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07話 才能と手合わせ 前編

 ザーラが先導する形でレオン達が連れて来られたのは、先日も訪れた見覚えのある訓練場であった。


 あの物言いからするとそうだろうなと予想はしていたので驚きはなかったものの、本当にやる気なのかという思いはある。

 だが、訓練場の中央まで歩いてから振り返った顔を見て、レオンは溜息を吐き出した。

 どう見ても本気の顔だったからだ。


「さて、ここまで来りゃさすがに言わなくても分かると思うが、お前らにはこれからオレと戦ってもらう。ま、やっぱこれが一番互いを知るのに手っ取り早いからな」


「それが最も手っ取り早いのは、主に脳筋の者達だけじゃないかと思うんですが……」


「何言ってやがんだ? 騎士になるようなやつらなんて基本脳筋ばっかだろうが。あいつらの戦い方知らねえのか?」


「……あー」


 その言葉に、真に残念ながら納得出来てしまった。


 家を追い出されて以来、レオンは様々な場所を旅していた。

 辺境の小さな村に滞在していたのは結局半年ほどで、その後は訓練を兼ねて色々なところを歩き回ったのである。


 その中で騎士と出会った数は少なくなく、間近で戦闘を目にする機会もあった。

 で、その結果分かったことなのだが、騎士は基本的に戦略も戦術も戦法も使うことはないのだ。


 というか、意味がない。

 魔獣の中には知恵のあるモノも存在してはいるが、結局は巨体で暴れることが基本となるからだ。


 そもそも強大な力を持つ魔獣相手に小細工などは無意味であり、結果は遠距離から高火力の攻撃をぶっ放すのが騎士の基本的な攻撃方法にして全てとなる。

 あくまでも最適を追求したらそうなったというだけなので、一概に脳筋ばかりだとは言えないとは思うが、否定出来ないのもまた事実ではあった。


「ま、何よりもお前らが何が出来て何が出来ねえのか知っとかねえと、これから先の計画が立たねえからな」


「これから先の計画、ですの? 確かクラスごとにやることというのは決まっていたと思うのですけれど……」


「おう、確かに決まってるぜ? ただ、Fクラスのやることってのは、好きにやれってもんだがな」


「……何よそれ。教育放棄ってこと?」


「いや、文字通りの意味だぞ? つーか既存の枠内で収まらねえからFクラス行きになってるわけだろ、お前らは。そんなお前ら相手に事前に何をやるかなんて決められるわけがねえだろうが」


「んー……まあ、確かに? 言ってることは間違ってない気がするかな。まあでも、既存の枠内に収まっていないって言うんなら、そもそも試験に合格させるべきじゃないような気もするけど……もしかして、彼女達の実家が関係してたりします?」


「いんや? それは無関係……って言っちまうと語弊が生じるが、まあ少なくとも試験を合格させたのはまた別の話だ。既存の枠の外にいようが、試験に合格したことに違いはねえんだ。なら合格させない方が道理に合わねえってもんだろ? ま、Fクラスになったってのには正直関係あるんだが。お前も含めて、な」


 その言葉に肩をすくめたのは、まあ当然調べられているだろうなと思ったからだ。

 公的に存在が抹消されているとはいっても調べる方法がないわけではなく、何よりもこの学院の母体は国そのものである。

 調べられないわけがなかった。


 とはいえ、だからどうだというわけでもないようで、ザーラはそのまま話を続けた。


「ま、つーわけで、これからのことをスムーズにやるためにもまずはやりあうのが一番なんだが……どうすっかな。……いや、どうせならお前らに選ばせてやるか。全員でオレと戦うか、それとも一人ずつか。どっちがいい?」


