09話 学院寮と同居者
さすがに剣が壊れてしまってはこれ以上続けることは不可能と判断したのか、それともどちらにせよあれで終わりにするつもりだったのか。
ザーラから終了を告げられたレオンは、リーゼロッテ達と共に訓練場の中央へと集められた。
そしてそこで、レオンはザーラから予想外の言葉を受けることになる。
どことなくバツが悪そうで、それでいて何故かすっきりもしたような顔で、謝られたのだ。
「……いや、悪かったな」
「え? いや、えっと……何がですか?」
本気で何を謝られているのかが分からなかったので、首を傾げて返す。
一瞬手合わせすることになったことに対するものかと思ったが、それならばレオン達三人に対しての謝罪となるはずだ。
しかしレオンにしっかり目を合わせてきている以上は、そうではあるまい。
だが本当に謝られるような心当たりはなく、むしろ謝るべきはレオンの方ではないかと思う。
ザーラの剣を壊してしまったからだ。
あれは意図的なものではなく、ちょっと手元が狂ってしまった結果なのである。
思っていた以上に最後に放たれた一撃が強力で、加減がきかなかったせいだ。
さすがだと思うのと共に、自分はまだまだだとも思う。
そう思いながらも、先ほどの手合わせを思い返してみるが、やはり謝られるようなことはなかったという結論にしかならない。
いや、あるとすれば、一方的に攻撃されるだけで終わってしまったことだろうか。
しかしあれはレオンが望んで受けていたことである。
どこまで自分が通用するのか、試したかったのだ。
結果としては上々といったところだろう。
ザーラの攻撃がどこまで本気だったのかは分からないが、まさかあれでまったく本気じゃなかったとは言うまい。
ということは、それなり以上には渡り合えたということで、とりあえずは十分だ。
まあ、確かに出来れば攻撃の方もどこまで通用するか試したかったところではあるが、あれはどのタイミングで反撃に移ろうか迷っていたらザーラの大技が繰り出されてしまったという感じなので、単純にレオンが悪い。
結論を言ってしまえば、特に謝られるようなことはないということだ。
ザーラが何か勘違いをしているか、あるいは個人的な何かといったところか。
どのみち気にする必要はあるまい。
いや、違った。
そこで終わらせては駄目だ。
謝ることがあると自分で思ったことだろうに。
「えーっと、何を謝られたのかは分かりませんが、むしろこっちこそすみませんでした。その剣って多分愛剣とかですよね……?」
「ん? ああ……まあ、確かに愛剣ではあるが、ただ使い勝手がよかっただけの鉄の塊だぜ? 頑丈に作らせたから今まで折れず結果的に使い続けてたってだけで、壊れたんなら別のを作らせるだけだ。ああ、当然弁償しろとか言うつもりもねえぞ? 壊れちまったのはオレのせいみたいなもんだしな」
「そうですか……? まあ、正直そう言ってくれると助かるんですが。手持ちあまりないので」
「はっ……オレとあそこまでやりあっときながら、気にすんのはんなことかよ。だがまあ……そんなお前だからこそ、期待できるのかもしれねえな」
何のことかと思ったものの、特に説明するつもりはないらしい。
そのままザーラは、さて、と呟くと話を変えたからだ。
「ま、とりあえず、これで自己紹介の時間は終わりだ。ただ言葉で話すよりも、よっぽど互いのことが分かっただろ?」
「ああ……それって本気だったのね。……まあ、否定はしないけど」
「そうですわね……まあ、確かによく分かったとは思いますわ。自分がどれだけ至らないのかも、ですけれど」
「その辺に関しては、別に気にするほどのことでもねえんだがな。慰めとかじゃなくてな。Aクラスの連中だって、学院に入ったばっかの時は至らねえやつばっかだぜ? むしろ自覚してる分マシってもんだ。ま、もちろん例外はいるんだが」
「それは言われても、あたし達は普通じゃないもの。他と同じってことは、足りてないってこと。そうでしょ?」
「ええ、むしろわたくし達は悪い意味での例外ですもの。他の方々と同じと言われても、納得することなど到底出来ませんわ」
