18話 交流会の始まり
声に視線を向けると、そこにいたのは三十代後半といったところの女性であった。
その顔立ちはどことなく眼前の少女に似ているように思え、レオンがエミーリアに横目を向けると苦笑のようなものを浮かべられる。
どうやらあれが彼女の叔母ということらしい。
そしてそんな女性は、まあ! と再度の金切り声を上げながら少女の元へと近寄ると、先ほどと同じ言葉を再び告げた。
「そこで一体何をしていますの!?」
一見講師からの叱咤にも思える光景だが、少女の顔には余裕の笑みが浮かんでいた。
その顔のまま、その口が開かれる。
「あらぁ~? わたくしはただぁ、エミーリア様がいらっしゃるのが見えたからご挨拶をさせていただいただけですわよぉ~?」
「まあ!? 何を言っていますの!? 貴女があんなのに挨拶をする必要などあるわけがないでしょう!?」
「あー……うん、さっきは気持ちは分かる的なこと言ってごめん。予想以上だったみたいだね……」
「……これは確かに、帰りたくもなるわね」
「……いえ、まあ、正直慣れましたもの」
少女と女性のやり取りに、レオン達は思わず疲れたようにそんなことを言い合った。
だが少女達のやり取りは、そこで終わりではなかったらしい。
「うふふ~、いえいえ、あんなのでも、本家のお嬢様ですもの~。ご挨拶は大切だと思いますわぁ~」
「まあ!? ですから、そんなはずはないでしょう!? あんな無能よりも貴女の方が遥かに上……ええ、貴女ならば、本家の跡取りになれるほどの才能があるのですもの!」
「うーん……たとえ親族だとしても、あれって普通に不敬でアウトだと思うんだけど、そっちの家ってその辺割と大らかだったりするの?」
「いえ、そんなことはないと思いますわ。おそらく他の家と同じだと思いますの」
「他の家と同じ、ね……つまりは、実際に言うだけのことはあるってことかしら?」
「……そうですわね。わたくしの姉達が別に劣っているというわけではないのですけれど、姉達は学院でBクラス止まりでしたわ。それを考えましたら、彼女達の言い分には一理あると思いますの」
「なるほど、ってことは、一応公爵家の血を継いでもいるのか。じゃなきゃさすがに許されることじゃないだろうし。まあそれでもやっぱり個人的にはアウトだと思うけど」
結局のところこの世界は力が全てではある。
血をしっかり継いでさえいれば、騎士と同じように、貴族もまた力を持つ者が優先されるのだ。
が、それでもやはり、余程のことがなければ本家の人間を押しのけて分家の人間が当主に成り代わるということは有り得ない。
あるいはエミーリア一人しか跡継ぎがいなかったのであればそういったことも有り得たかもしれないが、実際にはそうでない以上は無意味な仮定だ。
というか、あの女性達もそれを理解しているからあんな風に騒いでいるのだろうが。
そう、あのやり取りは、明らかにわざとだ。
彼女達の言い分が通るのならばあんな風に騒ぐ必要がない。
言い分が通らないからこそ、ああしておかしいと喚いているのだ。
「でもぉ、わたくしはやはり所詮は分家の人間ですものぉ~。本家の方を優先しなければなりませんわぁ~」
「まあ!? 本当におかしなことですわ! 優秀ならば、本家も分家も関係ないでしょうに!」
「えぇ、正直わたくしもそう思いますわぁ。本当に優秀ならば、本家も分家も……それこそ庶子だろうと問題ないと思うんですよねえ~」
そんなことを言いながら、少女がレオンへと視線を向けてきたことに、レオンはなるほどと頷き、目を細めた。
てっきりレオンのことは知らずに絡んできたのかと思えば、知った上で絡んできていたようだ。
今の言葉は、確実にユーリアのことを示していた。
その口元には嘲笑が浮かんでおり……だが、その時のことだ。
「おいおい、いい加減騒ぐのはそこまでにしときやがれよな。これは新入生交流会だってこと忘れてんじゃねえだろうな」
ザーラがそう言って割り込んできたのである。
各クラスの担任も集まる以上は彼女もここにいるのは当然のことで、女性のターゲットはそんなザーラへと移ったようだ。
「まあ!? ザーラ……先生も、わたくし達が間違っているとおっしゃいますの!? 他でもない、貴女が……!」
「そういう問題じゃねえっつーの。だからこれは新入生交流会の集まりだって言ってんだろ? それをオレ達講師が台無しにしちまうのはどうなんだって話だ」
「まあ!? わたくしにそんなつもりはございませんわ!?」
「ならここはどうするのがいいか言わなくても分かるよな?」
「ぐっ……!?」
ザーラの正論に女性は言葉に詰まり、やがて諦めたらしい。
「……分かりましたわ! マルガレータ、行きますわよ!」
「はぁ~い、分かりましたわぁ~。あ、ですがその前にぃ……エミーリア様、お騒がせして申し訳ありませんわぁ~。それでは……また後で」
