タダでは学園に行かせない!?
青い空の下、広大な景色が見渡せるどこかの草原。
その場所にぽつんと建った一軒家の屋根に仲良く寝そべりながらぼんやりと青空を見つめるのは、幼さをやんわりと残しつつも今や立派に成長した、黒髪と蒼い瞳が特徴の寡黙な印象をした『シャルル』と、対照的に活発な印象をした桃色の髪と紫の瞳が特徴の『ルルナ』。
「――ねえシャル」
「なんだい」
「ヒマだね」
「そうだね。暇だね」
「今日は大天星様が良く見えるね。こんなに近くにあるの、久しぶりだね」
「大天星イーシスは空より明るい星だからね。そんな珍しい事じゃない」
「そーなんだ。……ところで今のルル達のランクは?」
「余裕でSS+。世界非公認だけど」
「レイドモンスター討伐率は?」
「100%。世界非公認だけど」
「討伐時間は?」
「全部ダントツ。世界非公認だけど」
「じゃアイテムコンプリート率は?」
「それも100%。世界非公認だけど」
「……ルル達ってもう他にする事ないのかな?」
「そんなに暇なら合成の手伝いでもする?」
――その一言で、ルルナの感情が切れた。
「ああーもういいのッ! 伝説の武器の合成は飽きたのッ!」
「えーちょっと早くないかい?」
「じゃーさ、聞くけど今まで作った本数は?」
「えっと……魔剣レーヴァテインが14本に、聖剣エクスカリバーが16本、デュランダル11本、アロンダイト9本、グラムは4本か。これは意外と少なかった。ええとそれから――」
「だからもういいよ! そんなに作って何の意味あるのって聞いてんのッ!」
「分かってないなあ。合成素材が同じでも、それぞれの質は二つとないから完成した時のクオリティがみんな違うんだよ。運がいいと特殊効果付いたりするし」
「誤差じゃないの!? 大体その武器使ってこれ以上何倒そうっての!?」
「最大の敵は自分自身だからね」
「そんな哲学誰も聞いてないの! なんか他にやる事ないのってルルは言いたいの!」
「じゃあレア素材でもまた集めに行く? SS+級の素材がもうちょっとほしいんだよね。『邪竜の真核』とか『オリハルコン』とか『大海竜の髭』とか『セイレーンの聖涙』とか」
「いーやーだー! もう飽きたー! ファフニールもリヴァイアサンもバハムートも鉱石探しも海潜るのもお宝探しも全部ア”キ”タ”ーッ!!!」
「えーまだまだこれからじゃないのさ」
「だって、そろそろずーーーーーっとおんなじことし続けて2年だよ2年!? そろそろルル達の作った魔法倉庫もそろそろパンクするんじゃないの!?」
「もうそんなに経つのか。どんなに強くなっても、時間の流れにだけは勝てないね」
――――と、こんな会話をし続けるばかり。
はあ、とため息を吐くルルナはまたいつものパターンなのかと、大人しく寝転がる。
やがてそのまま会話も無く三分くらい経った頃だった。
「おーい『シャルル』、『ルルナ』。ちょっと見せたいモノがあるから降りてこーい」
「おっ何だろ何だろ! はーいパパ。今いくー!」
「……仕方ない。僕も行くか」
* * *
「さあさあ二人とも座れ座れ。マリスもちょっといいかー?」
家の中に入るや否やテーブル側の椅子に座るよう促される双子。
台所で洗い物をしていたアルクの妻マリスも同様に誘われ、腰掛ける。
「最近どうだ? 退屈してないか?」
「見りゃ分かるじゃんー。タイクツも退屈ぅー!」
「僕はまあ……いつも通りかな」
すっかり対称的な性格になった双子に、アルクはとほほと汗を一筋だけ流す。
そんないつも通りの光景をマリスは微笑ましく眺める、アルク家にとっての日常風景だった。
「喜べ、そんなお前達に今日は一つ『報せ』を持って来たぞ」
「なになにー? 勿体ぶってないで早く教えてよー!」
「まあそう急かすな。お前達前から学園には興味を持ってたよな?」
「学園って人が集まって色々学ぶ場所だよね? 僕等が他に全く知らない事は学園事情しかないからだけども、今更それがどうしたってのさ」
シャルルが意に介さない様子のままに答えると、アルクはそれを待ってたと言わんばかりに口を開く。
「そう、それだ。一言で表すならお前達は強い。頭脳だって明晰だ。だけど一つだけ決定的に足りないモノがある。ルルナ、なんだか分かるか?」
「うーん、友達かなあ?」
「うむ。まあ概ね正解だな。俺達はずっとお前達が産まれて来てからついこの前まで旅をしてきたし、それで得た物だって沢山ある。だけどそれ故に、本当はもっと先に知らないといけない『当たり前』を知らないままだ。マリスだってそう思うだろ?」
「そうね……。シャルとルルがどれだけ強さは学べても、『心』までは学べない……。両方同時って訳にはいかないわよね」
普段は明るくマリスが引っ張っているこの家族も、本当に譲れない大事な部分ではアルクが最終的に決める方針があった。だからこそアルクは双子がこれからの道を歩むにはどうしたらいいかと、旅を決意した時からずっと考えていた。
シャルルとルルナは、旅を通じたたくさんの出会いこそあったり、短いながらもある程度の交友はあったが、本当の意味での『人との信頼関係』は未だ誰とも結んだことはないのも事実だった。
確かに本音を言えばこれだけの頭を持っておいて、今更勉強して学ぶ事など何もないとはアルクも思ってはいたが、学園の本分はまた別の所にあるのも重々承知していた。
実際、今では伝説の竜だろうが歴史に残る大怪物だろうが軽く一捻りで倒せるだけの力を持ってしまい、とっくに毎日に飽きていたのだ。
――からこそ、アルクは『今』だと直感した。
本来の日常を知らない今の双子にとって最も重要なのは『人生勉強』なのだと、彼は改めて判断した。
「ほら、これアルカディア学園のパンフレットだ」
「おーすごい」「おーすごい」
その瞬間の双子の瞳の輝かせっぷりはアルクも久々に見る姿だった。
そして自分の判断は間違っていなかったと、心から思えた瞬間でもあった。
逆に一方で心配だったのは、彼が気がかりに思っていたのはそれまで自由奔放に生活していた双子が、急に学園というルールに則った生活を送れるかどうかだ。
――そして更にもう一つ心配だったのは。
「なあルルナ、シャルル。お前達はぶっちゃけ世界を滅ぼせるだけの力を持ってる事は自覚してるか?」
「……まあそれなりには」
「ルルもシャルと同じー」
双子の心境を聞き、安心した表情になるアルク。
――だが、その次には一転して真面目な顔つきに変わると、彼も改めて椅子に腰かけ直す。
「ど、どしたのパパ。急に怖い顔して」
「じゃ俺から一つ『約束』をしてほしい。これが守れないのならあの学園に行く事は認めない」
普段気の抜けた佇まいをしたアルクが、硬い口調になっている。それまで明るい表情だったルルナもその剣呑な意志に飲まれ思わず唾をごくりと飲み込んでしまう。
そして少しの間を置くと、アルクは口を開く。
「あの学園にいる間は、絶対に目立たない事。試験は全部最低ラインでクリア。そして編入後も成績は『必ず最下位クラスに居座り続ける』事が、俺からの条件だ」