いづみへ報告
ウィリアムのホームステイが終わって、いづみにメールを出した。
最後のごたごたしていたころ、私といづみのラインは途絶えていたので、こんな状況を知らせても良いか少し迷ったのだけど、ありのままを伝えることにした。
ウィリアムはご飯を食べなかったこと。そのせいで、子どもたちと少し関係が悪かったこと。そして、私たちに相談しないで勝手に向こうに行くことを決めてしまったことを書いた。
だけど、私たちは彼のことが大好きだったからそうなったわけで、本当は今でももっと甘えてほしいと思っているし、泊まりに来てほしいと思っている。
それを伝えたら、
「なんか、ごめんねー。私が頼んだばっかりに嫌な思いさせて」
って、電話が来た。アメリカから。
そしていづみはすごく驚いていた。
なにしろ、彼女は2年くらい前までのウィリアムしか知らないわけだ。その頃のウィリアムは何でも食べていた。少なくとも不味いなんて言う子じゃなかった。しかも、(外食で)食べ過ぎて3度も吐いたってバカなの!?って呆れていた。
そうか。
そうだよね。なんか気づかなかったけど、やっぱりバカだよね?だって、自分の限界を知らずに6週間で3回も吐いたんだよ?(うち一回は学校を休む羽目になった)そりゃ、確かに大バカだわ。
いづみはアメリカ人の考え方を交えて私とたくさんお喋りしてくれた。
「多分ね、コミュニケーションがうまくいかなくてそうなっちゃったんじゃないかな。それで、マロンは一生懸命やりすぎちゃったし、ウィリアムはうまく応えられなかった。だけど伝わらなかっただけだと思うよ」
確かに、私は一生懸命やりすぎたんだと思う。
ピアノの生徒さん相手にもそういうことは多々ある。誠意を持ってコミュニケーションすれば、絶対に分かり合える。親しくなりたい、分かり合いたい。
時間をかけて一対一でじっくりと信頼関係を築くことを普段からやっているために、ウィリアムともそうしようと無意識に、かなり一生懸命やってしまったのだ。
だけど、ウィリアムとは会話がなりたたない。英語もイタリア語も中途半端。文化の違いを越えてまでお互いを分かり合えるような言葉を紡げるほど、そんなには喋れない。そりゃ、単なる伝達事項はできるよ。だけどまず、ウィリアムはティーンの男子。伝達事項すら直前までしてこない。まず言葉不足だ。
そして、文化的背景や親子関係、育ち方、環境、考え方を推し量りながら、それに適した言葉をかけることは、イタリア語では無理。それができるのはネイティブだけだ。
つまり私は、できもしないことをやろうとしていたんだ。
そりゃ、無茶だよ。すれ違っちゃうよ。窮屈に感じるよね。
はあ。今頃気づいたよ。
だけど、いづみはそんな私のことをわかっていた。
「マロンは本当にウィリアムのことを気に入っていたんだね。大丈夫、ウィリアムもそれはわかっているよ」
このいづみの言葉が私を救ってくれた。
「こんなに心を尽くしてウィリアムの世話を焼いてくれて本当にありがとう。マロンに任せて良かった」
アメリカと日本の心を知るいづみに、こんな風に言われて、私はやっと報われた気がした。




