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03話 スキルと限界突破 前編

 レオンが元実家を追い出されてから、早いもので十日が過ぎた。


 その間レオンが何をしていたのかと言えば、何もしていない、というのが正確であろう。

 何せずっと馬車で移動していたのだ。

 出来ることなどあるわけがなく、だがそんな日々もようやく終わりだと、目の前の光景に目を細める。


 言葉を飾らずに言うのであれば、寂れた場所であった。

 人口はおそらく五十人にも満たないだろう、小さな村だ。


 レオンの住んでいた街から見て東にあり、一応まだ公爵領ではあるがほぼその端に位置している。

 特色らしい特色など何もない、ただ辺境にあるだけの村で、しかし今のレオンにとって何よりも求めているものが得られる場所であった。


「さて、と……」


 ともあれ、と呟きながらその場を見渡し、一軒の家へと見当を付けると歩き出す。

 さすがにこんな場所にまで直接馬車でやってくることは出来ず、何度も馬車を乗り換えている。

 その道中で情報を集め、この村には一軒だけ宿屋があるということは突き止めていた。


 外見から考えれば間違いないだろうとは思うものの、果たして扉を開ければレオンの予測は当たっていたようだ。

 扉を開け放った先にあったのは、三つのテーブルとそれぞれに五つの椅子、それとカウンターの向こう側には、いかつい四十代ぐらいであろう男がいたのである。


 顔を向けてきた男と目が合い、その顔が怪訝そうに歪んだ。


「……見ねえ顔だが、客、か?」


 その疑問は、おそらく二重の意味であったのだろう。

 こんな場所にやってくるような人物がいたのかという意味と、こんな子供がという意味と。


 まあ当然の疑問だろうと思いつつも、頷きを返す。


「そのつもりですが……ここは宿屋、でいいんですよね? 出来れば……そうですね、半年ぐらい部屋を借りたいんですが」


「確かに宿屋で合ってるが……半年、だと……? まあ別に部屋は余ってるし、こんな寂れた場所に来るような物好きなんざそうはいねえだろうが……ところで、親は一緒じゃねえのか?」


「いえ、僕一人です」


「……そうか。まあ、金さえ払えるんなら構わねえが……払えんのか?」


 その疑問もまた当然であり、だが問題はなかった。


「ちなみに一泊幾らですか?」


「一応銀貨五枚ってことにしてるが……」


 この世界の貨幣は主に銅貨と銀貨と金貨が使われており、銀貨一枚は前世の感覚で言えば大体千円といったところだ。

 つまり一泊五千円ということで、寂れた村の宿だとはいえかなり良心的な値段といったところだろう。


 尚、この世界は一週間が七日で一月は四週間、一年は十三ヶ月と、それほど前世の世界と変わりがない。

 半年は約百八十日ということで、要するに銀貨千枚あれば足りるということになる。


 そして銀貨千枚とは金貨一枚と等価であるため、レオンはカウンターの前にまで近寄ると、そこに二枚の金貨を載せた。


「……なるほど、問題ねえってことか。だが、どうして二枚なんだ?」


「銀貨五枚ということは、おそらく素泊まりの場合ですよね? 出来れば食事も出していただきたいので、二枚あれば足りるかなと思ったんですが」


「計算がしっかり出来る上にそこまで理解出来て、しかもよくよく見りゃ着てる服もかなりのもんだ。平民じゃ有り得ねえし……貴族か? ああいや、答えは聞いてねえし聞きたくもねえ。まあ、金が払えるってんならどんなやつだろうと客だ。ただ、特別扱いはしねえし、厄介事もご免だぜ?」


「ああ、その辺は大丈夫だと思います。特別扱いは勿論必要ないですし、厄介事もないでしょうから。多分ここで僕が殺されるようなことがあっても、何も起こらないでしょうし」