 そう言って挑発するような笑みを浮かべたザーラに、思わずレオン達は顔を見合わせた。

 ただの挑発というわけではなく、実際ザーラはそこまでの大言を口にするだけの資格を持ち合わせているからである。


 少なくともレオンはそう確信を持っているのだが、この様子ではどうやら二人もそうであるようだ。

 まあ、当然と言えば当然か。


 燃える炎のような髪に瞳、身の丈を超えるほどの大剣、何よりもザーラという名前。

 ここまでくれば連想される人物など一人しかいまい。


 ――ザーラ・オーフェルヴェーク。

 元王立騎士団第一大隊隊長。


 かつて最強の騎士と呼ばれていた女性である。

 王立学院で講師をやることになった、という噂は聞いていたが、どうやら本当だったらしい。


 ともあれ、この女性はそんな相手だということだ。

 ならば、返答など決まっていた。


「そうですね……じゃあ、一人ずつで」


「……へえ? いいのか? まさか、オレが誰なのか分かってねえってわけじゃねえんだろ? あっという間に終わっちまうぜ?」


 そう言いつつも、ザーラはどことなく楽しげであった。


 そしてレオンが勝手に答えてしまった形ではあるも、リーゼロッテ達から批難の言葉はない。

 むしろ、当然だと言わんばかりにザーラへと視線を向けていた。


「いえ、むしろだからこそですよ? だって――三人でやったら、あっという間に僕達が勝っちゃうじゃないですか。それじゃ互いのことがよく分からないままでしょうし、今後に差し障りもあるでしょうからね」


 ゆえにレオンもそう続け――ザーラが歯を剥いた。


「はっ――いい挑発だ。……って言いてえとこだが、お前は本気で読めねえからな……」


 目を細め見つめてくるザーラに、肩をすくめて返す。

 一応本気でもあったからだ。


 まあさすがにあっという間という部分は挑発ではあるが、勝つという部分で本気であり、そのつもりである。

 相手は元最強の騎士であるが、関係はない。

 いや……だからこそ余計にだ。


 レオンは最強を目指しているのである。

 既に最強ではなくなった相手になど、負けてはいられまい。


「ま、いいさ。とりあえずそういうことなら、胸貸してやるよ。そうだな……じゃあまずはお前からいっとくか」


 そう言ってザーラが視線で指名したのは、エミーリアであった。

 最初にエミーリアを選んだことに意味があったのかは分からないが……少なくともエミーリアは意味があると捉えたようだ。


「まずわたくしということは……つまりわたくし相手ならば万が一にも負けることはない、ということですの?」


「さて、どうだろうな? それはお前が一番よく分かってんじゃねえか?」


「……ええ、確かにその通りですわ。お二人のことを確かめることが出来なくなってしまうのではと懸念いたしましたが、どうやら必要なさそうですわね」


「でかい口を利くのは結構だがな。後で頭を抱えることになるのはお前だぜ?」


 そんな言葉と共に、二人の間に火花が散る。

 どうやら二人ともやる気は十分なようだと、レオンはリーゼロッテ共々下がることにした。


 念のため端にまで下がり……それを待っていたわけでもないだろうに、ザーラとエミーリアが中央で向かい合う。


「じゃ、始めっか。ああ、そうそう、武器使うんなら使っても構わねえぞ? つーかオレも使うしな」


 言葉と同時、ザーラの右手が背中に回される。

 頭の位置よりも上にある柄を掴み――と、その直後であった。


 金属同士がぶつかったかの如き、甲高い音が響いたのだ。


「おいおい……中々に血の気が多いやつだな」


 そんなことを言いながらも、ザーラの口元には笑みが浮かんでいた。

 その眼前には身の丈を超えるほどの大剣が構えられており、エミーリアの手にもまたいつの間にか槍が握られ、突き出されている。


 先ほどの音は、エミーリアの繰り出した槍の穂先をザーラが剣の腹で受け止めた音であった。


「あら、先ほど始めると口にされたと思いますけれど……? それとも、あれは合図ではなかった、と? それは失礼しましたわ」


「はっ……いやいや、確かにそれで合ってるぜ? 攻めてこなかったら、こっちから仕掛けるつもりだったしな。ああ、中々いい判断だったぜ? だがだからこそ、理解してるんだろ? ――オレに勝つつもりなら、今ので決めなくちゃなんなかったって、な!」


