ルナール
俺の名はルナール。
ヴァッハフォイアの生まれの狐獣人だ。
ヴァッハフォイアでは強さが全てだ。
強ければ生き、弱ければ死ぬ。
ヴァッハフォイアの王は10年に1度の大会で優勝した最も強い者がなる。現王は2期目となる虎獣人だ。
ただ、国を運営するには頭が良い者が必要だから、強さと共に頭も兼ね備えた政治や外交に携わる者も当然いる。
俺の家はそちら寄りだ。
獣人は様々な種族がいるから、得意分野が種族によって違うし、狐獣人は頭脳労働が得意な者が多いからな。
だが、大概の獣人は若い頃に1度は冒険者になって、戦いを求めてあちこち巡るものだ。
俺も将来的にヴァッハフォイアに帰り政治や外交に携わるのは吝かではないが、今はまだ魔獣狩りをしたり、その土地にしかない物を食べたりして楽しんでもいいだろう。
セレスティスは小さな都市国家だが、冒険者にとっては稼ぎやすい街だ。
薬草でも魔獣の素材でも常に依頼が出ているし、周囲にはたくさんの狩場がある。
中立の学術都市だから、周辺国の品も一通り輸入されているし、しばらくはこの街に滞在してもいいかと思っていたところ、人間族の貴族の令嬢の依頼を受けた。
人間族は初代が功績を上げていれば代々その地位を受け継ぐという、本人の能力はどうであれ血筋さえ良ければ偉いという、おかしな身分制度の種族だ。
その地位に見合った努力をしている者もいるが、血筋だけを誇る頭の悪い者もいる。
正直、討伐と素材の依頼だけならばともかく、護衛の依頼はあまり受けたくはなかったのだが、実家から他種族には他種族のやり方があるからそれを学ぶためにも、冒険者となって位を上げたらできるだけ他種族の者とも関わるようにしておくようにと言われていたから、仕方なく受けてみることにした。
採集をメインにしているエルフ族とも仲良くやっているようだったから、少なくとも他種族に対して排他的な人間族ではないだろうし。
だがこの令嬢はこれまで見てきた人間族の貴族とはまるで違った。
どの程度の家柄なのかは知らないが、気さくだし、特に我儘も言わずに護衛の騎士達の言うことを神妙に聞いている(今まで似たような依頼を受けた時の貴族は、自信過剰で周囲の者達が必死に諫めていた印象がある)し、何より自作のおかしな魔術具を多数持ち込んでいてしっかりと役に立っていた。
魔獣の討伐は初めてだと言っていたのに、飛竜の目を眩ませて叩き落し、痺れさせて動きを止め、挙句に魔法陣を使って落とし穴を作りだしそこに飛竜を嵌めるなど、少なくとも初めて討伐に出る人間族の冒険者には真似できないと思うのだが。
備えあれば憂いなし、と笑顔で言っていたが、スライムの核が欲しいと言っていたのに、一体何を想定して備えてきたのだろうか。
まあ、そんな俺の混乱も、その後に一緒にどうぞと言って出してくれた弁当の前には全て霞んでしまったわけだが。
冒険者になって世界中を巡って良かったと思うのは、その種族によって色々な料理があることだ。
だが、そこで出された弁当は、これまでに食べたことのないものばかりだった。
いなり寿司、という料理に俺は魅了されたが、原材料はヴィンターヴェルト産のフェコラという食材で、更にそれをこの令嬢と家の料理人とで考え出した料理らしい、素晴らしい。
100年以上の時を生きているエルフをもってしても最高に美味いと言わしめる料理を考え出し、全ての獣人族が感謝を捧げることになったポーション類の味の改善という偉業を成し遂げてくれたこの令嬢とは、個人的な友誼だけではなくヴァッハフォイアの国を挙げてこの先も良い関係を築いていかなければならないだろう、実家にもそう報告した。
スライムの核を採集するような簡単な依頼、と断らなくて良かった、あの時の俺。
しかも彼女は相手が誰であってもとても気を使う性格のようで、いつも欲しい素材を依頼される際にきちんと魔獣の生態を調べて、おそらく役に立つだろう、という魔術具を毎回準備してくれる、しかも弁当付き。
こんな楽な依頼にばかり慣れてしまったら、他の依頼が受けられなくなってしまう。
時々俺の尻尾を物欲しげな目で見つめているが、その位は許容範囲だ。
ジャイアントバットは群れで襲ってくるから、素材の採集は銀カード以上推奨だ。
彼女は人間族としてはそれなりに腕も立つし、一緒に来ると自作の魔術具を使って結構面白いことをやってくれるので、たまに同行するのも密かに楽しみにしているのだが、人間族の貴族の令嬢という自分をよくわかっているのだろう、興味本位で洞窟探検に乗り出しては来なかった。
以前貴族の令息で洞窟探検に張り切って行ったものの、入って10mもしないうちに滑って転んで怪我をして引き返した、という話を他の冒険者から聞いたことがあったが、彼女はその様な愚は最初から侵さないらしい。
さて、せっかく準備してもらったんだ、使ってみるか、音玉とやらを。
洞窟の空洞に来ると、上にたくさんのジャイアントバットがぶらさがっているのが見える。
狐獣人族の俺には必要ないが、夜目が利くようになる目薬とやらはきっと売れるだろう。彼女は本当に用意周到だ。
俺はもらった音玉を大きく振りかぶった。
ピイィィィィィンン!!!!!!
頭の奥に響くような物凄い音がして、思わず耳を塞ぐと同時に、ぼとぼととジャイアントバットが降ってきた。
「・・・おいおい、お嬢さん、またとんでもない魔術具を作ってくれたな」
目の前に山のように折り重なってピクピクと痙攣しているジャイアントバットの山を眺めながら、俺は口元が引き攣るのを止められなかった。
この魔術具があれば、これまで銀カード以上推奨だったジャイアントバット討伐の難易度が一気に下がるだろう。
彼女は何事も前準備さえきちんとしておけば、9割方は勝てるのだと言っていたが、それだけの前準備ができるというのがすごいと思うのだが。
「・・・まあ、いいか」
俺は依頼のジャイアントバットの翼の他に牙と、その辺の鍾乳石とヒカリゴケを土産に持って帰ることにした。
ほとんど何もせずに依頼料をもらうのは気が引けるしな。
きっとお好きだと思いますよ、と言われた揚げ出しフェコラという弁当のおかずも仕事をした後でなければ美味さも半減するだろうし。
次の狩りには彼女も同行すれば良いのに、と俺はなんとはなしに思った。