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エピローグ レベル0のリミットブレイカー

 それからのことを少し話そう。

 とはいえ、それほど大きな変化はないのだが。


 魔王を倒したとは言っても、所詮は一部だ。

 自慢出来るようなことではなく、また楽観出来るようなことでもない。


 出来るだけそうは見えないようにしていたものの、レオンがあの魔王のことを強いと思っていたのも、恐怖を抱いていたのも事実なのだ。

 余裕そうに見せていただけで、実際には余裕など欠片もなかった。

 魔王がもう少し強ければ、殺されていたのはレオンだっただろう。


 そしてイリス曰く、あの魔王は本来の力の百分の一程度の実力しか発揮出来ていなかったらしい。

 封印されていた一部というのがそれぐらいで、公爵家が封じておける限界がその程度であるようだ。


 つまりは、レオンはまだまだ目指す先には辿り着けていないのである。

 多少の手応えは掴めたものの、先は長い。

 驕ることなど出来るわけがなかった。


 ともあれそういったわけで、レオンの日常は以前までと変わりない。

 最強を目指し精進する日々だ。


 ただ、周囲に関して言えば、以前までと同じというわけにはいかなかった。

 というか、大騒ぎであったと言えるだろう。


 倒すことが出来たとはいえ、そして一部であろうとも魔王が復活したのだ。

 しかも、王都のど真ん中で、よりにもよって一年に一度の祭りの真っ最中に。

 幸いにも気取られることはなかったが、ならば何の問題もない、というわけにはいくまい。


 あの日に起こったことは、聖剣の乙女としてイリスがしっかり国に報告し、その結果様々な人があの件に関わっていたことが判明したのである。


 特に混乱が大きかったのは、学院だ。

 何と講師の半分近くが何らかの形で関わっていたのだという。


 しかも学院にいる講師だけではなく、騎士団で働いている騎士達の一部にもいたらしい。

 本来魔王を倒すことを目的とすべき者達が、逆に魔王を復活させようとしていたのだ。

 しばらくの間は本当に国中が大騒ぎであった。


 そんなことをした理由はそれぞれらしいが、基本的には現状への不満が原因だと聞いている。

 魔王を復活させ、それを倒すことで自らの力を示そうとしていた者。

 力が全てという思想に傾倒しすぎてならば最も強い魔王こそが人の上に立つべきだと考えた者。


 目指していた先はバラバラで、だがある意味では共通している。

 今が気に入らないから、何とかして壊そうとしたのだ。

 傍迷惑でしかなく、そのことをイリスが気に病んでいると知った時は殴り飛ばしてやろうかと思ったほどである。


 イリス曰く、それも全ては自分が魔王を倒すことが出来ないでいるせいだ、と。

 それを見当違いの責任感だということは出来ない。

 確かに一理はあることで……だからこそレオンは、イリスからその責任を奪い去りたかったのだから。


 こうなる前に奪い去ることが出来ず、本当に自分で自分が情けない。

 まあ……これからはようやく、ほんの少しだけでも肩代わりできるのかもしれないが。


 ちなみに、ブリュンヒルデを始めとした者達もしっかり目覚めている。

 というか、彼女達が目覚めなかったのもその学院の協力者達のせいなのだという。

 その者達が常に魔法をかけ眠らせ続けていたのだ。

 ついでに言えば目覚めない原因は不明だという報告をしていた者もグルで、それは目覚めないのも当然であった。


 そこまでのことが出来るのに口封じをしなかったのは、逆にそこまでのことが出来たからだとか。

 目覚める心配がないのだから、殺してしまって余計な疑惑を植えつけるべきではないと判断したようだ。


 まあ単純に人を殺すほどの覚悟がなかっただけなのかもしれないが、ともあれ今では彼女達も無事復帰している。

 ブリュンヒルデ以外は取り調べという名の檻の向こう側ではあるが。


 尚、ブリュンヒルデはそもそもその者達に協力していたわけではなく、そのフリをしてリーゼロッテを助けようとしていただけらしいので、簡単な事情聴取を求められただけで済んだという。

