14話 騎士と魔獣と
明けて翌日、自分でも予想以上の爽快さで、レオンは学院の教室へとやってきていた。
自分はそこまで神経が図太くないと思っていたのだが、想い人が同じベッドで寝ていても熟睡出来る程度には図太かったらしい。
むしろ何故かイリスの方が眠そうだったほどだ。
前日の昼間も寝ていたのに眠そうということは、逆に寝すぎたのか、あるいはそこまで疲れているということなのかもしれない。
聖剣の乙女と認められるだけの力はあろうとも、本来ならばまだ大人と認められたばかりの年齢なのだ。
あちこちに引っ張りまわされては疲れるのが当然である。
少しでもその疲れを肩代わり出来るよう、そして少しでも早くその全てを背負うことが出来るよう努力をしなければと、改めて思いながらザーラが来るのを待つ。
と。
「……それにしても、やっぱ少しだけ変な気分よね」
不意にそんな言葉を口にしたリーゼロッテに、レオンは首を傾げる。
「何が?」
「わたくしは少し言いたいことが分かりますわ。つまり、彼女と一緒のクラスで学ぶということが、ということでしょう?」
「ああ……なるほど?」
エミーリアの補足に頷きながら、右隣を見る。
そこで不思議そうに首を傾げているのは、イリスだ。
同じFクラスであり、Fクラスには学年が関係ないと昨日ザーラに言われたのだから、当然のようにイリスはここにいる。
が、確かに言われてみれば少しだけその気持ちも分かるかもしれない。
昨日はいなかったことを考えれば、尚更だ。
「あたし達が目指す先で、辿り着かなければならない場所。ま、そんな人と一緒の場所にいるのがちょっと不思議に感じるってだけで、気後れとかをするってわけじゃないけど」
「ですわね。むしろ気合が入るというものですわ。目指すべき先が、近くで明示されているということですもの」
「――なんだ。気後れとかしてるってんなら気合入れる必要があるかと思いきや、そんな必要はなさそうだな。つまらなくはあるが……ま、いいことでもあるか」
と、そんな言葉と共に教室へと姿を見せたのは、当然と言うべきかザーラだ。
しかしそこで僅かにレオンが眉をひそめたのは、まだ鐘は鳴っていないはずだからである。
「……まだ鐘鳴ってないですよね?」
「別にすぐに鳴るんだから問題はねえだろ? それにこうやって不意打ちで来ねえとお前らが本当は何をどう考えてるのかなんて分からねえしな」
確かに、言っていることは分からなくもない話だ。
だが実際にはどうなのだろうかと思っていると、ちょうど鐘が鳴り響いた。
「な? すぐだったろ?」
そう言われてしまえば、特に反論することは出来ない。
そもそも前世とは異なり、この世界の時間感覚というのは割と大雑把だ。
鐘の音だけで時間を把握しなければならないことを考えれば当然のことであり……まあ、別に害があるわけでもないのだから問題はないかと流すことにした。
レオンがそんな結論に至ったということが雰囲気からだけでも分かったのか、ザーラもそれ以上そのことには触れず、教壇へと向かう。
そしてその前に立つと、さてと呟いた。
「つーわけでまあ、一応改めて言っとくと、これが今年のFクラスだ。それぞれ色々思うとこもあるだろうが……ま、頑張れよ、お前ら」
そんな激励なのか投げやりなのかよく分からない言葉を投げながら、授業が始められる。
そしてその内容は、意外と言ってしまうと失礼になるだろうが、それでもつい意外と思ってしまうぐらいには普通のものであった。
「んじゃ早速授業を始めるとするが……ま、そうだな。初回ぐらいは普通にやるとすっか。ってことで、最初の授業は騎士や魔獣とは何か、っつー基本中の基本をやんぞ」
それは確かに基本中の基本ではある。
騎士や魔獣というのが何なのかを知らずに王立学院の騎士科に来るものはいないだろうし、むしろ大半の者は知っているだろう。
だが、だからこそ改めて聞く機会は乏しく、何よりも、自分達がこれからなろうとしているものの話を聞くことで、そのことを強く意識することとなるだろう。
そう考えれば十分意味のある話で、且つ初回の授業として相応しいものでもあった。
「で、まずは騎士の話からだが……折角だから答えさせるか。じゃあエミーリア、騎士とは一体何だ?」
エミーリアの名が呼ばれた瞬間、そういえばザーラとは誰も自己紹介を交わしていないな、ということを思い出したのだが、さすがと言うべきか、どうやら自己紹介をするまでもなくこちらのことは分かっているらしい。
エミーリアもそのことに思い至ったのか、数瞬ザーラのことをジッと見つめていたものの、すぐに気を取り直したようにその口を開いた。
「そうですわね……騎士とは魔獣を倒す者、その義務と責務を負った者……と、一般的には言われていますけれど、厳密には違いますわ。騎士とは、絶剣を身に宿した者のことですの。その結果として、必然的に魔獣を倒す役目が発生する、というだけのことですわ」
「ほぅ……さすがよく分かってんじゃねえか。ま、当然ではあるし、わざわざ補足する必要もねえだろうが、あくまでもこれは授業だから一応しとくぜ。騎士ってのは今エミーリアが言った通りのやつのことを指すが、じゃあそもそも絶剣ってのは何か。これは、聖剣の欠片だ」
この辺のことはレオンも知っているので特に驚きはない。
聖剣。
それは当然と言うべきか、聖剣の乙女の名にも含まれているそれと同種のものだ。
