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「お嬢様、いい感じに焼けましたよ。皆さんが自分で取り分けるということで本当によろしいのですか?」
冒険者の2人はともかく、他のメンツは外でバーベキューとかしたことがなさそうだったので(私も今世では初めてだ)肉焼き要員としてオスカーにも一緒に来てもらったのだが、料理一筋の彼は初めて見るはずの夜空のオーロラをまるで気にせずテキパキと食事の準備を進めてくれていた、流石は私の料理人である。
侍女2人に皆に取り皿とフォークを配ってもらい、オーロラを眺めながらのバーベキューの開始だ。
「肉類には最初から下味を付けてありますので、そのままお召し上がりください。野菜類は基本的に塩だけの味付けですので、もし味が薄いようでしたら、肉類を漬け込んだタレと同じものと塩とミルとレモンとバターと生姜は準備しております。飲み物もエール、果実酒、ジュース類と何種類か準備しておりますので、お好きなものをどうぞ」
焼き肉のタレ類も一応開発したのだが、結構コストがかかるのでまだレシピはどこにも売りに出していない。牛肉と豚肉と鶏肉は焼き肉のタレと塩胡椒バージョン、羊肉はジンギスカンのタレに最初から漬け込んで持ってきている。
主食はおにぎりとバターロールだ、好きな方を食べると良いだろう、手で持って食べやすいようにね。バターロールにはプレーンの他にレーズン入りと胡桃入りを準備しているし、おにぎりは梅とおかかを入れた白米の他に、ミルを塗って焼いたものとゼルを塗って焼いたもの、野沢菜もどきを混ぜたもの、生姜の炊き込みご飯といろいろ準備してある。
ルナールのために油揚げ、もとい、フェコラの油で揚げたものも持ってきている、一緒に焼いて醤油ならぬミルとすりおろした生姜を付けて食べると美味しいよ、と教えると目を輝かせている。
「このように外で自分で料理を取り分けて食べるのは初めてですわ、でもとても美味しいです。それに初めてみる極光もとても美しくて」
リュミエールが焼いたしし唐もどきをはふはふ言いながら食べている、塩味しか付けていないからちょっとミルを付けると美味しい。
「ドワーフ族はよく酒盛りをしますので、皆で騒ぎながら食べるのは珍しくありませんが、この肉の味付けはとても美味しいです」
「確かに、この肉はどれも本当に美味い。漬け込んでいる調味料は売っていないのか?」
ルナールが真剣に焼き肉のタレの購入を検討したいようだが、保存があまりきかない上に結構コストかかるんだよね、これ。
冷えたエールを片手に肉を食べるフリージアも嬉しそうだ。エールは冷えてないと私は嫌なのだが、この世界では外で飲むと常温で出される。確かに前世でも海外に行くとビールに限らず飲み物は常温で出てくる国は意外と多かったように思う。
湖の傍によると一時的に冬なので寒いが、焚火でのバーベキューの傍は夏なので暑いのだ。
「ジークヴァルト様、お望みの品をおっしゃってくだされば取り分けさせていただきますが」
「いや、自分で取り分ける趣向だというのなら、それに従うまでだ」
シェンティスが取り分けようとするのを制止して、ジークヴァルト先生が自分でお皿とフォークを持ってキノコやピーマン、玉ねぎといった野菜類を取り分けている。
「ジークヴァルト先生は肉や魚は召し上がられませんか?」
「食べて食べられないことはないが、好んでは食べぬな。だが、ただ塩を振って焼いただけの野菜もこのような場で食べると美味だ」
ジークヴァルト先生はハイエルフらしく菜食主義らしい。
「キノコ類はお嫌いでなければバターを少し乗せてミルを付けると美味しいですよ」
キノコ類のバター醤油炒めは最高だと私は思う。
「ほう、なら試そうか」
皿を差し出してきたので、準備していたバターとミルをちょっと乗せてやる。
「今から揚げ物もしますので、野菜もいくつか揚げますのでよろしければお召し上がりください」
せっかくオスカーも一緒に行くのだからと、フライヤーも持ってきたのだ。
バーベキューをあえてちょっと食べ足りないかな、くらいの量にして、揚げたてのジャガイモやナス、玉ねぎ、アスパラの後は、鶏のから揚げとコロッケを揚げてもらう。
「ふむ、このミルという調味料はヴィンターヴェルト産なのか?初めて食すがとても美味だな。キノコ類にバターと共に食すととても美味だ、気に入った」
ジークヴァルト先生が微かに微笑むと、美形の微笑みはとても破壊力が強かったようで、皆が顔を赤らめている。言っている内容はキノコのバター醤油焼き美味しいね、なのだが。
フライヤーで揚げたてのジャガイモとナスと玉ねぎとアスパラを渡すと、それも喜んで食べている。
