第十七話 夜の人里
紅魔館を出てチルノと別れた時にはもう空には星と月が浮かんでおり、自分が人里を歩いているときには十六夜の月が夜道を照らしていた。昼と違って静かな場所だ。
(しかし、静かすぎるのも逆に怖いけどな・・・・・・・)
こんな静かな時は、何かが起こる前兆でもあることが多い。何も起こらないことを祈りながら、夜道を歩き続ける。しかし、それは無駄なことだった。目の前に黒い影がある。
「ん・・・・・・?」
足を止める。それは一匹の黒い犬。人でないにしろ生物に出会った。安堵しかかったが、すぐに不安の暗幕が心を覆う。
「・・・・・・」
奇妙な犬だった。吠えることもなく、走ることもなく、じっと自分話見ている。三十メートルぐらいの距離。
(でかいな・・・・・・)
中型犬、いや大型犬の範疇か。別にそれが珍しいってわけじゃない。ただ、鎖につながれてないだけなのに、物凄く異質だ。犬から離れる。走ると襲い掛かってきそうな気がしたからだ。出来るだけ、湯っきりと歩いたつもりだったが、いつの間にか小走りになっていた。しばらく移動して振り返って、ぎょっとする。二十メートルほど後ろを、犬がつけていた。
「おいおい、まじかよ・・・・・・」
しばらくたって再度、後方を確認する。犬は十メートルほどの距離にいた。。うなじあたりがかすかにしびれてくる。感情の宿らない目で自分を見つめる犬。
(犬って、あんなに無表情だったか・・・・・・?)
目に感情が宿っていない。
(仮に敵意があるのなら、吠えるなりうなるなりするはずだ・・・・・・それなのに、無言でついてくるなんて・・・・・・)
なんだか気味が悪くなったってきた。
(・・・・・・撒こう・・・・・・)
角を曲がった瞬間、ダッシュをする。本気で走った。すぐ次の角に飛び込む。スピードを一切落とさず、さらに次の分岐路に。そうやってどんどん角を曲がり
姿をくらます。
(・・・・・・これでどうだ・・・・・・⁉)
黒犬は、行き一つ乱さず、自分の五メートル背後に立ち止まっていた。
「なっ・・・・・・!!?」
四足の肉食獣なら、ひとっ飛びで襲い掛かれる距離だ。
(・・・・・・なんでついてくるんだよ・・・・・・)
襲い掛かられたら、どうなるだろう。取っ組み合いになって、跳ねのけられるのだろうか。見るからに犬の体重は五十~六十キロぐらいはありそうだ。同じ重さなら、人より獣の方が遥かに強いはずだ。
(今の自分じゃ勝てないだろうな・・・・・・しかしにげると言っても・・・・・・)
どう考えても人間より足が速い。
(どうしたものか・・・・・・)
その瞬間、大人しかった黒犬が、襲い掛かってきた。
「なっ!!?」
あまりにも急だったため、避けられずに押し倒される。抵抗したものの、それは全く無意味なことだった。ボタッ……。黒犬の顎から、涎ような粘液が顔に滴り落ちてくる。
(じぶんは・・・・・・死ぬのか・・・・・・?こんなわけの判らない状況のまま・・・・・・こんな訳の分からない生き物に食われて・・・・・・このまま・・・・・・)
黒犬はいよいよこちらを噛み砕こうと悠然と顎を開いた。
(殺られるーー)




