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07話 才能と手合わせ 後編

 ザーラの言葉には答えず、リーゼロッテはただザーラの方へと歩き出した。

 その姿を眺めながら、レオンはリーゼロッテと入れ替わるような形で隣へとやってきたエミーリアへと横目を向ける。


「お疲れさま、でいいのかな?」


「そうですわね。力は及びませんでしたけれど……今はまだ、というだけですもの。この借りはいずれ返しますわ」


「……そっか」


 強がりのようにも聞こえるが、真っ直ぐに向けられた瞳は、ただ前だけを見つめていた。

 ならば何も言うことはあるまいと、レオンもリーゼロッテ達の方へと視線を戻す。


 訓練場の中央で向かい合ったザーラとリーゼロッテは、言葉を交わすことはなかった。

 二人が向かい合った直後に硬質な音が響く。

 言わなくとも分かってるだろうとばかりに、ザーラがリーゼロッテへと大剣を叩き込んだのだ。


 無論音からも分かるように、それが直撃することはなかった。

 振り下ろされた大剣は、リーゼロッテの構えたモノによって受け止められたのである。


 それは盾であった。

 リーゼロッテの身体を覆いつくしてしまうほどの、巨大な盾。


 見た目の時点で堅牢なのは分かり、見掛け倒しではないこともすぐに分かった。

 連続して放たれたザーラの斬撃を、その場から一歩も退くことなく完璧に受けきったからだ。


 ただ、それは盾だけが理由というわけではないようである。

 盾を含めたリーゼロッテの全身が薄い膜のようなものに覆われていたからだ。


 途端、先ほどザーラが口にした言葉が、頭をよぎる。


「防御魔法……それも、相当に練度が高いですわね。間近で感じたから分かるのですけれど、あの方の斬撃は決して軽くはありませんわ。単純に受けようと思えば、あの盾ですら簡単に斬り裂かれてしまうでしょう」


「だね。しかも、ただ受けてるだけってわけでもない」


 同じことを思ったらしいエミーリアは言葉にしながら、一息を吐く暇もなく放たれ続けているザーラの連撃を眺め、目を細める。


 あそこまでの連撃を放てているのは、ザーラの技量だけが理由ではない。

 直撃の瞬間にリーゼロッテが僅かに盾を傾け、斬撃をそらしているからだ。

 それを利用して連撃を放つザーラも相当だが、その中で全てを的確に対処しているリーゼロッテの技量も相当である。


 防御魔法だけではなく、防御の技術全般が高い。

 ザーラが楽しそうな顔をしているあたりから考えても、それは間違いなさそうだ。


「今すぐ盾兵(・・)になっても通用するんじゃないかな?」


「それは間違いないと思いますわ。何度か目にする機会がありましたけれど、今のリーゼロッテさんの動きが彼らに劣っているとは思いませんもの。いえ、それどころか、勝っているかもしれませんわね」


 騎士が魔獣を狩る者だとすれば、盾兵は魔獣の被害から人々を守る者だ。


 無論騎士もなるべく周囲に被害を出さないようにはするが、人々を守ることを考えながら戦えるほど魔獣というのは温い相手ではない。

 そのため、役割分担として、被害を抑えるための専用の者達がいるのだ。

 それが、盾兵である。


 そしてエミーリアがそこまで言うということは、希望すればリーゼロッテは今すぐにでも盾兵になれるほどの力量を既に備えているということだろう。


「……もっとも、そう言われたところで、リーゼロッテさんは喜ぶことはしないでしょうけれど」


「まあ、そもそも騎士に防御魔法はいらないって言われてるしね」


 魔法というものは、主に三つの種類に分かれている。

 即ち、攻撃魔法と防御魔法と補助魔法だ。


 そしてこの中で騎士に必須なのは攻撃魔法だけである。

 魔獣を倒すことを役目とする騎士には、攻撃以外は不要だからだ。


 無論それは極論ではある。

 魔獣からの攻撃を防ぐことなどを考えれば、防御魔法も使えるに越したことはないのだ。

 だがあくまでも使えた方がいいのであって、必須ではないのも事実である。


 それに、先にも述べたように、騎士の魔獣に対しての最適な攻撃方法とは、遠距離から高火力の攻撃をぶっ放すことだ。

 ということは、そもそも魔獣の攻撃を防ぐという機会はあまりないし、そうでなくてはならない。


 何よりも、魔獣の引き起こす被害を減らすのに最も手っ取り早い方法は、一秒でも早く魔獣を倒すことだ。

 そういうこともあって、騎士は攻撃魔法のみを磨き防御魔法などは片手間以下でしか鍛えないのである。


 つまるところ、リーゼロッテの防御技術は、騎士になる上では何の役にも立たないということだ。

 下手をすれば……いや、おそらく間違いなく現役騎士の中でもリーゼロッテの防御技術は最上位だろうが、騎士であるがゆえにそんなものは無意味でしかないのである。


「とはいえ、リーゼロッテさんもそんなことは承知の上でしょう。その上で、防御技術を磨くしかなかったということですわ。そしてそれでも、騎士を目指している。わたくしは彼女の友人として誇らしく思いますわ」


