最後の夜
和牛ビーフの続き
和牛ビーフのソースができると、次は肉をタタキにするためにフライパンで少し焼く。それまでの間、ウィリアムは少し座って私とお喋りしていた。
「今日は豪華だね」
「楽しみだね」
のようなことを話していたんだと思う。その時ウィリアムが何かを言ったのを私は聞き取れなかった。聞き取れない顔が分かって、ウィリアムは翻訳機に打ち込んだ文章を私に見せた。
「今日は最後の夜だから」
えっ。
どういう意味?
今週で最後だけど、今日は火曜日。まだ日曜日まで一週間近くあるよね。
「明日からみんな(子どもたちが)キャンプに行くだろ?だから僕も他の家族のところに泊まりに行くことにしたよ」的なことを英語で。
え、
なんで・・・
前にその話ししたよね。ここに居てって、言ったよね。
なのになぜ、どこかへ行くの。
しかも今日で最後って、急すぎじゃない。
頭の中が真っ白になって、口がアウアウ動いてるのに言葉が出ない。英語も日本語も。
「ダイジョーブ?」
大丈夫じゃないよ。
そんな私を見て、ウィリアムはおどけて踊り出した。
「最後だから和牛ビーフ!和牛ビーフ最高!」
だからナンダヨ。
最後ってナンダヨ。
「イエーイ!和牛ビーフ最高!これで彼女もいたらもっと最高!」
おどけてごまかしやがったな。
でも泣かない。
笑っていようって決めたんだから。普通に、自然に、振舞うんだ。
頑張れ、私。
「今日までお世話になったから、和牛ビーフでごちそうだ。明日からはあっちの家にうつって、そのあと数か月日本語学校に通うことにした」
愕然としてウィリアムの言葉が耳をすり抜けて行く。
向こうの家にうつって数か月って・・・?
ウィリアムが何を言ったのかわからない。本気で理解できなかった。言葉が通じないとかそういうレベルじゃないところで、何を言われているのかわからない。
だけどわかることはある。
私がここに居てって言ったのに、ウィリアムは聞き入れてくれなかった。それだけだ。
さすがに、その日は泣いた。夜中にひとりで泣いた。
ここに居てって言葉を聞いて尚、余所を選んだウィリアムの選択が悲しくて悔しくて、泣いた。
この日のことを思い出すと今でも胸がズキンと痛みます・・・
次へ続きます。




