06話 Fクラスと級友達
クラス分けの紙の前から移動したレオンは、前向きに考えることにした。
そう、特別なのが悪いかと言えば、そんなことはない。
そもそも騎士という特別を経て、最強という特別も特別な場所へと至ろうというのである。
特別扱いはむしろ望むところといったところだろう。
まあ問題があるとすれば、特別は特別でも、厄介者扱いされているだけのような気がするところであるが。
「……ま、とはいえまだそうだと決まったわけじゃないしね。あとの二人次第ではまだ……いやでも僕の想像通りだと駄目っぽそうなんだよなぁ……」
実はFクラスの場所に名前が書かれていたのはレオンだけではなく、他にも二人いたのである。
基本的には使われないとは何だったのかという話だが、だからこそ余計に厄介事の匂いしかしない。
「まあとりあえずは、教室に行ってみてから、かな?」
この学院では、Aクラスに限らず、全てのクラスでクラスに応じた教育が行われるようになっている。
そのため、それぞれのクラスには専用の教室が割り振られているのだ。
ちなみに先ほどのクラス分けの紙にはそれぞれの教室への行き方も書かれており、必然的にレオンは全ての教室がどこにあるのかを把握していた。
どうやら基本的に教室は校舎の二階にあり、奥から順にAからEまでが並んでいるようだ。
校舎が五階まであることを考えると、学年が上がる毎に上の階へと移動していく、ということになるのかもしれない。
さすがにそこまでは書いていなかったが。
尚、基本的には使われないためか、Fクラスの教室は同じ階には用意されていなかった。
それを考えれば確かに特別ということなのかもしれないが、場所のことを考えるとやはり厄介物扱いされているだけな気がしてならない。
Fクラスの教室があるのは、最上階である五階だったからだ。
「他と完全に隔離されてるってことだしねえ……」
これがただの考えすぎだというのならば、ただの馬鹿話になるだけなのだが……さてどうなるやらと呟いたのと、そこに辿り着いたのは同時であった。
五階の奥、即ちFクラスの教室である。
そこで反射的に目を細めたのは、中から二人分の気配がしたからだ。
どうやら既に来ていたらしい。
緊張、というよりは警戒しながら扉へと手をかけ、そのまま開いた。
瞬間、へぇ、という言葉が漏れたのは、どことなく見覚えのあるような光景だったからだ。
机と椅子が等間隔に並んでいるそれは、自然と前世の記憶が刺激される。
校舎を眺めた時も、廊下を歩いていた時も思ったが、どうやら学院の構造というのは前世の高校とかに近しいらしい。
他の教室もそうなのかは分からないが、大きさは二十人どころか四十人は優に入れるだろうほどに大きく、前方には教壇がある。
そして最前列の席には、二つの人影があった。
向こうも人がやってきたことには気付いていたのか、驚くことなく振り返っており――
「うーん……これはやっぱり厄介者扱い確定かなぁ……」
その姿を眺めながら、レオンは思わず溜息を吐き出す。
と。
「ちょっと……随分な言葉が聞こえた気がするのだけれど?」
聞かせるつもりはなかったのだが、どうやら独り言が聞こえてしまったらしい。
レオンが呟いた直後、教室の真ん中、相対位置的には右側に座っている少女がそんな言葉を返してきたのだ。
肩口まで伸びた水色の髪に、若干強気に見える吊り上がり気味の琥珀色の瞳。
その身に纏っている真新しい騎士科の制服までを眺め、レオンは肩をすくめる。
見方によっては失礼ではあろうが、無論初対面の相手にそんな態度を取りはしない。
つまりは、この程度のことは許されると判断出来る程度には知り合いであった。
「いや、だってそうでしょ? ただでさえFクラスなんてところに所属するってことになってるのに……その上公爵家の令嬢達までいるなんて、ね」
彼女達のいる場所へと向かいながら、そう言って溜息を吐き出す。
リーゼロッテ・エッシェンバッハ。
エッシェンバッハ公爵家の、上から二番目のご令嬢である。
普通に考えれば特別扱いを受けるに相応しい身分ではあるが、それこそ普通ならばもっと真っ当に特別扱いがされるはずだろう。
この学院でのAクラスとは、まさにその特別扱いに該当する。
むしろ公爵家の人間ならば、Aクラスに所属しているのが普通とすら言えた。
というか、実際に一人、Aクラスに公爵家の人物の名があったのをレオンは確認している。
それが普通で、ならばリーゼロッテ達がFクラスにいることになったのはどういうことなのか、ということだ。
厄介事の匂いしかしまい。
「まあ、確かにその通りですわね」