「……防御魔法しか使えない、か」


 その言葉が事実なのは、見ていれば分かった。


 一方的な展開が続いているのは先ほどと同じではあるが、リーゼロッテは数十回に一回程度の割合ではあるも、反撃に転じることが出来ている。

 一瞬の隙を突き、構えている盾をそのまま攻撃として繰り出すのだ。

 しかし、その全てはザーラに届いてはいなかった。


 そしてザーラの防御方法は、エミーリアの時と同じである。

 防御の構えを取ることもなく、無防備なその身で受けるのだ。


 それは防ぐ必要などないと言うかの如き姿であり、事実その通りでもあった。

 その攻撃が届かない理由もまた、エミーリアの時と同じである。

 エミーリアとは異なり盾に魔力が込められてはいたが、単純にそれだけではザーラが纏っている魔力を貫くには足りないのだ。


 これは単純に引き算の問題である。

 ザーラが纏っている魔力を10とするならば、リーゼロッテが盾に纏わせている魔力はよくて3ぐらいでしかないからだ。

 女同士の魔力がぶつかった場合、単純に質と量が勝る方が勝つので、リーゼロッテの攻撃は届かないのである。


 かといってリーゼロッテが魔力を多く盾に回してしまうと、今度は防御魔法に回す分が足りなくなってしまう。

 その瞬間をザーラが見逃すわけがなく、そこで勝負自体が終わりだ。

 リーゼロッテには、なすすべがなかった。


 だがそんなことになってしまうのは、リーゼロッテが盾に魔力を纏わせるだけだからだ。

 その分の魔力を攻撃魔法として放ってしまえば、あっさりとザーラの防御は貫通出来るだろう。

 あくまでも魔力そのものがぶつかった場合は質と量で決まるだけであって、魔法と魔力ならば圧倒的に魔法の方が有利なのだ。


 そのため、魔力は防御にも使えるものの、基本的には念のために纏わせているだけである。

 攻撃を防げなかった場合などに、その威力を削ぐためのものなのだ。

 普通はそれ自体で攻撃を防ぐことはしない。


 つまりあの状況で攻撃魔法を使わないという選択肢はなく、使わないのは使えないからだと察するには十分であった。

 あれだけの防御技術を身につけているのは、エミーリアの言う通り、それしかなかったからだということも。


 そして一方的に削られるしかなければ、やがて限界が訪れるのは道理である。

 先ほどエミーリアとの戦いの最後にも見せたように、ザーラが無駄に大きく腕を振り被った。


 見え見えの斬撃は、その分だけ威力が大きく、それでもリーゼロッテならば難なく防ぐことが出来ただろう。

 先ほどまでであるならば。


 叩き込まれた斬撃をリーゼロッテはしっかり受け止めることは出来たが、その場で踏ん張ることが出来ずに吹き飛ばされたのだ。


「――きゃっ!?」


 そのまま地面を滑るようにして下がり、すぐさま構えなおしたものの、ザーラは既に構えを解き身体から力を抜いている。

 もう終わりだと、その姿こそが雄弁に告げていた。


「さて……もう十分お前の今の実力と状況は理解出来ただろ? ま、んなもん最初から分かっちゃいただろうがな。改めてってとこか?」


「っ……まだよ、まだあたしは……!」


「威勢だけは立派だが、無理だってことはお前が一番よく分かってるはずだぜ? それとも、その上でまだやるか?」


「……っ」


 ザーラの言う通りであった。

 リーゼロッテは辛うじて立っていることは出来ているが、その膝は笑っている。

 あそこから無理に動こうとしたところでその場に倒れるのがオチだろうし、攻撃を受けようとすればどうなるか分かったものではない。


 リーゼロッテは数瞬だけ逡巡したようであったが、やがて現状を受け入れることにしたようだ。

 構えを解き、息を吐き出した。


 それでも、身体を引きずるようにしながらも移動し始めたのは、残された意地によるものか。


「はっ……そうだな、どんな状況だろうと、騎士は他人の手を借りちゃならねえ。騎士は手を貸す側だからな。よく分かってんじゃねえか」


 そんなことを言いながら、ザーラはレオンへと視線を向けてきた。

 その目を真っ直ぐに見つめ返し、下がるリーゼロッテと入れ替わるようにして前に出る。

 躊躇う理由はなく、どころか、正直なところ駆け出したいぐらいにはやる気に満ちていた。


 ザーラが元最強の騎士の名が伊達ではないほどの力を持っているのが分かったというのもある。

 間違いなく本気は微塵も出しておらず、にもかかわらず圧倒的な力を示して見せた。

 本気を出したらどこまでのことが出来るのかと思えば、身震いがするほどだ。


 だがそれ以上に、はっきりと目にしたからである。

 騎士を目指す二人の少女の姿を。


 エミーリアもリーゼロッテも、望んでいるものになるために必要な才能を与えられなかった者達であった。

 魔力がないのも、防御魔法しか使えないのも、騎士になるためには致命的で、だがそれでも彼女達は努力を続けたのだ。

 エミーリアがリーゼロッテの想いをよく分かっているようだったのは、彼女も同じだったからだろう。


 エミーリアの身体捌きは、見事なものであった。

 多分それだけでも、騎士でも十分通用する……いや、それどころか、上から数えた方が早いのではないだろうかと思えるほどに。

 少なくともレオンが見たことのある騎士の中で言えば、確実に最上位であった。


 だがリーゼロッテ同様、それは騎士として必須の能力ではない。

 遠距離から攻撃するのが基本である以上は、身体能力など最悪なくとも問題はないからだ。

 だから、エミーリアもまた、それしかなかったからこそ磨くしかなかったのだろう。


 そして、欲しかった才能に恵まれなかったという意味では、レオンも同じであった。


 ならば、自分も見せなくてはなるまい。

 自分が磨き続けてきたものを。


 そして、証明せねばなるまい。

 あの元最強の騎士と呼ばれた女性を相手に、自分達の努力は決して無駄ではないということを。


 そんなことを思いながら、レオンは楽しげな表情を浮かべるザーラのもとへと、湧き上がる想いを抑えるように、ゆっくりと向かっていくのであった。

明日も朝更新予定です。

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