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オーロラ鑑賞にリュミエールとフリージアを誘うと、首を傾げながらも了承してくれた。
ジュリアスも勿論了承だ。
ルナールも護衛代として美味しいご飯を一緒に食べよう、と言うと二つ返事で了承してくれたが、エリシエルはビックリ仰天、て感じだった。
「え?夏の夜空に極光を出す?極光てリシェルラルドの衣のことだよね?え?なんで?どうやって?魔術の実験?あれってリシェルラルドの冬のお祭りの時に出るものだと思ってたんだけど、魔術で出せるもんだったんだ・・・セイランさん、いつも思うけど、不思議なこと考えるよね・・・いや、行くよ、行きます!是非!護衛も兼ねて湖までね、報酬はご飯で、はい、了解!」
なんかヤケクソのように了承してくれたが、この世界あちこちに観光のために旅行するような習慣がないからなあ、避暑や避寒のために出かけるのは貴族ならあるけどせいぜい自国内であって、他国まで出歩くのは冒険者くらいだ。
一応名目は魔術と神事の実験なので、ジークヴァルト先生だけでなくもう1人くらい学院の先生を巻き込んでおこうと思ってエアハルト先生にも声をかけたが、エリシエル以上に驚かれてしまった、いつも無表情な先生だったのに。
「は?リシェルラルドの衣を出現させる実験をする?郊外の湖でそれを鑑賞しながら食事?しかもジークヴァルト様が許可を出されて同行される?・・・君は私が想像していた以上に突飛な行動をする」
切れ長の緑の瞳が落っこちそうに見開かれている、エルフ族は皆驚くなあ、自国の冬の神事の際に起こる自然現象を他国で夏に人為的に起こそうとするのがそんなに珍しいのだろうか。
私だって、その神事が季節や収穫に大きく関与するようなものなら控えるけど、オーロラが出現するのはただ単にリシェルラルドへの感謝の祈りを捧げる神事の際に出るだけだから、リシェルラルドが祈りや魔力を確かに受け取りましたよ、という領収書のようなものだと考えている。
アルトディシアでだって、神事の後にはよく風が吹いて花や木の葉が風に舞っていて風車も景気よく回っていて、それをアルトディシアの舞と呼んでいたし。
この考えをジークヴァルト先生に言うと、領収書・・・と呟いて絶句していたが。
当日は馬車組と乗馬組に分かれてぞろぞろと昼過ぎから郊外の湖へ向かう。
お弁当の量が多いのと、夜の湖に冬を呼ぶために防寒具、楽の奉納用にセディールもあるから馬車が必要だったのだ。
よくゲームやラノベであったアイテムバッグみたいなのはないのかと思うのだけれど、そんな都合の良い魔術具は存在していなかった。そもそも空間や時間に関与できる魔術がない。
現実はそんなに甘くはないということだ。
「夜空に極光というものを出現させるのですよね?リシェルラルドの衣と呼ばれる美しい現象だと聞きましたわ、とても楽しみです。フォイスティカイトでは、冬の神事の際に空気がキラキラと輝くことがあって、フォイスティカイトの吐息と呼ばれていたのですよ」
同じ馬車に乗ったリュミエールが楽しそうに話す。そうか、フォイスティカイトではダイヤモンドダストが神事の際に出現するのか、水の女神だしね。フォイスティカイトは南国フルーツが豊富だから熱帯のイメージだったけれど、夏と冬の寒暖の差が激しいらしい。アルトディシアは割と年中温暖で過ごしやすい国だったからなあ。
「ヴィンターヴェルトとヴァッハフォイアの国境にある山脈は、夏の神事の際には爆発しますよ、それをお酒を飲みながら遠くから眺めるのがヴィンターヴェルトの夏の風物詩です」
フリージアもヴィンターヴェルトの神事を教えてくれるが、火山噴火とは土の神と火の神はやること激しいな、おい。
