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04話 公爵家当主の入学試験見学 中編

 ユーリアが反射的に視線を向けると、視界に映ったのは観客席の間を走り抜け、目の前へと飛び込むようにして現れた少女の姿であった。


 それを眺めながら目を細めると、溜息を吐き出す。

 見知った人物であり、だからこそであった。


「ハイデマリーさん……ですから、お姉様と呼ぶのはやめてくださいと」


「そんなことを言われても、お姉様はお姉様じゃねえですか。他にどう呼べってんです?」


「普通に呼んでください、普通に。そもそも――ハイデマリーさんの方が年上ではないですか」


 ハイデマリー・アルムホルト。


 アルムホルト伯爵家の長女である彼女とは、一応七年ほどの付き合いである。

 ユーリアが七歳の誕生日を迎え、その際に出会って以来の関係なのだが、何故かその時からハイデマリーはユーリアのことをお姉様と呼ぶのだ。

 ハイデマリーはその時点で既に九歳であり、見た目の時点で明らかにハイデマリーの方が年上だろうと分かっただろうにもかかわらず、であった。


 無論呼ばれた直後に訂正したのだが、ハイデマリーは頑なにお姉様呼びを止めることはなく、それが今まで続いてしまっているのだ。

 何度訂正してもしつこくお姉様と呼んでくるため、最近では諦め気味ではあるが……ともあれ。


「まあ確かに、お姉様の方が年下ではあるですが、身分的には遥かに上じゃねえですか」


「確かに、公爵家と伯爵家ということを考えれば私の方が身分的には上ですけれど、そこまで言うほどではないと思いますけれど?」


「んなわけねえじゃねえですか。確かにただの公爵家の令嬢と伯爵家の令嬢ならそう言えるかもしれねえですが……お姉様は既に当主を継いでるじゃねえですか」


 その言葉に一瞬息が詰まったのは、未だにそのことに慣れないからだろう。

 確かに事実であり、既に一年が経過してもいるが、それでも中々慣れるものではないのだ。


 目指していたものではあるが……あるいは、目指していたからこそ、予想外のタイミングで手元に転がってきてしまい戸惑いが抜けないのかもしれない。

 八年前のあの日と、同じように。


 それに……いまいち受け止めきれていない理由は、もう一つある。


「……とはいえ、厳密には未だ私は当主ではありません。公的にはそういうことになっていますし、爵位の継承を認められもしましたけれど、私はまだ学院を出ていなければ、そもそも成人になってすらいないのですから」


 この国では、爵位を持つ家の当主となるのに幾つか条件がある。

 レベルもその一つだが、その中に学院を卒業すること、というものもあるのだ。


 ただ、レベルはともかくとして、学院の卒業に関してはほぼ有名無実化している。

 というか、普通は学院卒業前に当主の座を継ぐことは出来ないからだ。


 レベルというのは、才能限界が高くとも大体十五あたりから極端に上がりづらくなる。

 それ以上に上げるためには魔獣を倒す必要があるのが基本で、魔獣を倒すことが出来るほどの知識と実力と兼ね備えるのは騎士となってから……学院を卒業してからなのだ。

 それ以前に爵位を継げるほどにまでレベルが上がるということは、想定されていないのである。


 まあだからこそ、ユーリアは公的には既に公爵家の当主という扱いになっているのではあるが。

 他の条件は既にクリアしているからだ。


「そうは言っても、お姉様は既に魔獣を倒してるわけですし、放っておいても学院なんて卒業できるじゃねえですか。まあだからこそ今年入学できることにもなったわけですが」


 そう、ユーリアは既に魔獣を倒しているのだ。

 しかも、単身で。

 そもそもユーリアが公爵家の当主を継ぐに相応しいと判断されたのも、それが理由だ。


 そしてユーリアが入学試験を見学しているのも、来年のための下見などではなく、既に今年入学することが決まっているからである。

 魔獣を倒せるのであれば、来年まで待つ必要も試験を受ける必要もないと判断されたのだ。


 まあ、そんな判断になったのも、前例が出来ていたからではあるのだろうが。


「……確かに今年入学出来ることにはなれましたけれど、卒業出来ると決まったわけではないと思います。あくまでも一度倒すことが出来ただけですし」


「謙虚なのはいいことですが、そこまでいくと嫌味になると思うですよ? 今年入学するやつらの中で魔獣に対抗出来るのは何人かはいるとは思うですが、どんだけ運が味方しやがったところで倒せるやつなんているわけねえですし。つーか、去年入学したやつらの中にも、んなことが可能なやつなんて一人だけですしね。これは謙虚で言ってるとかじゃなくて、ただの事実です。……まあ、ワタシが言ってることが信じられねえってんなら仕方ねえですが」