と、同意を示したのは、リーゼロッテの左隣の席に座っている少女であった。
左右で結われている特徴的な金色の巻き毛に、少し垂れ目がちな碧色の瞳。
こちらも真新しい騎士科の制服を着ており、どことなく記憶が刺激される姿ではあるが、さすがにと言うべきかレオンの知り合いではない。
だが、知らないわけでもなかった。
クラス分けの一覧の紙で名前は確認済みだが、それ以前から名前だけならば知っていたのである。
「ところで、先ほどの言い方からしますと、わたくしのこともご存知のようですわね? 確か面識はなかったはずですけれど……」
「確かに面識はないけど、一応名前ぐらいはね。というか、たとえ知らなかったとしても家名を見た時点で分かっただろうし」
エミーリア・フィーリッツ。
フィーリッツ公爵家のご令嬢であり、先ほど公爵家の令嬢達と言ったのは彼女もリーゼロッテと同じ立場だからである。
ついでに言えば、同意を示したのもその立場ゆえにレオンの言っていることの意味が理解出来たからだろう。
「ま、確かにあたしもそのことを否定するつもりはないけれど……それにしても、随分と久しぶりに会うっていうのに、相変わらずみたいね」
「そうかな? まあ自分でも変わったって気はしないけど……」
と、そこまで口にしてから、ふと気付いた。
何となく普通に会話してしまっていたが、彼女達は公爵令嬢なのだ。
「あ、そういえば、普通に話してちゃってたけど、僕は二人に敬語とか使った方がいいのかな? 二人は貴族で、僕は……まあ少なくとも貴族ではないわけだしね」
「別にいいわよ今のままで。今更だし……それに、少なくともここでは、あたし達は対等でしょ」
「ですわね。何事にもそれに相応しい場というものがありますわ。そしてここは学院で、貴方はわたくしと共に学ぶ級友ですもの。敬われたりするのが逆に不自然ですわ。それに正直なところ、わたくしはあまり貴方と初対面という気がしないのですわよね」
「うん? どういうこと?」
「貴方のことはリーゼロッテさんから幾度もお聞きしたことがあるからですわ」
「なるほど……それでか」
レオンとリーゼロッテが知り合いであることに驚いている様子がなかったし、その後の会話も特に気にしている様子がなかったので、そういう性格なのかと思っていたら、単に知っていたから、ということらしい。
ただ、それはそれで疑問はあった。
知り合いとは言っても、レオンが実際にリーゼロッテと会ったのは数回だけである。
元々家同士の繋がりがあったからで、大して話題になるようなことはなかったはずだ。
それに、貴族の子供というのは七歳になって初めて周知されるもので、それ以前は存在すら知られていないことが多い。
レオンのようなことがあるからで、レオンがエミーリアの名前を知っていたのも、彼女の誕生日がレオンよりも一月ほど早かったからだ。
レオンが貴族でなくなる前に貴族としてのお披露目パーティーをしていたために、名前だけは聞いたことがあったのである。
対してリーゼロッテはレオンよりも数ヶ月誕生日が遅かったはずなので、エミーリアと知り合ったのはレオンが実家を追放された後のはずだ。
この二人が知り合いだというのは、共に公爵令嬢だということを考えれば自然でもあるが……果たしてどういったことが理由でレオンのことが話題になるようなことになったのか。
しかし気にはなるが、その辺はプライベートな話題でもあろう。
尋ねることはなく、ただ頷いた。
「とりあえず、了解。なら、普通にさせてもらうとするよ」
と、その時のことであった。
不意に大きな鐘の音が響いたのである。
しかしその音に驚くことがなかったのは、ある意味で聞き慣れているからだ。
この世界には個人所有の時計はないものの、時間という概念と時計自体は存在している。
街の中央に大きな時計塔として存在しているのが一般的で、二時間に一度、時間の数だけ鳴らされることで街中に時間を知らせるのだ。
だが今の音はその鐘ではないようであった。
一度しか鳴らなかったし、街中に響くほど大きな音でもなかったからである。
そもそも三十分ほど前に鳴ったばかりだ。
聞こえた方角からしても学院の敷地から響いていたようであったし、おそらくは学院が区切りのために鳴らしているものなのだろう。
要するに、授業開始の合図というわけである。
「っと、そろそろ僕も座っといた方がよさそうだね」
呟きながらその場を眺め、一瞬迷った。
リーゼロッテの右隣に座るか後ろに座るか、どうしようかと思ったのである。