 鋭い叫びと共に、大剣とは思えぬ速度でザーラの剣が振るわれ、間一髪のところでエミーリアが後方へと退く。


 だがそれを読んでいたかのように、直後にザーラも前に出た。

 逃げるエミーリアを追うように剣が薙ぎ払われ、しかしエミーリアはそれも寸でのところでかわす。


 そこをザーラがさらに追い、エミーリアは逃げ……そこからはその繰り返しの、一方的な展開が繰り広げられた。


 傍目にはザーラがエミーリアの動きを捉えられていないようにも見えるが、あれはきっとそうではあるまい。

 その表情にまったく余裕のないエミーリアとは異なり、ザーラは明らかに余裕があるからだ。


 だがそれよりもレオンが気になったのは、エミーリアの動きそのものであった。

 先ほど目にした時からそうではないかと思ってはいたが――


「んー……やっぱりあの時の彼女だったみたいだなぁ」


「うん? 何よ、面識ないって言ってたけど、どっかで会ったことがあるってこと?」


「いや、面識がなかったのは事実だよ。僕が一方的に見たことがあるだけ。先日の入学試験の時、彼女が試験を受けてる様子を見る機会があってね」


 その時も彼女はああして魔獣の攻撃を避け続けていて、その姿が印象的だったために覚えていたのだ。

 まあ最初から最後まで避け続け、そのまま合格したから、というのもあっただろうが。


「へえ……そうだったの。あたしは最初の頃に終わらせたから、見ていないのよね」


「まあ僕は多分真ん中ぐらいだったしね。ちょっと受付で揉めたし」


「そりゃまああんたは揉めるでしょうよ。普通は男が騎士科の試験なんて受けに来ないもの」


「それだけじゃなくって、言動からするとどうにも男嫌いの人だったせいもあるっぽいんだけどね。……まあ何となく個人的にも嫌われてたように感じたけど、面識はないはずだしなぁ」


 そんなことを話している間も、一方的な展開は続いていた。


 ザーラが振るう剣をエミーリアは紙一重のところでかわすだけで、その手の槍でさばこうとする様子すらない。

 エミーリアの動きだけを見るならば先日の試験で目にしたものと似通ったものではあったが、先日よりもその顔に余裕はなさそうである。

 だが、槍を使う余裕もない、というよりかは、まるで触れたら終わりとでも言いたげだ。


 そして抱いたその感想が正しいということを、レオンは知っていた。

 もはやエミーリアに勝ち目がないということも、である。


 しかし誰よりもエミーリアが一番そのことを理解しているだろうに、エミーリアの目は死んではいなかった。

 これはあくまでも実力を測るための試験のようなものではあるが……あるいはだからこそだとでも言うかの如く。


 暴虐の中をひたすらに耐え続け……果たしてその時はやってきた。

 中々攻撃が当たらないことに業を煮やしたかのように、一際ザーラが腕を大きく振り被ったのだ。

 直後に叩きつけられた攻撃は当然のように当たらなかったものの、激しい衝撃波が周囲を襲った。


 今までのように紙一重でかわしていたのでは間違いなく巻き込まれる規模のもので、だがエミーリアはそれを読んでいた。

 大きく飛び退き、大きな隙を晒したザーラへと一直線に飛び込む。

 引き絞られ、突き出された槍の穂先が、ザーラの無防備な脇腹へと突き刺さり――甲高い音が響いた。


 剣で防いだのではない。

 槍の穂先は確かにザーラのむき出しの肌を捉え、しかしその肌に拒絶されたかの如く弾かれたのだ。


 分かりきっていたことであった。


「……ま、そうなるでしょうね。っていうか、今のわざとよね?」


「だろうね。完全に誘ってたし、やろうと思えば余裕で防げたりかわせたりしたんじゃないかな?」


「まったく……随分と意地が悪いわね。まあ、おかげでさっき言ってたことは確かに事実なんだって理解出来たけど」


「別に庇うわけじゃないけど、それも含めて必要だって判断したってことなんじゃないかな? っていうか、知らなかったんだ? 何となくただの知り合い以上の関係なように見えたけど」


「……確かにエミーリアとあたしは友人関係ではあるけど、あくまでも貴族として、だもの。そこまで踏み込んだ話はしないし、されないわ。……まあ、噂程度にならば聞いていたけれど」