「それを自覚してるからマシだって話なんだが……ま、いいか。その辺の話はまた後……具体的には、明日だな。お前らにはこれからやることがあんだからな」
「そうですね。まあ、僕は荷物とかほぼないので正直それほどやることはないと思うんですが……二人は結構大変そうだなぁ」
ここに連れて来られる前に言っていた通り、新入生の今日の予定は自己紹介と連絡事項で終わりである。
その後でやらなければならないことがあるからだ。
引越しと片付けである。
というのも、王立学院は全寮制であり、だが卒業生の中にはギリギリまで寮に残っている者がいるのだという。
そのため、必然的に新入生が寮に入れるのは入学後となってしまい、初日の大半はそのゴタゴタで潰れるのだ。
何せ王立学院に入学する者の大半は貴族である。
準備しなければならない物、必要な物は多く、だが学院は基本的に関係者以外立ち入り禁止だ。
今まで一人でやったことなどないようなことをやるとなれば、時間がかかってしまうのも当然と言えるだろう。
学院には入学式がないが、それもそういったことが理由だとか。
まあ、数日後に一度新入生だけで集まる場は設けられているらしいが。
ともあれ、これからのやらなければならないことを考えたのか、リーゼロッテ達は少し憂鬱そうな表情を浮かべた。
「そうなのよね……結構な量を送ったから、あれを片付けなければならないって思うと苦労しそうだわ」
「わたくしもですわ。一人で出来るのか、正直自信はありませんの」
「ああ……ぶっちゃけ一人でやろうなんて思わねえ方がいいぜ? 毎年そのせいで一日じゃ終わらねえってやつが出るし、酷い場合にはろくに寝れずに次の日を迎える、なんてやつもいる。まあそれはよっぽどアホなやつだけだが。寮の部屋は基本的に相部屋だ。遠慮せずに互いに協力すんのが結局一番早く終わることになる。ま、つーか、お前ら同じ部屋だしな」
そう言ってザーラはエミーリアとリーゼロッテへと視線を向けた。
まあ、妥当だろう。
同じ公爵家の令嬢で、友人同士。
公爵家の人間だからといって特別扱いするわけにもいくまいし、最も無難な組み合わせだ。
もっとも、同じ立場と言えるのかは分からないが……二人の様子を見ている限りは気にしていないようだし、問題はないのだろう。
と、そこでふと今まで気になっていたことがあったのを思い出した。
「あ、寮の部屋って言えば……そういえば、僕って結局どっちの寮に入ることになるんですかね? 服と同じですか?」
校舎や制服が別であるように、学院寮もまた学科ごとに分かれている。
そして騎士科の寮ということは、当然住んでいるのはほぼ女性ばかりだ。
だから自分はどちらを使えばいいのだろうかと思ったのだが、そこでリーゼロッテ達は初めて気付いたようにレオンの着ている制服へと視線を向けた。
「ああ……そういえば、あんたってあっちの服着てるのよね。何となくまったく違和感なかったわ」
「確かに……今更ですが、わたくし達とは違うのですね」
「本当に今更ではあるけど、まあ王立学院で男が着る服って言ったら普通こっちだしね」
「ま、さすがにその辺はしばらく我慢してもらうしかねえな。男が騎士科の服を着るなんて想定されてねえし」
「分かってますって。別に服装にこだわりはないですから、問題もないですしね。で、寮の部屋ですが、どうなんですか? やっぱあっちですか?」
「いいや? こっちだぜ? 服はあくまで用意できなかったからあっちのってことになったが、部屋は用意出来ねえわけがねえからな。寮は学科ごとに分かれてるし、お前は当然騎士科の寮だ」
「……え? ……それって、大丈夫なんですか?」
それはつまり、ほぼ女性しか住んでいないところに、レオンが住むということだ。
正直なところ、期待とかよりも不安しかない。
「あん? 何だよ、大丈夫かって。まさか大丈夫じゃねえことをするつもりか?」
「いえ、そんなつもりはないですが……普通に考えれば大丈夫じゃなくないですか? ねえ……リーゼロッテ達もそう思うよね?」
「え? 別に思わないけど? まあ、一緒のベッドで寝るとかいうんなら別だけど、部屋すら違うし、問題ないんじゃない?」