そう言って、少女と女性は去っていった。
最後に残していった言葉は、この場には新入生交流会という名目で集まっていることを考えれば不自然でもないものの……どことなく不穏なものを感じるのはきっと気のせいではあるまい。
そんなことを思い、溜息を吐き出すレオンの横で、エミーリアは彼女達を追い払ってくれたザーラに頭を下げていた。
「……ザーラ先生、ありがとうございましたわ。正直、助かりましたの」
「なに、本気で邪魔になりそうだから注意に来ただけだ。礼を言われるようなことじゃねえよ。……それに、お前が本当に大変なのは多分これからだろうしな。んじゃ、頑張れよ」
ザーラもまた何やら不吉な言葉を残し去っていったが、やはりこの後で何かがあるということか。
まあ考えても分かることではないし、その時になれば分かるだろう。
頭を切り替えエミーリアへと視線を向けると、エミーリアはレオン達にも頭を下げた。
「……お二人も、申し訳ありませんでしたわね。不快な思いをさせてしまいましたわ」
「別にあなたのせいじゃないでしょ」
「だね。向こうから来て勝手に喚いてただけだってのに、その責任を取れだなんて言うつもりはないよ。ただ……ちょっと意外でもあったかな? 好き勝手させすぎてた気がするっていうか、もっと言い返しそうな気がしてたけど」
「貴方はわたくしのことをどんな人物だと思っていらっしゃいますの? ……まあ、間違ってはいませんけれど。その……あの方々……より正確に言うならば、あの娘――マルガレータに対しては、どうにも苦手意識が抜けないのですわ」
「苦手意識って……何かされたってことかしら?」
「そうだとも言えますし、そうではないとも言えますわね。実はわたくしの家では、日頃の鍛錬の成果をお披露目する意味も込めて年に一度一族で集まって模擬戦を行うのですけれど……」
エミーリアの話によると、同い年ということもあって、あの少女――マルガレータとは、毎回模擬戦を行うことになっていたという。
しかし、エミーリアは魔力を持たない身だ。
魔力を使われたら勝ち目などあるわけがなく、全戦全敗。
しかも毎回手も足も出ずに完膚なきまでにやられてしまうため、どうにも苦手意識を持ってしまっているのだということであった。
「……情けないことですけれど」
「いや、別にそうは思わないけど? 情けないって思うってことは、膝を屈したわけではないってことだろうしね。まあ、この学院に来てるって時点で今更ではあるけど」
「そうね。それに……だからこそ、今頑張ってもいるのでしょう?」
「そうではありますけれど……それは言い訳にはなりませんわ。未だわたくしは、彼女達を苦手としている。少なくともそれは事実ですもの」
だから自分を許すことは出来ない、とでも言いたげな姿に、レオンは息を一つ吐き出す。
以前から自分に厳しいと思ってはいたが、予想以上かもしれない。
まあ、公爵家の人間であることを考えれば、このぐらい普通なのかもしれないが……いや、リーゼロッテの目に呆れの色が見えているのから考えるとそういうわけでもなさそうだ。
ということは、本人の性格によるものなのだろうか、などと思いつつ、口を開いた。
「ま、とりあえずは、ここから移動しようか。あの人達はいなくなったけど、ここにいたら邪魔になりそうだってのは変わらないわけだしね」
「それもそうですわね。……それにしても、交流会という話ですが、結局わたくし達はここで何をするのでしょうか?」
「さあ? 今日は交流会をやるってことしか聞いていないんだから、分かりようがないわよ。ただ……訓練場に集められたって時点で楽しくお喋りするとかってことではないんでしょうけど」
そんなリーゼロッテの言葉が正しかったと証明されるのは、そのすぐ後のことであった。
訓練場には既にそれなりの数が集まっていると思ってはいたが、どうやらレオン達の後に来た者達で最後だったらしく、すぐさまこれからやることの説明が行われたからだ。
そしてその説明を代表して行ったのは、Aクラスの担任であるエミーリアの叔母とやらで――
「さあ、騎士を目指そうとしているあなた達が交流するとなれば、何をするのかなど言うまでもありませんわね!? ええ! あなた達には、これから交流会という名の模擬戦を行ってもらいますわ! それが最も、騎士らしい交流の仕方ですもの!」
金切り声を聞きながらふとレオンが思い出したのは、ザーラが言っていた言葉であった。
脳筋。
なるほどと思いつつ、視界に映るのは、先ほど見かけ、結局はそれきりとなった元妹の姿。
それと、楽しげに口元を歪めつつ視線を明後日の方向へと向けているマルガレータという名の少女と、その視線の先にいる僅かに身体を硬くしているエミーリア。
何となくリーゼロッテと顔を見合わせると、レオン達は互いに思わず溜息を吐き出したのであった。