 もっとも、それだけで済んだのは『彼女』の口ぞえも大きかったようだが。


 『彼女』――ハイデマリーは、魔王が倒されたのを知った直後、憑き物でも落ちたかのようにすっきりした顔をすると全てを話し出した。

 共犯者達が次々と炙り出されたのも、主犯の一人でもあったらしい彼女の証言によるものである。


 ハイデマリーは驚くほどに協力的で、その情報の全てが正しかったことから、司法取引としてほぼ無罪のような形にすることも出来たらしいが、本人が拒絶したとか。

 自分がやったことの大きさは理解しているので、しっかりとちゃんとした形で償いたいとは、面会に行ったらしいイリスが言われたという言葉である。


 もっとも、ハイデマリー自身は死刑を望んでいる節があるらしいが、ハイデマリーが協力したことによって得られたものは十分償いと見るに十分なものであったらしい。

 というか、そこまで協力してくれたハイデマリーを死刑にしてしまうと、幾ら魔王復活の実行犯だとはいえ、他の協力者達も相当な数を死刑にしなければならなくなってしまう。

 それはそれで不穏分子がいなくなっていいのだが、そうなると今度は魔獣の問題が出てくる。


 協力者の多くは、騎士なのだ。

 それを片っ端から殺してしまえば、魔獣と戦える者がいなくなってしまう。

 なので大半の者達は監視付きではあるも、次世代の者達が育ちきるまでは何とか前線で戦わせさせ、その結果として減刑ということになるだろう、とのことだ。


 まあ、今まで以上に戦うことだけの生活となるので、楽とは限らないらしいが。

 ハイデマリーもそこに含まれるらしいので……少なくとも死刑ということにはならないらしい。


 そう言ってイリスは、何とも言えない複雑そうな顔をしながら、それでも安堵していた。


 あと、そういえば、実はハーヴェイ家も結構な騒ぎになった……らしい。

 ユーリアから聞いた話ではあるが、ハイデマリーが使った魔王の封印というのは、どうやらハーヴェイ家のものだったらしいのである。

 以前の騒ぎの時にこっそり交換されていたのだとか。


 外見はほぼ同じで、さらには瘴気が混ぜ込んであったため、誤魔化されてしまったらしいが……ぶっちゃけ大失態である。

 そこで気付けていれば、今回のことはなかったのだから。


 とはいえ、結果的にはそのおかげで今回の結末があるとも言えるし、何よりも本物に戻したところで封印されていたものは既に存在していない。

 レオンが倒したことで完全に霧散してしまったからで……そういうこともあって、今回はお咎めなしになったとか。


 まあ、本音を言ってしまば、ただでさえ国が混乱しているところに公爵家をどうにかしている余裕はない、ということなのだろう。

 ユーリアは大分重く考えているようで、当主の座を退くことも考えているようだが……その辺はハーヴェイ家の問題である。

 ハーヴェイ家の中で解決することだ。


 尚、ハーヴェイ家と言えば、レオンの元に一通だけ手紙が届けられた。

 何でも今回の件に関してらしく、そこには一言、助かった、とだけ書かれていた。

 まったくあの人らしいと苦笑がこぼれたものだ。


 で、そんなあれこれがあった末に……今ではようやく落ち着いてきたところである。

 学院も変わらず運営を続けられることとなり、先にも述べたようにレオンの生活は相変わらずだ。


 相変わらず、Fクラスで以前までと変わらぬようなことをしており、それは他の皆も変わらない。

 リーゼロッテもエミーリアも、それとユーリアも未だにFクラスのままだ。

 本当はとっくにAクラスに戻れるのだが、先の失態を悔いて残っているらしい。


 座学でまたブリュンヒルデの授業が行われるようになり……ただ、リーゼロッテが目も合わせない、といった状況ではなくなったというのは以前と違うところと言えば違うところか。

