不機嫌
ウィリアムはたこ焼きが好きである。
それで、きっとお好み焼きも好きだろうと思い、ある日の夕食をお好み焼きにした。
子どものPTA関係の帰りで遅くなりすごく疲れているところ、朝のうちに準備しておいたキャベツと材料を混ぜ合わせようとしたところで、ウィリアムが
「これから作るの?夕飯は何?」
と聞いてきた。
「今から作るよ。今日はコレ」
と、お好み焼き粉の袋を見せると、彼は
「僕はそれを食べない。ラーメン食べに行ってくる」
と立ち上がった。
えっ。
あなたのために、お好み焼きにするのに、食べないの?
「僕は前に、たこ焼きを食べすぎて具合が悪くなったから、それに似ているコレも多分具合が悪くなる。きっと吐くから」的なことを英語で。
いやいやいや、ちょっと待って。たこ焼きの蛸は消化に悪いし、あなたが外で食べてきたたこ焼きは外食のだから油っぽいけど、ウチで作るお好み焼きはキャベツもいっぱいだし、油もそんなに使わないし、ラーメンよりずっとヘルシーだよ?
となんとか伝えようとするけど、どうも伝わらない。
「じゃあ、ちょっとだけ食べたら、ラーメン食べに行く」
と、訳の分からない譲歩案を言われて、仕方なくオーケーした。
だけど私はすっかり不貞腐れてしまった。こんなにドロドロに疲れているところに、相手のためを思ってしたことを全面拒否されて、笑っていられるほど大らかでいられない。今までだって、一生懸命心をこめて作ってきた料理の数々で、ウィリアムに美味しいと言われたものなどひとつもないのだ。燻っていた感情が止められず、私は非常に不機嫌な顔をしていたのだろう。食卓は無言で、暗かった。
ウィリアムはほんのひと口かふた口食べて、いつもは言わない「美味しかったよ」を言ってくれた。相当に気を使ってくれたんだろう。
だけど私は笑えなかった。
その日はすごく辛かった。
確かに私は疲れていて、それにウィリアムの偏食にまいっていた。だけど、どう考えても私は大人げなかった。
私の影響力は大きい。
私が笑っていないと、食卓が暗くなってしまう。誰かがどんよりしていたって、私が元気なら食卓は明るい。それが“お母さん”という存在。実際、そうだと思う。
それを、外国に来て、言葉も通じないで、好きな物も自由に食べられない子どもそっちのけで不機嫌な顔をまき散らしてしまったなんて。彼はきっとどうしようもないほどに居心地が悪かったことだろう。
彼が「美味しかったよ」と言ってくれた時に、笑って「ありがとう」と言えれば良かったのに。だけど、その時の私は無理に顔を動かしたら泣いてしまいそうだった。それくらい疲れていた。それで、ウィリアムに嫌な思いをさせてしまったんだ。
反省した。
ごめんね、ウィリアム。明日からはちゃんと明るいお母さんでいるからね。許してくれるかどうかわからないけど、私も頑張るから、ごめんね。




