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「姉上、この魔術具私にも作ってください!」
夏を目前にしてやっと完成したクーラーを前に感無量で涼んでいると、ジュリアスが必死の形相で迫ってきた。
セレスティスでは夏目前だが、アルトディシアの感覚ではすでに盛夏だ、これ以上暑くなることを予想してジュリアスも必死なのだろう、夏が過ぎればまた試験の季節だし。
「欲しければ素材を調達してきなさい。これはひとつ作成するのにかなりの稀少素材を必要とするのです。量産は難しいのですよ」
そう言って素材リストを渡すとジュリアスは青ざめた。
「なんですかこれ、飛竜の逆鱗なんてそう簡単には手に入らないでしょう!」
「だから稀少素材だと言っています」
その他の素材はルナールとエリシエルが余分に納入してくれた物もあるからどうにかなるが、飛竜の逆鱗だけはなかなか手に入らないのだ。
ちなみにこのクーラーの魔術具の作成で魔術具作成の上級コースは合格できた。
割と簡単に作成できた落とし穴の魔法陣改良で魔法陣学も合格し、薬学のエアハルト先生の紹介と3つ合わせて魔術具作成の権威と言われているジークヴァルト・エヴェラルドという研究者への紹介状を勝ち取ることができた。
どうやら本人が結構偏屈な人らしく、あまり表舞台に出たがらず研究に没頭したいがために名前も公には出していないらしい。
地位や権力、名声には一切拘らないマッドサイエンティストということか、と私は納得した。
エアハルト先生には、ハイエルフのお偉いさんだからくれぐれも失礼のないように、という情報ももらった、ハイエルフにお会いするのは初めてなのでちょっと緊張する。
「冒険者ギルドに依頼を出してもいつ入手できるかわかりませんね、合わせて商業ギルドにも依頼を出しておきます」
がっくりと肩を落とすジュリアスに私は微笑みかける。
「名前の多い者が一緒にいると稀少素材が手に入りやすいそうですよ。私は飛竜の逆鱗を入手した時冒険者に同行していました。ジュリアスも5つの名前を持っているのですから、冒険者に同行してみては?」
「飛竜の討伐に姉上が同行したなんて本国に知れたら、なんでそんな危険な真似を!と大事になりますよ」
ジュリアスが呆れたようにため息を吐くが、私だって最初から飛竜を狩りに行ったわけではない、私が目的として行ったのはスライムの核だ。
「スライムの核くらいなら特に危険もなく私でも採集できるだろうと思って行ったのですが、何故か飛竜が現れたのですよ。たかがスライムの核目的であっても金カードの冒険者を雇っていて正解でした」
「姉上は運が良いのか悪いのかわかりませんね・・・」
稀少な素材の採集効率が上がるのだから、名前が多いほど俗にいうLUK値が高いのだと私は考えているのだが。
「本格的な夏が来る前に私も1度街の周辺に出てみることにしますよ、飛竜の逆鱗の他にもいくつか手に入りにくい素材があるようですし」
ジュリアスはリストを見ながらとぼとぼと出て行った。
まあ、素材さえ持ってきたら作るのは格安で作ってあげるから。
指定された日時に、私はこれまで足を踏み入れたことのなかった区画に向かう。
割と危険な魔術具の研究も行う区画ということで、許可を得た者以外は立ち入り禁止区画なのだ、色々と外に危険が及ばないように結界の魔法陣が張られているらしい。
壁に3枚の紹介状に押された紋をかざすと、赤い線で幾何学模様が走り扉が現れた、なかなかにファンタジーである。
中には金髪に青灰色の瞳のおそらく騎士であろうエルフ族が立っていた。
「紹介のあったセイラン・リゼルで相違ないか?」
「はい、セイラン・リゼルでございます」
「私はジークヴァルト様の護衛騎士を務めるローラント・エンヴィだ、ついてくるがいい」
私はローラントという騎士についていく。ジークヴァルト先生はハイエルフのお偉いさんだとエアハルト先生が言っていたから、学院内でも護衛騎士がついているらしい。まあ、私とジュリアスにも国から護衛騎士がついてきているのだから、似たようなものだろう。
「ジークヴァルト様、紹介のあった学生を案内いたしました」
「入りなさい」
扉の前でローラントが声をかけると、中から低い美声が聞こえた。
ローラントに促され、扉を開けると中には背の高い白銀の髪に金色の瞳のハイエルフが立っていた。
エルフとハイエルフの寿命以外の違いはなんだろうと思っていたが、こうして見ると圧倒的に雰囲気が違う、一目で違うとわかる。
一言で言うならば、ご神木だ。
注連縄つけて拝んでおこう、という感じ?
