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クラリス

私の名はクラリス、シルヴァーク公爵家の御令嬢シレンディア様の筆頭侍女を務めております。

私はもともとシルヴァーク公爵家傘下の数いる子爵夫人の一人でしたが、夫が事故で亡くなり、ちょうど公爵家に姫君が産まれ子育ての経験のある貴族の侍女を募集しており、子供2人はもうあまり手のかかる年でもなかったため、公爵家にお勤めさせていただくことにしたのです。

母乳を与えなければならないとされている季節3つを過ぎてから公爵夫人の手を離れ対面させていただいたシレンディアお嬢様は、まだ赤子だというのにとても整ったお顔立ちで、将来はとんでもない美女になるだろうと思ったものです。

公爵家に限らずどこの家であっても将来の身の振り方が決まるのは7歳の神殿での洗礼式を終えて大神より賜る名の数が決まってからですから、それまでは特に厳しい教育は施されません。

お嬢様はどちらかというとおとなしく、手のかからないお子様でした。

4歳上のお兄様のクリストハイト様は男の子ですから、そちらはなかなか活発で教育係がよく追い掛け回しており、時々こっそりと逃げ出してはお嬢様に会いに来られるのも微笑ましいものでした。クリストハイト様は洗礼式で大神より5つの名を賜っていましたから、公爵家の後継ぎとしての教育は幼い子供にはとても厳しいものだったのでしょう。ご兄妹はとても仲が良く、また非常に見目麗しいご兄妹でしたから、見ている私達もとても幸せな気分になったものです。


ですが平穏な日々はお嬢様の洗礼式と共に終わりを告げました。


お嬢様は全ての大神から6つの名を賜ってしまわれたのです。


6つの名を賜る者は滅多に現れません。今現在確認されているのはお嬢様を入れて5人とのことでした。この国ではありません、この大陸全体で5人です。全ての大神の寵愛深き愛し子、その者がいる国は神々の恩恵を受け栄えると言われていますから、あの瞬間にお嬢様は次期王妃となることが決められてしまったのです。


お嬢様を婚約者にすることに成功したのは第2王子ディオルト殿下でした、いえ、その母君の第1妃殿下でした、と言うべきでしょう。お嬢様の2歳上であるディオルト殿下は柔らかな金髪に紫の瞳の優しげな顔の少年でした。初めてお2人がお会いした後からそれまではのんびりしてやや内気だったお嬢様は変わられたので、お嬢様はディオルト殿下を気に入られたのでしょう。次期王妃としてそれまでの生活とはうって変わって厳しい教育が課せられるようになっても、お嬢様は我儘ひとつ言わずに恐ろしいほどの優秀さを発揮して、次々と課題をこなされていったのですから。


普通の子供なら言うような我儘を何一つ言わず、次期王妃教育以外にも、ご自分から有事の際に何もできないのは困ると言って護身術を習い始め、たくさんのお勉強が終わった後も屋敷の図書室に籠りひたすら書を読み耽り、書物から得た知識なのか、公爵家の御用商人を使って様々な商品を開発し、厨房に出入りしては料理人達に新しいお菓子を作らせるという、幼子とは思えないような行動を始められました。

そのうちにお嬢様は父君である公爵に将来のためにとお願いして、公爵家の領地で治水事業や街道整備、平民の子供達への教育機関まで作ってしまわれました。

6柱の大神全てから名を賜って優秀になるのか、それとも優秀だから全ての大神から祝福されるのか、どちらが正解なのだろうか、と公爵家では皆が話していたものです。


ですがお嬢様がその優秀さを発揮していくのとは裏腹に、婚約者であるディオルト殿下は凡庸なお方でした。大神から賜った名は5つですが、それは他の王子お2人も同じ、上級貴族は皆4つ以上の名を賜っているのですから、6つ全てを賜る以外は特に大差ないのです。

公式の場以外では会うこともなく、手紙や贈り物の類もどう見ても周囲が気を使って準備したのだろうという状態でした。


お嬢様は、政略結婚に愛は必要ありませんから、と淡々とおっしゃっていましたが、愛は必要なくても誠意は必要です。ましてや、あちらから申し込まれた婚約なのですから。

そしてそのお言葉で初めて、私達はお嬢様がディオルト殿下の愛を求めておられないことを知ったのです。


ですが、お嬢様が次期王妃として完璧な教育を身につけられていたというのに、王子であるディオルト殿下には次期王としての教育はまるで身に付いておられませんでした。その辺を、かなり強引に婚約を結んできた第1妃殿下はどうお考えなのでしょうね。

なんとあの盆暗は、真実の愛とやらをみつけたから、という理由で王位継承権を放棄しお嬢様との婚約を破棄したのですから!


