3
「セイランさんと一緒だと、珍しい薬草でもすぐみつかるから楽なのよねー」
無駄に美声で鼻歌を歌いながらひょいひょいと薬草を採集するエリシエルを尻目に、ルナールは鋭い目で周囲を警戒している。
「お嬢さん、たくさんの名前持ちか?」
「エリシエルさんにも最初同じことを聞かれましたね、多い方だと思いますよ」
「街の近くで薬草取りするには問題ないが、たくさん名前持ってるってことは魔力も多いってことだろ?奥に行くと変な魔獣が引き寄せられてくるかもしれんからな、気を付けろよ」
ルナールの言葉に、カイルとエリドがぴりっと緊張を走らせる。
「そうなのですか?なら魔獣の素材は依頼任せにした方が良いかもしれませんね」
「そうとも言い切れん。珍しい魔獣の素材が欲しい時は遭遇率が上がるからな」
はぐれメタルに遭遇しやすいようなものだろうか。
さっきから湖の畔でプルプルしている青や緑のスライムにえい!と剣を刺して、ドロッと液体状になった中から核を取り出しているのだが、メタルシリーズにはお目にかかっていない、いや、この世界にメタルシリーズがいるのかは知らないけれど。
「ほら、金スライムだ、滅多に遭遇できないぞ」
ルナールがシュッとナイフを投げると、金色のスライムが溶けて金色の核が出てきた。
どうやらメタルではなく、金のスライムがいるらしい。
「今年の夏が来る前には作成したい魔術具があるので、珍しい素材が手に入るのならうれしいですね」
私が作りたいもの、それはクーラーである。
冬の寒さは暖炉もあるし着込めばどうにかなるが、夏の暑さはどうにもならないのだ。
セレスティスの夏はアルトディシアの夏よりも暑かったので、私は今年から切実にクーラーを求めている。
初級、中級と魔法陣学と魔術具作成の講義を受講し、なんとなくの構想はできたので、今は素材集めの段階だ。
文献でしか効果を知らない素材がいくつか候補に挙がっており、それは冒険者ギルドに依頼として出しているのだが、稀少素材なのでいつ手に入るかわからない。
「ああ、噂をすればなんとやら、だ。こんなところで飛竜にお目にかかるとはな」
ルナールが金色の瞳を眇めて空を仰いでいる。
魔力で視力強化してその視線を追うと、前世のいくつものゲームでよく見たドラゴン様が空を舞っていた。
ドラゴンなんかとガチバトルしたくない、と思っていたから、フラグを立ててしまったのだろうか、とげんなりする。
「ええと、ルナールさんは、飛竜を狩ることができますか?」
「種類にもよるが、地上に降りてさえくれば狩れるぞ?今なら撤退も十分間に合うし、スライム狩りの予定だったから別料金取るけどな」
あっさりと肯定してくださった!
流石は金カード様である、やっぱり安全安心は金で買うべきものなのだ。
「なら私、ギルドの依頼にも出しているのですが、飛竜の逆鱗が欲しいのです!」
飛竜の逆鱗には相場の1.5倍の値段をつけているのだが、飛竜全てにあるわけでもなく、なかなかに稀少素材なので難しいと言われている。
「逆鱗か・・・お嬢さんが一緒なら手に入る確率も上がるかもしれんな、だがどうやって落
とす?」
こんなこともあろうかと、私は備えあれば患いなしのココロで色々な魔術具を作って持ってきたのだ、前世で若い頃友人に何百時間と狩りに付き合わされたが、生まれ変わって無駄にはならなかったらしい。
「いきます!光玉!」
「「「「え?」」」」
私は前世のゲームの知識に習い、飛竜に向かって大きく腕を振り被った。
上空で閃光が破裂し、ギャアアアアア!と大きな鳴き声を上げて飛竜が落ちてくる。
「ほら、ルナールさん、落としましたよ!」
「あ、ああ・・・」
「・・・さすがセイランさん、変わった魔術具持ってるねえ」
エリシエルが呆れたように呟くと、背中の弓を構える。
ルナールは大剣を抜き落ちてきた飛竜に向かって走り出し、カイルとエリドも剣を構えて私の前に立つ。
「私も何かお手伝いできるでしょうか?カイル、エリド、私の剣の腕は飛竜に通用しますか?」
「お嬢様は身体強化もお上手ですし、剣も弓も一人前の騎士と比べても遜色ありませんので、通用するかどうかと言われれば通用するでしょうが、何分実践経験がありませんから・・・」