「要するに、同じ屋敷に男性がいるというだけのことですものね。使用人の方々がいるということと同じことでしょう? いえ、もちろん貴方を使用人扱いしようというわけではないのですけれど」
「あれ……? 僕の感覚がおかしいだけ……?」
もしかすると、貴族の間ではこれが普通なのだろうか。
厳密にはザーラがどうなのかは知らないが、言葉は荒いものの所々動きに洗練されたものが見えるので、多分貴族としての教育は受けているはずだ。
レオンも確かに貴族としての教育は受けたが、所詮七歳までであり、八年間様々な場所を旅していたせいもあって、そんなものはとうの昔にどこかへと消え去っている。
おそらく思考としては平民の方が近く……あるいは原因は前世の記憶の方か。
自分の価値観が前世寄りだということは自覚しており、そのせいでレオンだけが気にすることになっている、ということなのかもしれない。
しかし何にせよ、三人は本当に気にしていないようだ。
気を使っている様子もなく……なら、気にしない方がいいだろう。
まあ考えてみれば、ほぼ女子寮であるから引っかかってしまったが、たまたま男女の比率が偏ってしまった寮、と考えれば……ちょっと厳しいかもしれないが、何とかそうして納得するしかあるまい。
さすがに一人部屋ということになるだろうし、そう考えればむしろラッキーだと言える。
「うーん……ま、いっか。皆が納得してるんなら、僕が文句を言うのも変な話だし」
「おう、納得いったか? んじゃ、あとは部屋を教えるだけだな。まあかなり分かりやすいがな。お前達二人は五階の右端、お前は同じく五階の左端だ。ちなみに左右の基準は階段を上りきったとこな。以上、連絡事項は終わりだ。ああ、一応言っとくと、寮は校舎の裏だぜ? 言われなくても分かるだろうがな」
「終わりって……寮のことを言われただけなんだけど?」
「明日以降の予定とか、そういうのはありませんの?」
「他のクラスならそういうのも話すんだがな、このクラスの場合は明日にした方が面倒がねえ。二度同じことを繰り返すのは面倒くせえし、お前らも二度も同じ話を聞きたくはねえだろ?」
「二度同じことを繰り返す……ということは、明日僕達以外の誰かがFクラスに来る、ってことですか?」
そうでなければ、一度した話を繰り返す必要はないはずだ。
そしてその疑問に、ザーラは頷きを返してきた。
「おう、その通りだ。今年のFクラスは全部で四人だからな」
「四人……? 張り出されてた紙には三人しか名前が書かれていなかったはずだけど……?」
「ま、その辺は明日の楽しみにでもしとけ。今日中に分かるような気もするがな」
「……よく分かりませんけれど、分かりましたわ。とりあえずこれ以上尋ねても教えてはくれなさそうですもの」
「おう、それだけが分かってりゃ十分ってもんだ。んじゃ、また明日な」
そう言ってザーラから手を振られると、レオン達は半ば強制的に訓練場を追い出されたのであった。
訓練場を追い出されたレオン達は、そのまま素直に寮へと向かった。
レオンはともかくリーゼロッテ達は大変そうなので、早めに行った方がいいだろうという判断だ。
まあ、レオンは共に行く必要は特にないのだが、敢えて別れる理由もない。
そうして校舎の校舎の横を抜け、少し進むと、そこにあったのは巨大な建物であった。
「これが寮、か。大きさ的には校舎とほぼ同じぐらい、って感じかな?」
「みたいね。随分と静かだけど、あたし達以外はまだ終わってないってことかしら?」
「訓練場への移動と手合わせがありましたけれど、その手合わせもそれほど長くはなかった上に、わたくし達は三人だけですものね。先に終わるのは当然かもしれませんわ」
在校生も既に授業は始まってるはずなので、この寮には今誰もいない、ということなのだろう。
静かなのも当然であった。
「ま、とりあえず行こうか。ここで寮の外観を眺めてても仕方ないしね」
二人とも異論はないようで、レオン達は寮の中へと足を向けた。
入った直後のところは巨大なロビーとなっており、憩いの場というか共有スペースのようになっているようだ。
まあ、おそらくレオンにはあまり縁がないだろう場所である。
二人も特に興味はないのか素通りして、奥にある階段へと向かった。