「こちらへ」
促されるままに勧められた椅子に座り、まじまじと眺めてしまう。
うん、これは本人の望むと望まざるに関わらず、あまり人前に出るべきではないね、生きた美術品として誘拐されそうだ。
「私の顔に何かついているか?」
「あ、申し訳ございません、とてもお美しいので見惚れておりました」
ジークヴァルト先生が一瞬棒を呑み込んだような顔になる。
「人間族がそのようにあっさりと私の顔に見惚れていた、と認めるのは珍しいな。気に入ったのなら好きなように鑑賞するといい」
どうやら大半の人間族はジークヴァルト先生の顔を見ると硬直するらしい、わかるわあ、私も中身が外見通りの年齢だったらきっと硬直してたと思うし。
本人が好きなように鑑賞して良いと言ってくれたので、私は遠慮なく眺めることにする、もともと私は綺麗なものは大好きなのだ。
「名前くらいは聞いていると思うが、私はジークヴァルト・エヴェラルドという。好きなように呼ぶといい」
「ありがとう存じます。ではジークヴァルト先生と呼ばせていただきます。私はアルトディシア出身のセイラン・リゼルと申します」
そこで銀髪に紫の瞳のエルフ族の美女がお茶を持ってきてくれたので、手土産に持参したブルーベリーチーズケーキを渡す。エアハルト先生が、エルフ族の例に漏れずジークヴァルト先生も甘いお菓子が大好きだと教えてくれたのだ、エアハルト先生には本当にお世話になっている。
「その箱は魔術具か?」
ブルーベリーチーズケーキが入った箱にジークヴァルト先生が反応したので、頷く。
「はい。冷たいお菓子を持参したのですが、外が暑いので小型の冷蔵箱を持ち運び用に作成したのです」
生鮮食品の買い物にもとてもお役立ちだ。
「君は新しい魔術具だけではなく、既存のポーションや魔術具を改良することも得意にしている、と3人の紹介状に書いてあった。その箱を見せてもらっても?」
「はい、勿論です」
箱を開けると中には美しくデコレーションされたブルーベリーチーズケーキが入っているが、それをさっさと取り出してお茶を持ってきた美女に渡すと、ジークヴァルト先生は冷蔵箱をひっくり返してみたりして観察し始めた。
「シェンティス、せっかくのお菓子だ、切り分けて来なさい」
「はい」
シェンティスと呼ばれた美女は言われるままにブルーベリーチーズケーキを持って退室した、ジークヴァルト先生が魔術具を矯めつ眇めつする姿には慣れているのだろう。
「ふむ、冷蔵用の魔術具は大型で置いてあるものだと認識していたが、それを小型にするとはな」
「あ、そこのボタンで冷蔵と冷凍の切り替えができるようになっております」
リュミエールとフリージアと休憩時間に一緒に食べるために、アイスクリームを持ち運びできるようにもしてあるのだ。
「なるほどな、君は冒険者が狩りで使用する魔術具を多く作成しているようだから、そういった物を作成するのを目的にしているのかと思ったが、ずいぶんと色々な物を作成しているらしい」
どちらかといえば、生活が豊かになる家電的な物とか、美容品や健康グッズの方が多い気がするが、そちらは名前を出さずにアストリット商会から出しているので、ジークヴァルト先生に報告がいっているのは冒険者のお供になっている物ばかりらしい。
そこに先ほどの美女が切り分けたブルーベリーチーズケーキを持ってきてくれた。
「シェンティス、ここに出入りすることになった学生のセイラン・リゼル君だ。登録を頼む」
「畏まりました。セイラン・リゼル様、カードをお出しください」
カードを渡すと、どうやらこの研究棟へ出入りできる魔法陣を組み込んでくれるらしく、帰りに返します、と持って行った。
私は身分の高い者同士のお茶会では必須である毒見をするために、先にブルーベリーチーズケーキにフォークを入れる。
セレスティスに来てからあまりきちんとしたお茶会や会食はしていなかったから、ちょっと久しぶりだ。
「エアハルトが君の持参するお菓子はどれも絶品だと言っていた」
ジークヴァルト先生がそう言って私が一口食べるのを待ってから、ブルーベリーチーズケーキにフォークを入れる。
滑らかで酸味のある甘さが口の中に広がる。
暑くなってきたし、冷たいお菓子だよねと思ってよく冷えたブルーベリーチーズケーキを持ってきて正解だ。
「ほお・・・」
ジークヴァルト先生が一瞬目を見開き、食べる手が早くなる、どうやら気に入ったらしい。
「これはアルトディシアのお菓子なのか?」
「いいえ、私が我が家の料理人と研究して作成した物です。私は薬や魔術具も作成しますが、料理やお菓子も作成していますので」
「なるほど、実に興味深い」
これは頻回にお菓子の差し入れをした方が良さそうだ、それにしてもエルフ族は何故皆甘党なのにすらりとした美形ばかりなのだろうか、これが種族特性というやつか。
帰りに通行証を登録したカードを渡してくれたシェンティスも、ブルーベリーチーズケーキが非常に美味だったととてもいい笑顔で言っていた。彼女はジークヴァルト先生の秘書のような立ち位置らしい。
私はセレスティスに来てから2年弱で、希望していた研究室に入ることができた。