「……なんか別な厄介事がありそうだが……まあいい」


 そう言ってカウンターの上の金貨が回収されたので、どうやら問題なく泊まれそうである。

 駄目だった場合は最悪野宿しかなかったので一安心だ。


 ちなみに金貨は元実家から持ってきた、というか渡されたものである。

 さすがに無一文で放り出されるようなことはなく、多少の金は渡されていたのだ。


 とはいえその多少とは公爵家基準であり、まだ金貨は倍以上残っている。

 何もせずとも半年どころか二年ぐらいは余裕で暮らしていけるだろう。

 無論そんなつもりはないが。


 そしてわざわざこの村にやってきた目的を果たすべく、レオンは目の前の男に向けて口を開くのであった。


「ところで、一つ聞きたいことがあるんですが。――ゴブリンって、どの辺に現れますか?」






 ――ゴブリン。


 それは最弱の魔物の名であり、ほぼ唯一と言ってもいい、レベル0でも倒すことの出来る魔物だ。


 とはいえあくまでも一対一の場合の話であるし、それでも殺されてしまう危険性はある。

 さらに言えばゴブリンは臆病且つ狡猾な魔物であるため、相手が明らかに強者であったり数的に不利な場合は決して姿を見せることはない。

 つまりは戦うには非常に面倒な相手で、おそらく実際に戦ったことのある者は少ないだろう。


 ではどうやってレベル0からレベルを上げるのかと言えば、大半の者は所謂パワーレベリングを行うのである。

 誰かに師事し様々なことを教わりながら、大体レベル2か3ぐらいまでは誰かの手を借りながら上げていく。

 そしてそこからは、自分の力だけを頼りにレベルを上げていくのだ。


 だが才能限界が0であるレオンにその手は使えないし、そもそも指導してくれる者がいまい。

 大金を積むのであれば別かもしれないが、そんな金はなく、何よりもレオンはそんなつもりはなかった。


 だからこその、ゴブリンなのだ。

 自分が唯一戦える相手であり、わざわざ寂れた村にやってきたのも、周囲にゴブリンが出るという話を知っていたからである。


 そして話に聞いたところ、どうやらゴブリンは村から二、三キロ離れた場所に現れるらしい。

 思ったよりも近いが、村には魔物避けの結界が張ってある上に、村人達はほぼ村の外に出ることがないそうだ。

 そのため特に問題ないとのことである。


 ただ、そこまではスムーズに聞き出すことが出来たのだが、ゴブリンが出るらしい具体的な場所を聞き出すのは少し苦労した。

 まあ、魔物の居場所を聞かれるがままに七歳児に話すようであったらそれはそれで心配ではあるが。


 とはいえ、あの男があそこまで情報を出すのを渋っていたのは、おそらくレオンが七歳の子供だから、ということだけが理由ではあるまい。

 それも一因ではあったろうが、最大の理由となるときっと別だ。


「……『魔獣(・・)を倒すってわけじゃないんだから、男であるお前でもどうにかなるか』、か」


 渋る男に食い下がりながら、相手はゴブリンなのだから細心の注意を払えば何とかなる、と告げた際に男が漏らした言葉であった。

 その時に感じたものと同じ苦さを覚え、それを押し流すようにして溜息を吐き出す。


 ――この世界では、戦うのは女性の役目であった。


 貴族の当主となるのが基本的には女性となるのも、それが理由だ。

 戦うのが女性の役目であるからこそ、力を示すべき貴族の当主が女性となるのである。


 無論男が戦うこともあるが、それは前世の世界に女性兵士もいた、と言っているのと同じようなものだ。

 戦うことは出来るが、向いているのは女性であるからこそ、戦いが女性の役目となっている。


 正直レオンにとっては受け入れられないものであるし、気に入らないものでもあった。


 価値観の相違と言ってしまえばそれまでではある。

 それに、しっかりとした理由が存在しているのは知っているし、それそのものは納得の出来るものだ。


 だがそれはそれとして、気に入らないのだから仕方があるまい。

 別に女性は守られていろとか言うつもりはないし、戦える上に戦う意思があるのならば好きにすればいいとも思う。


