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私がセレスティスに来てからあっという間に1年が過ぎ、そろそろまた試験の季節だわ、なんて思っていたら、実家から弟がやってきた。
セレスティスに留学するのに上も下も特に年齢制限はないので、自分も留学することにしたのだという。
2つ下の弟のジュリアスは母親によく似た、金髪に青い瞳の陽性の美少年である。
4つ上のクリストハイト兄上は、父親に似た銀髪に紫の瞳のどちらかというと翳りのある美青年で、私もどちらかといえば硬質で陰性の外見だと思う。
社交界では、兄上を月に、弟を太陽に例えて陰から愛でていたお嬢さん達が多かった。
この弟は幼いころから姉上、姉上と慕ってくれたので、とても可愛い、気分は弟というよりは孫だけれど。
「姉上はシルヴァーク姓を名乗っていないのですか?うーん、なら私も隠した方がいいかな、確かにアルトディシア出身でシルヴァーク姓だとすぐに身分がばれますしね。うん、ジュリアス・ファガルにします」
父親の所持する爵位のうちのひとつ、恐らく将来継ぐ予定であろうファガル伯爵の名を名乗るらしい。
この世界では誰もが神様から名前を贈られることから、偽名を名乗ることに忌避感が強いため、身分を隠したい場合でも大概は本名に近い名を名乗るのがセオリーだ。
「なら対外的には従弟くらいの関係にしておきましょうか?私はここではリゼルが姓だと思われていますし」
私達は姉弟だが顔はあまり似ていないので、従姉弟で十分通るだろう。
「従姉なら姉上と呼んでも別に問題ありませんね、私はそれで構わないですよ。ところで姉上、このお菓子美味しいです!」
成長期の男の子である弟は、お茶と一緒に出したカンノーロをものすごい勢いで食べている。
私がいなくなった公爵家の本邸では、なかなか新作のお菓子や料理が出なくて寂しかったらしい。
ジュリアスは私の隣の家に住むことにしたそうで、今そちらでは片付けの真っ最中で、早い話が坊ちゃんは邪魔だからお姉様のところに行っていてください、と追い出されたらしい。
「今日明日は厨房も準備が整わないでしょうから、こちらに食事に来るといいわ。自分で街に出て何か食べてみるのもいいでしょうけど、どうします?」
「そんなの、勿論姉上の料理を食べにくるに決まっています!平民の食事処に行くのも悪くはないですが、せっかく美味しいものが近くにあるんですから!」
まだまだ色気より食い気らしい弟を微笑ましく眺める。
この弟はまだ婚約者が決まっていなかったはずだから、もしかしたら私のせいで王女の誰かを押し付けられそうになって逃げてきたのかな、とちょっと考えるが、本人が何も言わないのなら、聞くのも野暮というものだろう。
兄上の婚約者はフォイスティカイトの公爵令嬢だから、そこに割り込むのは厳しいと考えても、かといって弟に王女が降嫁すると兄弟の関係にもひびが入りかねないし、難しいところだ。
アルトディシアの王女殿下達は皆悪い人ではない、普通に政略結婚するには問題ないだろう、そこにどちらかが真実の愛なんて求めさえしなければ。普通は高位貴族になればなるほど、政略結婚というものについて幼いころからしっかり教育されるはずなのだが、あのディオルト殿下は一体どこで教育を間違われてしまったのだろうか。
いや、いくら教育を受けていても、真実の愛の前には全て虚構!という中二病的な正義感を拗らせてしまったのだろうか。
「試験も近いですし、街歩きは試験が終わってからゆっくりすることにして、試験まではおとなしく勉強しますよ」
この弟は意外に真面目だったらしい。
去年私がここに来たときは、試験勉強なんて一切せずに街中の市場をオスカーと巡り歩いていたというのに。
思わず良心が疼いてそっと胸を押さえる。
「姉上?どうかされましたか?もしかして体調が悪いのですか?」
「いいえ、大丈夫ですよ。なら試験までは毎日ここに食事に来ますか?まだオスカーがアルトディシアの本邸に送っていないレシピを毎日公開してあげるわ」
「私は料理人にマルセルを連れてきたのです。彼も姉上のレシピを恋しがっていたので。私がこちらで食事をいただく間、マルセルをオスカーに預けて良いでしょうか?料理長は自分も行きたいと泣いていましたけどね」
「ええ、構いませんよ。セレスティスには周辺諸国からたくさんの食材が入ってくるから、レシピがたくさん増えたのよ」
試験が終わったら、ジュリアスを連れてあちこちの市場に行っても楽しいかも、とアルトディシアではできなかった姉弟で街中散策に思いを馳せ、ちょっと嬉しくなった。




