「ブルームーン」
「 If I wan't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive.」
タフでなければ生きてゆけない。 優しくなくては生きている資格がない。
レイモンド・チャンドラー
狩人が来る。
彼は赤く濡れた指先を舐めた。
しかし、その感覚は風のように鋭く遠ざかっていった。
ーー見逃したな。
彼は永く生きている。
生き延びる術をよく心得ていた。
ハンターたちは目立つ事件を追いかけるのだ。ならば、証拠など残さなければいい。
厚い肉切り包丁は、すっかり血脂で切り口が鈍くなってしまった。
包丁についた赤い液体を舐めとって、彼は包丁を研ぎ直しはじめる。
ある時はイギリスで。
ある時はドイツで。
長年繰り返してきた作業に迷いなどはない。
丹念に研いでいると、彼の心は安らいだ。
何故ならここからが一番の饗宴の始まりなのだから。
一心に包丁を鋭くさせている彼の足元には、人間の手首と足首が30個以上。
虚ろに目をあけた生首が、無造作に皿の上で飾られている。
「ブルームーン」
魚介が大盛りになったラーメンの湯気がのぼる。
それも、メガ盛り3人分の器がカラになっている横で。
周囲の観光客や店員の視線が釘付けなのは、細身のモデル体型の青年がフードファイターの如くラーメンを制覇しているだけではなかった。
連れの一人。いっそ幼気な赤いフードの小さな少女は肘をついていても可憐である。
更にはもうひとりの連れ、目つきが鋭く長身の青年は大食漢青年よりはやや年上のようだが、薄着に黒ジャケットでロックでもやりそうなスタイルで、しきりとタバコを吸っていた。
連れの二人は飲み物だけ、目つきの悪い青年が餃子一皿を頼んだのみ。
それもラーメン大食い青年によって半分は消えていた。
ーーどういう連れなのだろう。
どちらかの妹なのかもしれないが、家族というには何かギスギスしている空気に、周囲はヒソヒソと憶測を囁いていた。
北海道の善良な皆様の注目を集めているのは当然のことながら、天使と天使とその下僕の悪魔である。
対悪魔武器を作ってもらおう~北海道ツアーの真っ最中なのだが、札幌に着くなり”かぐや”から今は手が離せないから時間を潰してこいと拒否られた。
観光するわけもなく、やることもないので北海道の海鮮の魅力にメロメロの雛阪の胃袋に付き合っていたのだ。
狼がこだわったのは禁煙じゃない店という一点。
赤ずきんは最早どうでもいいらしく、無関心に放心している。
そんなわけで悪魔は久々の御馳走に、遠慮なくありついていた。
雛阪はとりあえずきちんとした格好を、と細身のタイをしめている。
「しっかし、よくまあ食えるもんだな。飽きるってこたねえのか」
「だって、めっちゃ美味しいんですよ!!しかもいつまた北海道にこれるか大神さんだって分からないでしょ!?悪魔でも食うべし、食うべしです!!」
汚さないようにタイを胸ポケットに挟んでいる雛阪の姿は、少々おっさんじみていた。
雛阪が食べているのはメガ盛り1杯一人で食べ切れたら無料ーーという食べきれない前提のガチ大食い選手権ものだ。
それを4杯目なわけで、狼が呆れるのも無理はない。
切れ長の目を細めて紫煙の行き先を眺めながら、狼は下僕にしばしの平和を与えることにした。
いざ会計で揉めたのは、食べきったから1杯目は無料でいいが残りは支払うという雛阪に、店長が「いい食べっぷりだったから」と全部無料にしてくれたせいだ。
狼に云われて『めっちゃ美味しい』と言った雛阪の言葉も影響しているのだろう。
「ああ、美味しい食事に親切な店長さんなんて、すごい、いいところだなあ」
「多分それでも、二度とくるなクソ野郎と思われただろうな。あれだけ喰われたら二度目の無料なんざねえぞ」
「気は済んだの、ポンコツ。この世に思い残こすことはない?」
「死亡フラグみたいなこと言うのやめてくれます!?未だ食べ残したものは山ほどあるっす!!未だ死ねないっす!!」
ザクザクと道を歩く3名は、デイライトのアプリというものを使わなくてもコードネームかぐやの存在を感じていた。