 しかしこの世界で、男はただ守られているだけの存在なのだ。

 勿論その他にやることはあるものの、少なくとも戦いにおいて男は守られているものというのがこの世界の常識なのである。


 『彼女』がレオンの言葉を信じていなかったのも、きっとそのせいで……だからレオンは、思うのだ。

 他の誰が何と言おうとも、自分だけは自分が世界最強に至れると信じ、そして実現してみせる、と。


「さて……そのためにも、まずは第一歩、ってね」


 呟きながら、足を止める。


 薄暗い場所であった。

 森とまでは言わないまでも林のようになっている場所で、歩きづらく見通しも悪い。

 仮にゴブリンが出なくとも近寄ることはないようなところだと聞いてはいたが、納得出来る話であった。


「ま、とりあえずは幸先がいいって言うべきかな? ……同じ事思われてそうだけど」


 視線の先には、小さな影があった。

 背丈は自分と同じぐらいで、だが首の上に載っている顔は醜悪以外に言いようはない。


 実際に目にするのは初めてであったが、なるほどこれがと一目で納得出来た。

 ゴブリンだ。


「これで可愛らしい外見をされててもそれはそれで困ってただろうけど――さ!」


 瞬間、レオンは地を蹴っていた。


 前世ではろくに喧嘩もしたことはなく、今生でも護身術をかじった程度ではあるが、とっくに覚悟は完了している。

 自身と大差ない人型の存在へと、躊躇うことなく右の腕を振るった。


 そこに握られているのは、身の丈半分といった大きさの鈍器……というか、木製の棍棒だ。

 ここに来るまでの間に準備しておいたものであり、正直なところまったく格好よさはない。


 だが仕方がないだろう。

 売っている中で自分でも扱え、且つ最も強力そうだったのがこれだったのだから。


 それに格好など気にしている場合ではない。

 ゴブリンは一対一ならば一般人でも倒せると言われているが、あくまでもそれは大人を基準としたものだ。


 子供の自分であればおそらくはよくて五分といったところで、装備やら状況やらが悪ければあっさりとやられてしまうに違いない。

 四の五の言っている場合ではなかった。


 全力をこめて振るった棍棒は、違うことなくゴブリンの身体へと叩き込まれた。

 鈍い音と共に嫌な感触が腕へと伝わり、だが顔をしかめている暇すらない。

 ゴブリンは顔を怒りに歪めるだけで、倒れる気配などなかったからだ。


 しかし、そこで続けて腕を振るうことなく慌てて飛び退いたのは、ゴブリンが腕を振り上げたのを視界の端で捉えていたからである。

 直後にゴブリンの腕が振るわれ、だがそれは届かない。

 眼前で空振った腕を眺めながら、離れた分の距離を再び詰める。

 同時に振り抜いた棍棒がゴブリンの身体に叩きつけられ、鈍い音を立てた。


 いける、と思った。

 続けざまに棍棒を叩き付けながら、通用しているのを実感する。

 どうやらゴブリンよりもレオンの方が素早さは上なようで、ゴブリンの攻撃をかわしながら、確実に棍棒を叩き込むことが出来た。


 このままいければ、問題なくゴブリンを倒せそうで……だが、さすがにそこまで甘くはなかったらしい。

 レオンの攻撃が致命には届かないということを悟ったのか、攻撃を食らいながらも、ゴブリンは腕を振り被ってきたのだ。


 瞬間、かわすのは無理だと判断し、レオンは咄嗟に左手を持ち上げた。

 こういう時に備え、自分でも扱える程度の大きさの盾を用意しておいたのである。


 しっかりと構え――レオンの想定通りに事態が進んでいたのは、そこまでであった。

 直後に、想像以上の衝撃が腕を貫通して襲ってきたのだ。


「がっ……!?」


 その衝撃によって身体が浮き上がり、そのまま後方へと吹き飛ばされた。

 地面を転がったところでまったく止まる気配はなく、木に叩き付けられることでようやく止まる。


「ごほっ……!?」


 全身に衝撃が走り、内臓でも傷付いたのか、レオンの口から赤黒い液体が吐き出された。

長くなってしまったので一旦切ります。

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