2人に遠慮がちに言われたので、私は魔術具で罠を仕掛けたりする方が役に立ちそうだと判断する。
ちょっと尻尾切ってみたい、とか思ったのだが。
「なら私は遠くから援護するにとどめますね、えい!」
視界が戻ってきたらしい飛竜に、今度はしびれ玉をぶつける。
「・・・おいおい、見かけに寄らず、悪辣で手慣れたお嬢さんだな」
ルナールが苦笑しながら、じたばたともがいている飛竜にザクザクと切りつけ始めたので、私は今度は落とし穴を設置し始める、土の魔法陣を応用すれば簡単に作成できた。
「お嬢様、一体いくつ魔術具を持ち込まれたのです?」
エリドに呆れたように聞かれるが、何度でも言おう、備えあれば憂いなしである。
人は誰もが失敗から学ぶものだが、私は人生における一通りの失敗は前世で既に経験済みなのだ。
「ルナールさん、罠を設置しましたので、こちらに誘導してください!」
そろそろしびれが切れてきたであろう飛竜を落とし穴に誘導してもらう。
「ギャアアアアア!」
ずぼっと小気味良く落とし穴にはまってくれた飛竜を見て、皆がため息を吐いた。
「飛竜は何度も狩ってるが、こんなに楽な狩りは初めてだ。飛竜が哀れに見えたのも今回が初めてだがな」
「え?普通は狩りに必要な魔術具を準備しないのですか?」
「魔術具を使うには魔力がいるし、魔術具も高価だ。魔力は身体強化に優先的に使うからな。普段持ち歩くのは体力回復ポーションと魔力回復ポーションで、毒持ち相手だとその毒に効くポーションを買っていく。捕獲目的なら捕獲用の魔術具を持って行くがな。そもそもこんな光ったり動きを鈍くしたり落とし穴を作る魔術具は見たことがない、どこの店で扱ってるんだ?」
特に市場調査はしていなかったので、ありふれていると思っていた効果の魔術具が、どうやら珍しかったらしい。
なんてことだ、前世のゲームでは定番だったから一通り準備していたのに。
のんびり話しながらルナールは飛竜の首をすぱっと一刀で切り落とした。
この世界で自分で剣を持つ練習を始めた時から、スプラッタへの覚悟はできている。
実際アルトディシアでは何度か暗殺者に襲われたこともあるし。
近くで見ると、この飛竜はドラゴンといって想像していたものよりあんまり大きくない、前世の象くらいかな?
「ほら、逆鱗あったぞ、良かったな。この程度の大きさの飛竜から逆鱗が取れるなんて滅多にないぞ」
「ありがとう存じます。この魔術具は全て私が作成したものなので、どこの店でも扱っていませんわ。似たようなものならあるのかと思っていたのですけれど・・・」
ただ光るだけの魔術具なんてリシェルラルドから名をもらっている人なら誰でも作れると思うけど、エルフ族のエリシエルだってリシェルラルドから名前をもらっているだろうし。
「セイランさん、作れるのと思いつくのは違うからね!それに魔術具作成は結構専門的な分野の学問でしょ」
多分作れるのではないかとエリシエルの方を見たのがわかったらしい、慌てて否定される。
「そういうものですか・・・なら、光玉としびれ玉の他に毒玉と眠り玉もありますし、落とし穴の魔法陣のレシピも売れそうですね。落とし穴は設置の際に多少魔力を消費しますが、玉類は作成時に魔力を込めていますので使用時には魔力を一切消費しません、投げるだけです」
今回はスライムの予定とはいえ初めての魔獣討伐だったので、一通りのものを作成して持ち込んだのだが、需要があるのならレシピも売れるし、私も自分で作らずにすむ。
「すごいな。もしまだ残っているなら、光玉としびれ玉をくれないか?飛竜の討伐と素材の費用はそれでいい」
「セイランさん、私も飛竜討伐はお金よりその玉類あるなら欲しいな」
玉類は材料費だけならそれこそスライムの核2つ分くらいのものなのだが、良いのだろうか?2人共欲がないね。
「帰ればまだいくつかありますから、それぞれ3つずつの提供でよろしいですか?」
「十分だ」
「早くお店で買えるようにしてね」
冒険者御用達の魔術具店を教えてもらい、帰ったらそこの店主に交渉してみることにしよう。不労所得が増えるのは大歓迎だ。
ルナールとエリシエルの2人も一緒に行って、いかに役に立つ魔術具か力説してくれるらしい。