自分たちがどの辺を歩いているかは全くわからないが、感覚で進む。
やや行って、古びた日本家屋の家で一行は立ち止まった。
ご丁寧にも表札には「竹取」と出ている。
かぐやの仮の名前なのだろうが、コードネームからはそのまますぎだ。
「おう、邪魔するぜ」
「狼、靴。ここは日本だから脱ぐのよ」
「僕の家に何回土足で入ったんですか、よそでそれは駄目ですよ」
「うっせぇぞ、小僧。てめぇの指が折れる音を自分で聞きてぇか」
玄関でやいやいやっていると、屋敷のヌシが現れた。
ロングの黒髪に着物、少女と女性の間くらいーー見た目年齢だけだと19歳ほどだろうか。
艶やかな笑みで、とても武器の専門技術者とは思えない。
「遠くからおおきにな、まあ茶でもしばいたって」
和風清楚な口から出たのは、何故だか不思議な関西弁であった。
「え……かぐや、さんって関西に長くいたんですか?」
「知らねぇよ、俺とスイートの武器の調整してもらったときにはドイツにいやがったしな」
「はあ……そうですか」
廊下を先にいくかぐやの見た目だけなら、日舞のお嬢様といって差し支えない。
何故天使ってオカシイんだーーと思った雛阪を赤ずきんが小さな足に見合わない破壊力キックをかました。
「痛い!!ナニユエ!!?今のはなんですか!?」
「あのね、ポンコツ。私の契約の羽を持ってもう日数経ってきたわね?アンタの思考もこれだけ近いとだだ漏れなの、ポンコツ」
「そんなッ!!人権侵害です、プライバシー侵害ですッ!!部屋は諦めても心の中まで読まれたくないです、拒否権はどこですか!?」
「人権なんかねぇだろうが、カイト・ボーイ。おまえさんにあるのは悪魔権利で、そいつはゴミより役にたたねえモンだ。せめて加護の権利だけで諦めるこったな、悪魔の権利なんざ南極の果てにいっても存在しねぇよ」
それなら何故最初の一枚、”シンデレラ”に思考は読まれなかったのか。
もらったのはもう60年以上前のことだ。
あれきり会っていないとはいえ、持っているだけなら一番長いことになる。
「そいつは”契約者”と過ごした日数にもよるってこったな。いっぺん会ったりじゃ念波までは読めねぇよ、つうかあの万年頑固女を一日でよく口説き落としたな少年」
「だから、思考を読まないでくださいッ!!!僕が発言したことにだけでいいです!!」
「あとは、私と狼はペアで長いから。ペアの羽を両方貰えばより繋がりが深くなるのよ。物凄い不本意だけど」
「すみませんね!低級ニバスなんかで!!いっときますけど僕に拒否権なんかなかったんですからね!!生きるか死ぬかなら、生きるしかないでしょうに」
ドスドスと雛阪にしては足音も荒く先に進むのを見ながら、狼は咥えタバコで小さな相棒を見た。
「生きるべきか死ぬべきかってな。けど、なんだかんだ言って、相棒はアイツのこと気に入ってンだろ。そうじゃなきゃわざわざ契約しねぇわな」
「ただ、ひさしく人間食べない悪魔を見なかっただけよ、あとはたまたま都合よかったし、紅茶を美味しく淹れられる特技だけはポンコツの取り柄でしょ。次にそんなくだらないこと言ったら締め上げるわよ」
「おお、流行りのツンデレってやつか、イカしてるぜ、相棒」
「ーー仲間がこれだけ減らなかったら殺してやったのに」
ニヤニヤと笑う狼を無視して赤ずきんは雛阪の後を追う。
ゆっくりとした足取りでその背中についていく狼は、未だからかうような笑みでジッポの蓋を鳴らしてタバコに火を付けた。
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悪魔モノローグ、次々回まで出番待ちなので、皆様忘れないでくださいw
そして平和なツアー。雛阪は食べるのみ、あくまで食うべしw
そして出てきた「かぐや」いかがでしょうか。うさんくさいなまりは作者のせいではないです、キャラ立ちです(言い逃れ)次回はかぐやによって雛阪の過去や、赤ずきんと狼の秘密のひとつ。その他天使の加護についての説明があります、ので平和回?です、グロなしでも読んでくださいませ。