「……そっか。まあ、そもそもわざわざ嘘を吐く理由がないしね。……魔力なし、か」


 ――魔力なし。

 それは、文字通りの意味だ。


 この世界の人々は、基本的に生まれた時から魔力と呼ばれるものを持っている。

 主に魔法を使う際の燃料的なものではあるが、純粋なエネルギーとして使うことも可能だ。

 身体能力の底上げをしたり、武器の一時的な強化や防御に使えたりもする。

 だが、理由は不明ながらこの魔力を持って生まれない者も稀にではあるが存在し、そういった者達のことを魔力なしと呼ぶのだ。


 これは本当に珍しいものであり、おそらく魔力なし以上に珍しい才能限界0のレオンですら魔力を持っている。

 むしろレベル0であることを考えれば、かなり多い方だ。

 魔力の内包量というのは生まれ持った素質に加えてレベルが上がることでも増えるのだが、レオンの内包魔力の量は大体平均的なレベル10の者のそれと同じ程度にはあった。


 というか、レオンが早々に次期当主扱いされていたはこれのせいでもある。

 生まれ持った魔力量が多いと才能限界も高い傾向にあるためだ。

 そのため調べるまでもなく才能限界は高いのだろうと判断されたというわけであり……閑話休題。


 で、そんな魔力ではあるが、実は魔力にはそれ自体がある特性を備えている。

 魔力は、魔力でしか貫くことは出来ないのだ。

 魔力で薄く身体の周りを覆っていれば、たとえ隕石が落ちてきたところで、その隕石に魔力が含まれていなければ無傷で生き残ることが出来る。


 ただ、魔力には相性もあり、その相性次第では貫くどころか激しく反発してしまう。

 そして男には魔獣を倒すことが出来ないというのも、この相性が理由なのだ。

 魔獣が纏う魔力は、男の魔力の全てを反発させてしまうのである。

 逆に女の魔力の場合は、まったく反発することはない。


 尚、男と女の魔力がぶつかった場合でも反発するが、魔力の質次第では反発を押さえ込んで貫くことも出来る。

 魔獣相手に男がそうすることが出来ないのは、魔獣の魔力の質が異様なまでに高いからだ。


 これは経験によって得られたもので、過去何人もの男達が必死になって挑戦し、その結果誰一人として魔獣に傷一つ負わせることが出来なかったという事実により判明したものだ。

 そうしてその結果として、魔獣の相手をするのは完全に女性の役目ということになってしまったのである。


 ともあれ、つまり先ほどエミーリアが放った槍が弾かれてしまったのも、ザーラの魔力に弾かれてしまったというのが原因なのだ。

 そして魔力を持たないエミーリアは、ザーラの身体の周りを薄っすらと覆っている魔力の守りを突破する手段がない。

 完全に詰んでいた。


「さて、お前の今の実力と状況はこれではっきりしたかと思うんだが……どうだ? 少なくともオレは理解出来たと思ってるんだがな」


「……そうですわね。確かに、これ以上の抵抗はみっともないだけでしょう。次の挑戦のためにも、今は降参いたしますわ」


「ほー……? 次、ねえ……まだやるつもりなのかよ?」


「当然でしょう? わたくしに魔力があろうがなかろうが、わたくしが貴族であることに違いはありませんもの。ならばその義務を果たすため、わたくしに諦めるという道はありませんわ」


「はっ……言うじゃねえか。だが良い目で、良い言葉だ。騎士を目指すってんなら、そうじゃねえとな」


 そう言って楽しげに笑ったザーラは、そのままリーゼロッテへと視線を向けた。

 その目は、次はお前の番だと単に順番を告げているだけのようにも……あるいは、お前はどうなんだと尋ねているかのようにも見えた。


 リーゼロッテは果たしてどちらの意味で捉えたのかは分からないが、確かなのは真っ直ぐに視線を向け返したということである。

 その様子に、ザーラの笑みがさらに深まった。


「どうやら、そっちもそっちで中々楽しませてくれそうだな」

予告通り、長くなりすぎてしまったので分割します。

続きは夕方頃に投稿予定です。

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