闇の神のフィンスターニスの神事はあまり聞いたことがないのだが、日食や月食でも起こるのだろうか、リアル天動説のこの世界では神に祈って何が起こってもおかしくない。
湖に到着するとちょうど夕暮れ時だ、天気も良いし絶好のオーロラ鑑賞日和ではないか。
前世のハッカ油を参考に作成した虫よけスプレーを皆に渡すと、特に冒険者2人はこれも是非商品化を!と食いついてきた。
ずっとフードを被って馬に乗っていたジークヴァルト先生が馬から降りてばさりとフードを下したことで、皆が息を呑む気配がするが、本人は慣れているのかまるで気にせずスタスタと私の隣にやってきた。
「さて、セイラン・リゼルよ、まずはこの湖に冬を呼ぶのだろう?始めなさい」
ジークヴァルト先生は私のことをセイラン・リゼルと呼ぶ。おそらくリゼルが私の姓ではなく、どちらも名のひとつだと気付いているような気がするのだ。多分だが、ジークヴァルト先生は私と同じ6つ名持ちなのだと思う。エヴェラルドという名に神気を感じるから、エヴェラルドは姓ではなく名のひとつなのだろう、私も本来の姓を名乗っていないのでお互い様だ。神から賜った名に神気を感じ取ることができるのはどうやら6つ名持ちのスキルのようだし。
「はい。では始めさせていただきます」
湖に準備してきた魔紙に描いた冬の魔法陣を浮かべ、要所に水の魔石を乗せていく。
湖の畔にリシェルラルドの魔法陣を描いた布を敷き、その上に座ってセディールを構える。
神殿で奉納舞や楽の奉納をする際には魔法陣の上で行うのが基本だからね。
歌うのは、前世の冬の歌だ。私が見えているもの全てあなたにも見せたい、と歌うバラードをフォイスティカイトとリシェルラルドへ捧げる曲に編曲した。
流石に前世の知識にある曲をそのまま自分で作曲しましたと言ってのけるほど厚顔無恥ではないので、編曲して歌詞も改変している。
魔法陣が輝きながらゆっくりと水に沈んでいき、湖が冷気を放ち始めた。
セディールの音色と歌声に魔力が乗せられて魔法陣に注ぎ込まれるのを感じる。
「まあ、フォイスティカイトの吐息が・・・」
リュミエールが呆然としたように呟くのが聞こえ、湖の上にダイヤモンドダストがきらめき始めると同時に、夜の帳が下り大きな光のカーテンが出現した。
「おお・・・!」
「これが極光・・・!」
「なんと美しい・・・」
「夏のセレスティスにリシェルラルドの衣を出現させるとは・・・」
「本来もっと大人数で神殿で神事を執り行い、魔力を奉納しなければならないはずなのだが・・・」
皆があんぐりと口を開けてオーロラを眺めているが、その感想にはエルフ族とそれ以外の種族でかなり温度差があるようだ。自国の主神かどうかで感想も変わるよね。
国全体に影響を及ぼすような神事ならともかく、ちょっとオーロラ見せてください、くらいなら人より魔力の多い6つ名の私が神事を執り行えば十分だ。
「綺麗ですね、私1度この極光を自分の目で見てみたかったのですよ」
セディールを弾き終えて立ち上がろうとすると、ジークヴァルト先生が手を差し伸べて皆のところにエスコートしてくれた。
湖の畔は冬を呼んだので冷気を発しているので、焚火の側に寄りたいのだ。
「冬のリシェルラルド以外でリシェルラルドの衣を見る日がこようとは思ってもみなかったがな。それにとても美しい曲だった。君が作ったのか?」
「まあ、一応は」
ジークヴァルト先生と一緒に、赤や緑に輝きながら揺らめく天上の光を眺める。
オーロラを見に行くのは前世でやり残したことのひとつだ、それが叶ってとても嬉しい。
しかも、寒い中凍えながら見るのではなく、夏の夜空の下でバーベキューをしながらだ。