「本国の頭の固い者達がジークヴァルト様のこのような姿を見たら、セイラン、君は不敬罪で捕まりかねないぞ?」
エアハルト先生が頭痛を堪えるような顔をしているが、ジークヴァルト先生は特に気にしていないようだ。
「取り繕わなければならない場でのみ取り繕っておけば問題ない。それに恐らくだが、セイラン・リゼルも私とそう変わらない身分であろう?」
ジークヴァルト先生が凄絶な流し目をくれるので、私もにっこりと微笑み返しておく。
いつの間にか隣に来て護衛騎士達とルナールと一緒に私を庇うように立っていたジュリアスが、ジークヴァルト先生とエアハルト先生に挑むような眼を向ける。
「何かあれば本国が黙っていないのは姉上も同じことですよ」
「セレスティスは中立の学術都市です。自国での肩書など意味をなしませんわ」
「そういうことだ」
私とジークヴァルト先生が視線を絡ませて微笑みあうと、エアハルト先生がやれやれといった風情でため息を吐く。
「人間族がジークヴァルト様と普通に談笑しているというだけでも、本国には面白くない連中がいるでしょうけどね」
「セイラン・リゼルを私に紹介してきたのは、エアハルト、其方であろう」
エアハルト先生が肩をすくめる。
「本人が希望したのと、私も面白そうだと思っただけですよ。人間族としてはかなりおかしな部類に入りますのでね、この娘は」
面白そうとか、かなりおかしいとか、なんだかひどいことを言われている気がする。
「確かに面白いな、500年近く生きているが、このようにあっさりと“見たいから”という理由だけで神事を執り行い、リシェルラルドの衣を出現させるような思考回路の者に出会ったのは初めてだ」
おおう、どうやらジークヴァルト先生はものすごいご長寿さんだったらしい。
最初からご神木のようだと思ってはいたが、前世の感覚でいうならば戦国時代から生きているということではないか、生きた歴史書だ、素晴らしい。
「なんだか失礼なことを考えていないか?君の思考回路は常人とは些か異なるようなので、なかなか読みにくいのだが」
ジークヴァルト先生にじとりとした目で見降ろされるが、別に私は気にしない。
「まあ、私の思考など、これから出てくるデザートに比べれば取るに足りないことですわ。人生の楽しみは美味しい食べ物とお酒、そして本と音楽です。私はそれ以外のことにはあまり興味のないつまらない平凡な人間ですわよ」
ジークヴァルト先生とエアハルト先生以外の皆にまで呆れたような顔をされてしまった、何故だ。
「まあ良い。人間族の寿命は短いからな、その短い時間に何を成すかはそれぞれだ。君は面白いから、できる限り長く私の傍にいてくれると嬉しく思う」
おや、いつの間にか随分とジークヴァルト先生の好感度が上がっていたようだ、ちょっとびっくりである。研究室で資料を読みながら持参のお菓子を一緒に食べていただけなのだが。
他のエルフ族も皆一様に驚いた眼で私を見ている。
「そ、それよりデザート!セイランさんのデザートすっごく楽しみにしてきたんだよ、私!リシェルラルドの衣もそろそろ消えかかってるし、デザート食べて帰るにはちょうど良い時間じゃない?!」
焦ったように言うエリシエルの言葉に空を仰ぐと、オーロラの光が弱まってきている。確かに、デザートを食べて帰るにはちょうど良い時間だ。
「そうですわね、デザートは桃のムース、シューアイス、オレンジタルトの3種を準備しておりますので、どうぞ召し上がってくださいませ」
エルフ族は皆もれなく3種全てをお皿に取り分けておかわりまでしている、バーベキューで肉類をあまり食べなかった分がここで入るのだろう。
「もう、セイランさん、ジークヴァルト様をこんなところに連れてくるなら、先に教えておいてよ。心の準備が必要なんだよ!」
エリシエルが小声で泣き言を言ってくるが、そんな心の準備が必要な相手だとは知らなかった。
「今回の魔術と神事を執り行うにあたって相談した教師も同行する、と最初に説明しましたが?」
「まさかジークヴァルト様が出てくるとは思わなかったんだよー!しかもセイランさん、すごく仲良さそうだし!」
好きか嫌いかで訊かれたら、割と好きな方だとは思うが、すごく仲良さそう、と他人から言われるほどの深い付き合いはまだしていない。
「もう!セイランさんて、まだ20年も生きてないのになんでそんなに達観してるわけ?普通ハイエルフの王族はエルフ族でも緊張する相手なのに!」
そんなことだろうと思ってはいたが、やはりジークヴァルト先生はリシェルラルドの王族らしい。向こうも私の身分にはなんとなく気付いていたようだから、お互い様だろう。
他国で長年研究者をしたり、留学したりしている時点で、そんなに気を使わなくても大丈夫だと思うんだけどね。
とりあえず、念願の夏空でオーロラ眺めながらバーベキューができて私は満足した。