 今度は今度で互いにどう接したらいいのか分からないような感じではあるが……まあ、そのうちまた慣れるだろう。

 もちろん今度こそは、良い方向に。


 そんなブリュンヒルデは最近訓練場の方にもちょくちょく現れるようになって、それもまた以前との違いではあるだろうか。

 こちらは相変わらずのザーラと話をしていたりすることもあり、その時の二人の様子は、確かにそれなりに知った関係なのだろうと思えるものであった。


 そして、そんないつも通りの光景を見下ろしながら、レオンは目を細め息を一つ吐き出した。


「……ま、魔王を倒した結果が変わらぬ日常だっていうんなら、悪くない報酬、ってとこかな?」


 少なくとも、自分の力が通用することは確認出来たのだ。

 その上で変わらない生活が出来るのならば、決して悪くはあるまい。


 だが逆に言えば、悪くないでしかないのだ。


 正直に言ってしまえば、もう少し何かが変わるのだと思っていた。

 一部だけとはいえ、魔王を倒せたのだ。

 何かが変わるのではないかと思うのは当然と言えば当然で……しかし、驚くぐらい何も変わらなかった。


 自分も、周囲も。

 悪い意味で変わらなかったのはいいことなのだろうが、あるいはその方がマシだったのかもしれないと、頭の片隅で考えている自分がいる。


 そうであったのなら……と、そんなことを考えていると、近付いてくる気配を感じた。

 誰なのかは、見るまでもない。


「……どうかしたの?」


 それでも視線を向ければ、そこにはやはり首を傾げたイリスがいた。

 そんなイリスへと肩をすくめて返す。


「いや、別にどうってわけでもないんだけどね。ただ……何となく、ってところかな」


「……そう」


 納得したのかしていないのか、だがそう言いながらイリスも隣へと並んだ。

 レオン達がいるのは観覧席であり、いつかのようにレオンはそこから皆の姿を眺めていたのである。


 そうしていたことの理由に、嘘はない。

 本当に、何か理由があったわけでもなく、何となくこうしたかったというだけなのだ。


 相変わらず表情の読みにくいイリスの横顔を眺めながら、今度はレオンが尋ねる。


「イリスこそ、どうしたの? 僕に何か用だったりする?」


 そう聞いてはみたものの、そうではないのだろうと思ってもいた。

 特に心当たりはないし、そもそもこの場である必要はないだろうからだ。

 相変わらず同室なのだから、何か用があってもその時でいいはずである。


 と、思っていたのだが、予想に反してイリスは頷きを返してきた。


「……うん。正確には、聞きたい事?」


「聞きたい事……? ……僕がここで何をしてるのか、ってことじゃないよね?」


「……うん」


 もう一度頷いたイリスが、ジッと見つめてくる。

 一体何だろうかと首を傾げると、予想だにしていなかった言葉がイリスの口から放たれた。


「……まだかな、って」


「え……? 何が……?」


 本当に何のことなのか分からなかったので問い返すも、イリスは真っ直ぐに見つめてきたままだ。

 そのまま、その口が開かれる。

 どことなく、瞳の中に迷いのようなものを浮かべながら。


「……あの日、君は言ったはず。わたしに追いつき、追い抜いてみせる、って。その時にもう一度、改めて答えを貰いに行く、って」


「……よく覚えてるなぁ」


 それはあの日の誓いであり、約束。

 一方的だと思っていたから、正直覚えていてもらえたのは意外であった。


 続けて放たれた言葉も。


「……もう、どうでもよくなった?」


「……イリス?」


 そこで驚きを覚えたのは、イリスがそう尋ねてきたということそのものである。

 どうでもいいと思っていたのならば、尋ねる理由などないはずだ。


 つまりは、どうなのかと気にしてくれるぐらいには気になっているということで……それは好かれているから、などと思えるほど自惚れることは出来なかったけれど、気にされているということだけで、自然と口元は緩んだ。