「んー……ま、無難に右かな。真面目に授業を受けてるリーゼロッテの姿を後ろから見ながら、ってのもありではあったけど」
「は、はあ……!? 唐突に何言い出してるのよ!?」
「いや、ただの冗談だって。後ろに座ろうか迷ったのは事実だけど」
そう言ってリーゼロッテの右隣に座ると、何故だかリーゼロッテからジト目を向けられた。
「うん? どうかした?」
「どうかした、じゃないわよ……はぁ、まったく。あんたって本当に相変わらずよね」
「そうかな? さっきも言ったように確かに僕自身も変わっていないと思ってはいるけど……そんな昔と変わってない?」
前世の記憶もあるため、確かに八年程度ではそれほど変わっていないだろうという自覚はある。
だが正直なところ、リーゼロッテにどんな風に接していたのかはよく覚えていないのだ。
「全然変わってないわよ。歳の割に落ち着き払ってて、どこかひょうひょうともしてて。……ああ、でも、いつもどことなく遠くを見てたような、あの雰囲気はなくなったかしらね。違いがあるとすれば、それぐらいかしら」
「……へー」
そんな風に見られていたのかというか、今もそんな風に見られているのか、と思いながら感心したような呟きを漏らすと、直後にリーゼロッテは何かに気付いたようにはっとした。
「べ、別にあんたを観察してたとかじゃないわよ? ただ、あたしはそう感じたってだけで……」
「リーゼロッテさん……以前から怪しいと思ってはいましたけれど……そういうことだったのですわね」
「何を考えてるのかは知らないけど、多分想像してるようなことじゃない、とは言っておくわ」
「いえいえ、もちろん分かっておりますわ。貴女の立場も、彼の立場も。応援することは出来ませんけれど……せめて少しでも貴女達に幸いが訪れますよう祈っておりますわ」
「だから人の話を聞きなさいよ。あんたって割とそういうとこあるわよね」
と、そんな会話を交わしていた時のことであった。
教室の扉が開くと、一人の人物が入ってきたのだ。
パッと見た感じ二十代後半といったところだろうか。
浅黒い肌を持ち、燃えるような赤い髪と同色の瞳を持つ女性であった。
その背に背負っているのは、大剣か。
身の丈を超えるほどのものであり、歩き方を含め、その全ては荒々しいといった言葉で表現するのがピッタリだ。
そしてそんな女性は教室の前方にある教壇の上に立つと、レオン達の姿を見渡しながら口の端を吊り上げた。
「よし、揃ってんな、問題児だらけなひよっこ共。オレが主にこのクラスを担当するザーラだ。ま、よろしくな」
女性――ザーラは、印象そのままの自己紹介を手短に行うと、その目を細めた。
口元の笑みも含め、その姿はどこまでも楽しげだ。
「しっかしまあ、それにしてもよくこんだけのやつらが集まったもんだな。魔力なしの公爵令嬢に、防御魔法しか使えない公爵家の次期当主。しまいにはレベル0のくせに魔獣倒せたよく分からん男、か。一人だけでも出来れば関わり合いになりたくないようなやつが一度に三人とか、上の連中なんて頭抱えてたぜ?」
だがそうして言葉を続けながらも、女性の瞳の奥には冷静そのものの光があった。
まるで挑発じみた言葉を口にすることでこちらの様子を伺っているような……いや、実際その通りなのだろう。
それが分かったからレオンは何も言わず、ただジッとザーラのことを見つめる。
リーゼロッテ達もそれは同様なようで、そのまましばらく見つめ続けていると、ザーラは口元の笑みをさらに深めた。
「はっ、そうだ、よく分かってんじゃねえか。お前らは騎士になるためにここに来たんだ。誰に何と言われようと、関係はねえ。そのことを理解してなかったらまずは身体に教え込んでやろうかと思ってたが……ま、理解してねえやつは最初からここには来ねえか」
そう言うとザーラは、今度こそその赤い瞳の中に楽しげな光を宿した。
そして。
「さて……んじゃ、行くか」
「行く……とは、何処へですの?」
「基本的に授業はここで行われる、って話だった、わよね……?」
「というか、確かそもそも初日は自己紹介と連絡事項を伝えるぐらいで終わりだったはずじゃ……?」
「おいおい、ここはFクラスだぜ? 普通のことなんてやってどうすんだよ。そもそも、騎士を目指してるっつーんなら、自己紹介の仕方なんて一つしかねえだろ? 勿論、オレも含めて、な」
レオン達の顔をもう一度しっかり見渡しながら、ザーラは肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべてみせたのであった。
明日は普通に朝に投稿する予定です(また長くなってしまったので分割して投稿するの意)。