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チョコルの売り上げがとても良いらしく、世の中口内炎に悩まされている人が多かったんだなあ、と他人事のように思っていたが、アストリット商会から、学院の教師から製作者は誰かと問い合わせがきたと言われた。
「エアハルト・ネストレと名乗るエルフ族でしたが、どういたしましょうか?アルトディシアでもセイラン様のことは極力伏せて来ましたが・・・」
私は目立ちたいわけではないので、製法を売ったあとは基本的に販売方法などはお任せしている。ただでさえ公爵令嬢で6つの名前持ちなのに、そこに付加価値が加わると誘拐やら暗殺やらの危険度が増すからだ。私が色々作っているのは、アルトディシアでも公爵家の者とローゼル商会とアストリット商会のごく一部の者しか知らなかったので、婚約解消の後割とあっさりとセレスティスに来ることができた。王家が知っていたら、速攻あと2人の王子どちらかの婚約者にスライドさせられていただろう。公爵である父は、ディオルト殿下の所業にかなりお怒りだったので、私がぶちぎれて家出して絶縁状態とかになるよりも好きなようにさせてやろう、というような心境だったのだと思う。
私を有無を言わさず次期王妃に決定した王家に思うところはあるが、実家には特に恨みはないので、もしこのまま一生帰国することがなかったとしても、実家との関係は悪くなることはないだろう、兄とも弟ともそれなりに仲良かったし。
「エアハルト先生は薬学の授業で教わっていますので、私が自分で接触することにしますから、アストリット商会はそのうち製作者が訪ねていくだろう、と返答しておけば良いですよ」
薬学を専攻しているエルフ族としての純粋な興味だろう。
私は見た目だけは良いので、セレスティスに来てからよく同年代の男性諸氏からそういう視線を感じるのだが、私は中身がお年寄りのせいか、ぎらぎらした若い人間族よりも、見た目はきらきらしていてもどこか枯れた雰囲気を漂わせるエルフ族が好きだということに最近気付いた。
美形のエルフ族が好きな理由がそんなんなのは私くらいだろうけども。
お互い本を読みながらウサギを撫でてお茶を飲めるような相手となら、種族を問わず私でも恋愛できそうなのだが。
どうやら私は、枯れ専だったらしい。
「うん?君は、初級コースを受講しているセイラン・リゼルだったか?講義で何か質問があるのか?」
エアハルト先生の研究室を訪ねると不思議そうな顔をされる。中級や上級ならともかく、初級でわざわざ研究室まで来るような学生はあまりいないらしい。
「アストリット商会にチョコルの件で問い合わせをされたのは、エアハルト先生だと伺いましたので」
「ああ!君が使いの者なのか?あれはとても画期的な薬で、菓子を模しているため使用した者も飲みやすく、効果も確かで素晴らしい薬だったので問い合わせたのだが」
エアハルト先生が身を乗り出してくる。
やっぱり研究者だけあって純粋な興味らしい。
「使いの者ではなく、私が製作者です。製法は秘匿させていただきますが」
「君が製作者・・・?いや、君は確か白金カードだったな、薬学が初級であっても他分野の知識があればこれまで見たことのない薬も製作可能か。製法は商売に関わることだろうから秘匿して構わないが、何故あのような菓子を模したのか、何故口内炎という放っておけば治るものに特化した薬を作成しようと思ったのか、あと・・・」
そこからエアハルト先生の質問は長かった。
研究者だからね、こんなもんだろう、私がどこまで話すかは先生次第だけれども。
「まず何故お菓子にしたのかですが、お薬というものはたとえ不味くはなかったとしても、毎日は飲みにくいものです。毎日継続して摂取することで効果のあるお薬を飲み続けるには、と考えました。次に、口内炎というものは確かに放っておけば治りますが、できやすい者はすぐにまたできますし、それがあることで食事は食べにくいし、常に痛みと違和感があるというのははっきり言って苦痛ではありませんか。私は栄養学等の講義も受講しておりますので、いくつかの食べ物が特定の症状に効果的に作用する、ということに着目しまして、その成分を見極め抽出することにしたのです」
その成分が何か、どの食品に多く含まれるか、全部前世で知っていたことだから、カンニングしているみたいでちょっと後ろめたいのだが、喜んでくれる人が多いのだからよしとする。
「・・・なるほど。君はこれまで受けてきた授業の成績も良いし、初級と同時進行で中級コースも受けなさい。希望するのなら薬学の上級コースも受講の許可を出そう」
おお!薬学コンプリート!
私の前世は別に薬剤師ではないが、私の知っている程度の知識なら多少は提供しても良いだろう。エアハルト先生の覚えがめでたくなれば、他の講義の上級コースへの紹介もしてくれるかもしれないし!
魔法陣と魔術具作成の最高峰とされている研究者がいるらしいのだが、本当に紹介者しか受け付けていないらしく、伝手を探していたのだ。