9年、一切我儘を言わず、時に何故か私以上に老成した雰囲気を纏い、次期王妃として必要だから、と今の第1妃殿下から第3妃殿下、王女殿下達の誰一人として足元にも及ばないであろう教養を身につけられたお嬢様は、婚約を解消された後おっしゃられたのです。


「これからは自由に生きられるのですね、私本当は次期王妃になんてなりたくなかったのですよ。私に与えられた義務だから仕方なく受け入れていましたけれど」


公爵夫妻は嫌だったのなら何故そう言わなかったのか、と幾分呆然とされていましたが、それは私達ずっと側近くお仕えしてきた者達も同様でした。


「嫌だと言ったら何か変わったのですか?私が6つの名前を大神から贈られた時点でこの国の次期王妃にさせられるという未来は決まっていましたよね?自分の望みなんて叶うことの方が少ないでしょう?人は置かれた場所で咲かなければならないのですから。向こうの不手際で婚約解消になった今ならば、既に婚約者のいるあと2人の殿下のどちらかに嫁げと王家から命令される前に逃げ出せますよね?」


そう言って本当に逃げ出すようにアルトディシアからセレスティスに来て、公爵家の本邸とは比べ物にならない、せいぜい裕福な平民が住むような小さな家に住み始め、学院に通い始められました。

公爵夫妻からは、質素な生活が嫌になったらすぐにでもアルトディシアに帰るように、とあえての小さな家と少ない側近での生活なのですが、お嬢様は今まで見たことがないほどに毎日がとても楽しそうです。

普通の女性ならば喜ぶ美しい衣裳やアクセサリーも、必要な場でふさわしい姿ができればそれで良いと言われますし、お茶会や夜会も如才なく振舞っておられましたが、今思えばあまり楽しんではおられなかったのでしょう。

ずっと自分の足で街を歩いてみたかったのだ、と言われた時、そういえばお嬢様は貴族の子女が行いがちな、実はばれていてこっそり護衛がついているという微笑ましいお忍びというものですら1度もしたことがないのだと気付きました。

どうせこっそり護衛がついてくるのだろうし、護衛騎士達に余計な仕事と心労を与えたくなかったし、万が一成功したりしたらそれは護衛騎士達の首が飛ぶだろうから、周囲への迷惑を考えるとやろうとも思わなかった、と淡々と言われ、本当にお嬢様は幼いころから次期王妃としての自覚を持ち、一切の我儘を言わず周囲に気を使って生きてこられたのだと知り、セレスティスに同行した数少ない側近達と後で涙したものです。


料理人と一緒に市場に買い物に行き、商会に自分の足で買い物に行き、歩いて学院に通い、お嬢様は毎日とても楽しそうに過ごしておられます。

学院の試験では初年だというのに白金のカードで、ご本人はこれで好きな授業が受けられるし、図書館で好きな本が読める、と毎日とても嬉しそうに図書館に通っておられますが、白金のカードというのは教師や研究者達と同等だと思うのですけどね、たしか学院に在籍する者は生徒だけではなく、教師や研究者も同じように能力によってカードを所持しており、学院内の施設の利用の制限があるのだとセレスティスに留学していた息子が言っていましたから。


それに、自由に好きなことをして自堕落に生活する、とお嬢様はセレスティスに来てから常々言われておりますが、早朝起床して剣と弓の稽古をして入浴、朝食後はセディールの稽古、その後学院に行き講義を受け図書館に日参、帰りは護衛騎士2人と街中を散策し珍しいものをみつけては新しい商品や料理を開発、帰宅してから講義の課題をこなし夕食、入浴後は就寝まで読書、毎日実に規則正しく禁欲的な生活を送っておられるのですが、お嬢様は毎日好きなことだけできて幸せ!自堕落に本を読める生活最高!とかおっしゃるのです。


お嬢様のおっしゃる自堕落というのは、世間一般にはとてもストイックな生活だと私などは思うのですが、どうなのでしょうね?


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