尚、一階には他に風呂と食堂があったはずである。
それらも共同のものであり……と、そこで、そういえば風呂はどうすればいいのだろうかと思い出す。
さすがにこれは一緒に入っていいということにはなるまい。
「そういえば、僕って風呂はどうすればいいのかな?」
「ああ……そういえばそうね。最後……いえ、それだとちょっと時間が分からなそうね」
「最初にしてしまうのが無難ですわね。あるいは、お風呂だけは向こうのを使わせていただく、ということもありかもしれませんけれど。こちらでは、貴方も寛げませんでしょうし」
「うーん……真面目にその辺も考慮しといた方がいいかもしれないなぁ」
まあしかし、そればかりはレオン達だけで決めるわけにはいくまい。
なるべく多くの意見を聞きたいので、食事の時あたりに聞くのが無難だろうか。
そんなことを話しながら階段を上っていくと、あっという間に五階に着いた。
「えーっと……僕は左だっけ?」
「ええ、わたくし達は右ですわ」
「そっか。じゃ、また……後で、でいいのかな?」
「さすがにお昼には休憩するつもりだから、その時になったら会うんじゃない? まあ、時間が合わなかったりしたら次ぎ会うのは明日になるかもしれないけど」
「んー、ま、一応後でって言っとくよ。風呂のこともあるしね」
「どう決まったところで文句を言うつもりはありませんけれど、敢えて別々で食事を摂る必要もありませんし、一緒になれることを願う意味で、わたくしもまた後で、と言っておきますわ」
「片づけにどれだけ手間取るか次第でもあるとは思うんだけど……ま、あたしだけ違う挨拶をする必要もないかしらね。じゃ、また後で」
そうして二人と別れたレオンは、そのまま左端へと向かった。
幾つかある扉の前を素通りし、最後の扉の前へ。
一応事前に荷物が運び込まれているはずだが、旅を続けていたレオンの私物など箱一つ分程度しかない。
扉を開けた先に広がっているのは、予想通り殺風景な部屋であり……だが、それ自体は確かに予想通りだったのだが、ふと違和感を覚えた。
妙に広い、というのは、いい。
元々二人部屋だったのだろうことを考えれば、当然だ。
テーブルが一つと椅子が二つしか置かれていないことを考えれば、尚更広く感じるのは自然なことでもある。
ベッドがないのは、出入り口以外にも扉があるので、その奥にあるのだろう。
だからそれもいい。
問題なのは、思っていた以上に物が置かれていたことであった。
殺風景なのに違いはないのだが、所々に小物のような物が置かれている。
無論レオンの物ではなく、見覚えもない。
直前まで部屋を使っていた人が置いていった物なのだろうかと思いながら部屋を見回せば、覚えのあるものを見つけた。
レオンが送った、適当なものを探して数少ない私物を乱雑に突っ込んだだけの、抱えられるほどの大きさの箱である。
ということは、ここは間違いなくレオンに宛がわれた部屋であるようだ。
もしかしたら間違えたのかもしれないと焦ったものの、杞憂だったようで一安心――と思った、その時のことであった。
扉が開いた音が、耳に届いたのである。
音は間違いなく部屋の中から聞こえ、しかもそれは後ろではなかった。
つまりはベッドへと繋がっているのだろう部屋から誰かが出てきたということだ。
反射的に視線を向け、瞬間、目を見開く。
状況を考えれば、あるいは問答無用で襲い掛かられるかもしれない、といったところまでは考えていた。
何があっても驚くまいと警戒はしており――だが、そんな人物がそこにいるだなんて、予想出来るわけがあるまい。
雪の如く真っ白な髪に、空を思わせるような蒼い瞳。
恐ろしいほどに整っているその顔立ちは、しかしかつての面影が残っている。
一目で分かった。
彼女が誰なのかなんて、間違えるわけがない。
聖剣の乙女。
イリス・ヘルツォーク・フォン・シュトラハヴィッツ。
今生の初恋にして、今も想い続けているその人が、そこにはいたのであった。
昨日も言いましたように完全にストックが尽きました。
これからもなるべく連続して更新する予定ですが、更新がなかった場合は力尽きたのだなと察していただけましたら幸いです。