というよりは、聖剣を所持しているからこそ、聖剣の乙女と呼ばれるのではあるが。
聖剣の乙女と成ったイリスが所持し、振るう、絶魔の剣。
それが、聖剣だ。
まあより正確に言うのであれば、絶剣となったのはイリスが所持している聖剣の先代と言うべきだろうか。
初代聖剣の乙女が振るい、砕けてしまったもの。
その結果作られた二代目聖剣とでも言うべきものが、イリスの所持しているそれだ。
「ま、砕けちまったとはいえ、聖剣としての力がなくなっちまったわけじゃない。注ぎ込まれた魔力を増幅し、魔獣達相手に有効な力を放つ力は生きてた。もちろん砕けて小さくなっちまった分効力は落ちたが、それはそれで都合もよかった。扱うのに聖剣ほどのレベルは要求されなかったからな」
聖剣を扱うには、最低でもレベルが100は必要だとされている。
だがそこまで到達出来るのは、極々限られた者だけだ。
それこそ百年に一度といった程度であり、だから聖剣の所持を許される聖剣の乙女は世界最強を意味するのである。
が、ザーラも言ったように、砕けた破片である聖剣の欠片を扱うには、そこまでのレベルは必要ない。
欠片の大きさによってある程度前後するが、最低ラインで20といったところだ。
そしてそれを与えられた者が、騎士と名乗れるようになるのである。
「その力がどんなもんかは……ま、イリスは言うに及ばず、お前ら三人も知ってんだろ? 図らずも昨日見せることになっちまったんだからな」
そうだろうと思ってはいたものの、昨日ザーラが放ったのはやはり絶剣であったらしい。
その割には、正直それほどの威力ではなかったように感じたが……まあ、本気で撃つわけがあるまいし、そもそも聖剣も絶剣も魔獣にこそ最も効果を発揮するものだ。
だからレオンでも打ち破ることが出来た、ということに違いない。
「で、まあオレが言うのも何だが、アレは本来魔獣に撃つためのもんではあるし、さっきも言ったようにそれが最も効果を発揮するもんでもある。が、ここで質問だ。それは何故だ? まあこれは魔獣ってのが何なのかって話にも関わってくるんだが……どうだ、リーゼロッテ?」
「そうね……それは単純に、聖剣ってのは元々魔王を倒すために作られたものだからよ。そして魔獣とは、その魔王が放つ魔力の影響を受けて歪んでしまった存在。だから、魔獣にも聖剣は有効ってわけね」
リーゼロッテが口にしたこともまた、よく知られていることであった。
そう、この世界には実は魔王というものが存在しているのだ。
過去形でないのは未だ滅びてはいないからで、だが現時点では活動はしていない。
「ま、そういうことだな。じゃ、次だが、魔獣ってのはつまり元となった存在がいるってわけだ。それは一体何だ、レオン?」
「何だ、ということでしたら、色々だ、といったところでしょうか。様々な動物や植物、あるいは魔物が元となった魔獣もいますし、噂ではありますが人からなったモノもいるとか」
「最後のだけは所詮噂だがな。少なくともオレは見たことがねえ。ま、かといって否定出来るもんでもねえが。魔王の放つ魔力は強大過ぎて、周囲の生物に影響を与えちまう。それこそがかつて魔王が魔王って呼ばれた理由でもあるしな。人間も所詮は生物の一種だって考えれば、影響を受けちまって魔獣と化したやつがいたところで不思議はねえ。で、まあそれはともかくとして、そんな魔王だが、今はどうしてる? これは当然お前に聞くのが一番だろうな? なあ、イリス?」
「……魔王は現在封印されている。かつて、聖剣でも滅ぼすことは出来なかったから。封印は五つに分けて、そのうちの四つをそれぞれの公爵家が、一つは魔の森に封じられてる。……最後のは、そこに封じるしかなかった、というだけでもあるけれど」
そう、魔王は現在封印されているのだ。
だが封印されてすら影響を完全に封じることは出来ず、魔の森と呼ばれているそこから次々と魔獣は生み出されてしまう。
とはいえ、何の策もないというわけではない。
というか――
「――そして、今は封印しておくしかない魔王を完全に滅ぼすことこそ、聖剣の乙女の……わたしの本当の役目」
魔王が封印されてから今まで、聖剣にはそのための魔力が蓄えられ続けているという。
そして、念願のその時がついに訪れるだろうと、最近では言われていた。
幼くして聖剣の乙女を継いだイリスは、歴代でも最強だと言われているからだ。
その魔力を注ぎ続けた聖剣をイリスが振るえば、必ずや魔王を倒せるに違いないと、そう言われているのである。
その時が訪れるのは、果たして十年後か、五年後か……あるいは、もっと早いのか。
確かなのは……イリスの様子を見る限り、それは決してただの噂話などではないということである。
それは間違いなく悲願だ。
誰も彼もが心の底から喜ぶに違いない。
だが……果たしてその結果、イリスは何を背負わされることになるのだろうか。
少なくとも、めでたしめでたしで何事もなく終わるということだけはあるまい。
そのことは、容易に想像が付く。
しかもそれはおそらく、まだマシな方だ。
そこまでの期待を背負いながら……もしも失敗してしまったら。
その果てに何が待っているのかなど、それこそ考えたくもない。
だから……その前に必ずや自分がその役目を奪ってみせると。
レオンは改めて決意を固めるのであった。