「い、いえ……そんなことありませんけれど……」


 去年のハイデマリーが取った成績のことは知っている。

 知り合いだからではなく、自然と聞こえてきたのだ。


 騎士になろうとする者達が集まるということは、当然優秀な者達ばかりだということで、その中で次席を取ったのだから当然ではある。

 しかも去年の次席ということは、実質的な主席だということだ。


 そんなハイデマリーが言うのであれば、その言葉は正しいのだろう。


「そうですか……王立学院といえども、そうなのですね」


「ま、所詮は学生ですからね。騎士見習いですらねえんですから、むしろそれが当然です。お姉様達はあくまでも例外なんですよ」


「っと……そんなことを話していたら、合格したみたいですね」


 眼下では先ほどの少女が健在だというのに、魔獣が拘束されていた。


 元々試験の合格条件は、試験時間いっぱいまで無事でいることなのだ。

 だから魔獣にどう対抗するのかが見られるということで、彼女は無事その条件を果たしたということである。


 ちょっとハイデマリーとの会話に集中してしまい内容は見ることが出来なかったが……合格出来たというのであれば、見れなかったのは少し惜しかったかもしれない。

 と、そんなことを思っていると、ハイデマリーが意外な言葉を口にした。


「まあ、あいつなら合格して当然でしょうからね」


「え? お知り合いだったのですか?」


「知り合いっていうか、名前と顔を知ってるってだけですがね。つーかお姉様も知ってると思うですよ? 公爵家のやつですしね」


「公爵家の……なるほど、道理で見たような気がしたわけですね」


「まあ偉そうに言いつつも、ワタシも受付してたから分かったことではあるんですが」


「ああ……なるほど。どうしてここにいるのかと思っていましたけれど、手伝っていたのですね」


「暇だったですし、どんなやつらが来るのかってのはちと興味あったですからね。お姉様が来るっての知ってたですから、どっちかっつーとついでだったんですが。……まあ、正直後悔してたですが、こうしてお姉様に無事会えたんで全部吹っ飛びやがったです」


「後悔、ですか……?」


 何かあったのだろうか、と思ったものの、その内容を尋ねることは出来なかった。

 いや、必要がなくなったというべきだろうか。


 眼下では次の受験者が現れ……その姿を横目に見たハイデマリーが、露骨に舌打ちをしたからだ。


「言ってるそばから出てきやがったですね……クソ虫野郎が」


 忌々しそうに呟かれた言葉にユーリアは眉をひそめると、自らも眼下へと視線を向ける。


 だが現れた人物は、何故か全身をローブで覆い、フードを目深に被っていた。

 ここからどころか、あの様子では正面から見たところで顔すらよく分かるまい。

 性別も分からず……いや、分からないはずであり、しかしそこで目を細めたのは、どうやら男性のようだからであった。

 それが分かったのは、ハイデマリーの言動が理由である。


 ハイデマリーの口調は荒く雑であるが、それでも暴言を口にすることはあまりない。

 ただ、それも同姓を相手にしているならば、の話であって、異性……即ち男性相手となると、途端に暴言を口にするようになるのだ。


 たとえば、相手のことをクソ虫野郎と呼んだり、である。


「ったく……この学院に来てえんなら大人しく従士(・・)にでもなろうとしてればいいものを、自殺しにくるなんて迷惑な野郎です。……まあ、少しでも近付きてえって気持ちは分からなくもねえですが」


 聞こえた言葉に、どうやら間違いなさそうだと確信を得るが、だからこそ分からなかった。

 何故あの人が騎士になるための試験を受けようとしているのかが、だ。


 騎士には女性しかなれないというのに。


 これは厳密にはそうだと決まっているわけではないし、学院の試験の受けるのに性別による制限もない。

 だがそれでも、騎士には女性しかなれないのだ。


 魔獣は女性にしか倒せないからである。


 だからこの世界において戦うことは女性の役目なのだ。

 最大の脅威である魔獣を倒すのは女性以外に出来ない以上、そうなるのも道理というものだろう。


 ゆえにハイデマリーの言葉は正しい。

 こんなものは自殺以外の何物でもない……そもそもの話、何の意味もないからだ。


 無論制限時間いっぱいまで逃げ回っていれば無事なままで試験は終わるが、それで合格となることはあるまい。

 確かにこの試験を合格するだけならばそれでも可能だが、それは最終的には魔獣を倒せるようになる可能性があるからだ。

 その可能性が存在しない男性に、試験が合格となる可能性は万に一つもない。


 あるいは、この試験で魔獣を倒せるようなことがあれば話は別だが……それも有り得ないことだ。

 魔獣は男性からのあらゆる攻撃を弾き、無効化してしまうからである。

 だから、魔獣は女性にしか倒すことは出来ないのだ。


 一瞬止めた方がいいのではないだろうかと思い、すぐに思い直す。

 男性では魔獣を倒せないというのは常識だ。

 ということは、それを承知の上で挑んでいるのだろう。


 何を考えているのかは分からないが……何かを考えた末のことであることは間違いあるまい。

 ならばそれを勝手に止めてしまうのは、間違いだ。


 ――だがそんな思考でいられたのも、相手となる魔獣が出てくるまでであった。


 それは一見すると巨大なライオンのような魔獣に見えた。

 しかしそうでないと断言出来るのは、その尻尾が蛇そのものだったからである。

 さらにおそらくは、胴体も別の何かだろう。


 全長は十メートルほどで、全高でも五メートルはある。

 魔獣はどれも基本的には大きいが、中でも相当だ。


 そしてそんな魔獣の名前を、ユーリアは知っていた。

 無意識の内に、その名を零す。


「……キマイラ」

すいません、切ってもまだ長かったのでもう一度切ります。

続きは夕方頃に更新予定です。

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