エアハルト
私の名はエアハルト。
リシェルラルドの王族に仕える家系に連なる者だ。
リシェルラルドの王族は皆ハイエルフだが、純粋なハイエルフはとても数が少ないため、エルフも王族に嫁ぐことがある。
片親がハイエルフの場合、ハイエルフの子が生まれるのは半々だ。
ハイエルフの子が産まれた場合は傍系王族として、エルフの子が生まれた場合はエルフの実家で育てられる慣習だ。
私の大叔母は先代王の愛妾だった。
そして王と叔母の間にジークヴァルト様が産まれ、ハイエルフだったため傍系王族として育てられることになったそうだ。
王とハイエルフの正妃3人の間にもそれぞれ1人ずつハイエルフの子がいたため、幼いジークヴァルト様は正妃達にも年の離れた2人の異母兄と1人の異母姉にも可愛がられて育ったらしい。
だが、平穏はジークヴァルト様の洗礼式までだった。
エルフの母を持つ、傍系王族のジークヴァルト様が全ての大神から名を贈られたのだ。
2人の異母兄と1人の異母姉に6つ名持ちはいなかった。
そこからはお約束の泥沼だ。
種族は違えども王位継承争いというものはどこの国にでも転がっている。
ハイエルフの統治に不満を持つエルフがジークヴァルト様を担ぎ上げようとしたり、それをハイエルフが弾圧したりと何十年も不毛な争いが続いたが、それまで次期王と見做されていた長子が禁断の魔術を行ったことで争いは収束した。
愚かにも当時の王の長子は、神事を歪めてジークヴァルト様の6つ名を取り上げようとしたらしい。
だがそれは失敗し、長子は神の怒りを買い神の雷に焼かれて跡形もなく消滅したという。
その後もリシェルラルドには神の怒りとしか思えないような天変地異が相次ぎ、ジークヴァルト様が神殿で神の怒りを鎮めるために3年祈り続け、その身に神を降ろすことでやっと天変地異は収束したらしい。
そしてジークヴァルト様はリシェルラルドの王位には関わらぬことを宣誓し、自分がいることで国が荒れることは望まない、とセレスティスに留学しそのまま研究者として留まっておられる。
全て私が産まれる200年ほど前、今から約400年ほど前にリシェルラルドで起こったことだ。
現在のリシェルラルドの王はジークヴァルト様の2番目の異母兄で、自分の異母兄が引き起こしたことでジークヴァルト様が故郷へ帰ることもせず不自由な暮らしをしていることに非常に心を痛めており、ジークヴァルト様へできる限りの便宜を図ることができるよう常にセレスティスには複数のエルフ族が常駐することになっている。
私の知るジークヴァルト様は、いかにもハイエルフの王族らしく超然としており、魔術の研究に打ち込んでおられ、特に何か便宜を図るようなことはこれまでなく、それどころか、ご自分の住む研究棟から出ることすらほとんどなかったように思う。
それが、まだ年若い人間族の少女に誘われ、郊外の湖までやってきて少女の友人の様々な種族と一緒になって立って食事をしている。
いや、彼女がかなり不思議な人間族なことは確かなのだが。
ジークヴァルト様の無聊の慰めになれば、とも思って紹介状を書いたのだし。
エルフ族は皆ジークヴァルト様の件で起こった神罰と天変地異を知っているから、気軽に“見てみたいから”などという理由で神事を執り行うことなどありえない。
しかも、リシェルラルドの衣のことを光の女神が祈りと魔力を受け取った領収書のようなものだ、と称したらしいし。
ジークヴァルト様はそれを聞いた時に驚きのあまり言葉が出なかったそうだが、それこそリシェルラルド本国の者が聞いたら卒倒するのではないだろうか。
だからといって彼女に信仰心がないというわけではない、彼女が奏でたセディールの音色も、彼女が作詞作曲したらしいリシェルラルドとフォイスティカイトへ捧げる曲も非常に美しく胸を打たれるものだった。
実際、その楽の奉納に応えてリシェルラルドの衣がセレスティスの夏の夜空に顕現したわけだから、彼女の楽と祈りと魔力は女神の元へと届いたということなのだろう。
それに彼女はジークヴァルト様と平気な顔をして接している。
ジークヴァルト様はただのハイエルフではない。
かつて神々の怒りによる天変地異を収めるために、その身に神を降ろされたのだ。
エルフ族以外でもその神々しさは感じられるであろうに、彼女はジークヴァルト様に対してとても美形だ、という以外の感想は抱いていないようなのだ。
ジークヴァルト様は彼女のことをご自分と似たような立場のはずだと仰っていたが、もしや、彼女も6つ名持ちか?
それならばジークヴァルト様の神々しさに中てられないのも理解できる。
6つ名持ち同士、常人にはわからぬような感覚の共有もあるのかもしれぬし。
アルトディシアの6つ名持ちといえば、次期王の婚約者だったはずだが、他種族の情報はなかなか入ってこないから、アルトディシアが何故6つ名持ちを国から出しているのかはわからぬが、ジークヴァルト様は彼女のことを非常に気に入っておられるようだ。
それに友人だという狐獣人の男の彼女へ向ける目も気になる。
狐獣人ということは、ヴァッハフォイアの政治の中枢にいる家の出である可能性が高い。
厄介だな。
セレスティスに来て100年程経つが、これまでジークヴァルト様絡みで特に何のトラブルも起こらなかったが、もしかすると近い将来アルトディシアやヴァッハフォイアと事を構えることになる可能性もあることを、本国へ報告しておくか。