鮮な魚介類が食べられないことだけが不満だ、干した魚やオイルサーディン、アンチョビ、カツオブシもどきとかは輸入されているのだが。
輸送用に省魔力化した巨大冷凍魔術具でも作ろうか、アルトディシアの王都は海に面していたから、新鮮な魚介類に飢えることはなかったのだが。
うん、作ろう、そうしよう。
ハンドミキサーに巨大冷凍魔術具、豊かな食生活のために作らなければならない魔術具はいっぱいだ、腕がなる。
「あのお茶と塩と混ぜただけでこんなに美味しいんだ!ていうか、この天ぷらっての美味しいねえ、このトロトロの茶碗蒸しも最高!本当にセイランさんとこのご飯食べると他で食べるものが味気なくなるわ!」
エリシエルは本来小食で菜食主義の多いはずのエルフ族のはずなのに、いつも健啖家だ。
一緒に食べるにしても健啖家の方が見ていて気持ちいいけどね。
デザートの抹茶ババロアには、生クリームと粒あんと黒蜜をかける。
「ううー、美味しいよう、ものすごい高級品なのにこんなに遠慮なくお菓子になっちゃって、しかもものすごく美味しいよう!」
エリシエルが泣きながら抹茶ババロアを食べている。これはジークヴァルト先生とエアハルト先生にも差し入れた方がいいだろうか。
私も今世で初の抹茶に巡り合えて、とても幸せだ、ありがとうジークヴァルト先生。