 そして、不意に気付く。

 ああ……さっきまでの自分は間違えていたのだな、と。


 こんな些細なことで嬉しくなれるのだということを、忘れてしまっていた。

 それはいつも通りな日常の中にしかないもので……だからこそ変わらない日々というのは何よりも大切なのだ。


 それを守れて、こうしてその中で送ることも出来ている。

 ならばそれは、悪くないどころか、きっと――


「……どうかした?」


「……いや、何でもないよ。ただ、そうだね……君のことで大切なことを思い出せた、ってところかな」


「……? よく分からないけど、それならよかった。……ところで、さっきの答えは?」


 どことなく焦っているようにも見えるその姿に、口元の笑みを少しだけ深める。

 願望からそう見えるだけなのかもしれないが……本当にそうならばいいと心から思う。


「もちろん、どうでもよくなってはいないよ? ただ、そうだね……まだだって、そう思うからね」


「……まだ? ……わたしが手も足も出なかった魔王を、君は倒すことが出来たのに?」


「そうは言っても、割とギリギリだったしね。それに手も足も出なかったとは言うけど、君も本気で戦えたってわけじゃないでしょ?」


 これは慰めや誤魔化しの言葉ではない。


 イリスは感情が薄く見えるものの、実際のところはそんなことはない普通の少女だ。

 友人だと思っていた人物に裏切られて、平静でいられるわけがないのである。

 あの状況はそのせいだったのだろうと、少なくともレオンは本気でそう思ってる。


「それにまあ、正直君がやろうとしてることを……魔王を完全に倒すことを肩代わり出来る自信はまだないからね。その自信が出来たら……いや、実際に魔王を完全に倒すことが出来たら、その時こそ、改めてあの日と同じ言葉を口にするよ」


 そう言って、真剣な目でイリスを見つめ……その首が、こてりと倒れる。


「……じゃあ、君がそれをするのは、きっと無理」


「……それはつまり、僕では魔王を倒すのは無理だ、と?」


 未だにそう思われてしまっているのかと割と本気でショックを受けていると、イリスの首が横に振られた。


「……ううん。魔王を完全に倒すのは、わたしだから」


 はっきりそう告げてきた姿に、レオンは再び口元に笑みが浮かんでくるのを感じていた。


 そうだ、この少女はこういう少女なのであった。

 守られるだけのお姫様ではなくて、かといって義務感で戦っているのでもなくて。

 そうあれかしと自らもそう望んでいるから、彼女は聖剣の乙女なのだ。


 でも、だからこそだとも思う。

 そうでなくては、とも。


「そっか……なら、競争かな。まあ僕が勝って君に再び告白してみせるけど」


「……違う。わたしが勝つ」


「でもそうなっちゃうと、下手するとイリス一生結婚出来ないかもしれないよ?」


 イリスが付き合う条件は、イリスよりも強い相手だ。

 魔王を倒せてしまったら、もう達成するのはほぼ不可能となってしまうだろう。


 まあ魔王を倒せたら、そんな条件はもう必要ない気もするが――


「……大丈夫」


「それは……結婚出来なくても、ってこと?」


「……違う。その時には、きっと……男を磨いて、わたしより弱くても結婚したいと思える誰かが、いると思うから」


「……っ」


 その言葉に、思わず息を呑んだ。

 気のせいでなければ、それもまたあの時レオンが口にした言葉で……だが、確認するのは無粋というものだろう。


 何よりも、約束を果たせたその時、聞けばいいだけの話だ。


「……そっか。なら安心だね。ま、魔王は僕が倒すからそもそも心配は無用だけど」


「……だから、無理」


 一見言い合いをしているように見えて、レオン達の顔には笑みが浮かんでいた。

 レオンの見間違いでなければ、イリスの顔にも。


 その姿を眺めながら、思う。

 魔王を倒せたことで、逆に焦ってしまっていたのかもしれない、と。

 目指すべき先の遠さというものを実感出来てしまったことで、何も変わっていないことが進めていないようにも思えてしまっていたのかもしれない。


 だが、焦る必要などはなかったのだ。

 これまでと変わらず……変わらない大切な日々の中で、真っ直ぐ前を歩いていけばいいのである。


 この大切に思える人と共に。


 そんなことを考えながら、レオンはイリスと共に笑みを浮かべあうのであった。

というわけで完結になります。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

正直かなり反省することが多かった今作ですが、ここで語るべきことではないかと思いますので、その反省は黙って次回作に活かしたいと思います。

それでは、あまり長くなってもあれですからこの辺で。

またどこかでお目にかかれることを祈りながら。

失礼致します。

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