{Change before you have to.変革せよ。変革を迫られる前に}
「この地上が
わたしたち人間の
故郷となるためには
かぞえきれない
涙と血が
大地に
沁み込まれなければならない」 ハンス・カロッサ『秘儀』より
彼女はゆっくりと咀嚼していた。
人間の血肉が、目玉が、食するごとに力となって歓喜と飢えをつのらせていく。
取り出したばかりの眼球に、力なくぶる下がる視神経の血管に存分に舌を這わせてから口に含んで転がす。
熟れたトマトよりも芳醇な、柔らかい食感に恍惚として歯を立てた。
何度聞いても、ぶちゅりというこの音が堪らない。
手足と舌を封じてしまえば、人間など只の静かな餌だ。それも極上の。
「あら、やっとご対面ね、『目玉コレクター』さん」
「……殺してあげる……速やかに」
小憎らしい天使の気配は何度か感じていた。
其のたびに移動してきたのに、眩しいほどのオーラが二つ、彼女の前に舞い降りた。
ブロンドの髪の少女が持つのは外見にそぐわない釘バット。
赤毛のゴスファッションの少女は、鎖の音を鳴らしながらモーニングスターを軽々と持っている。
『殺戮の天使……!』
「そうね、冥土の土産にコードネームだけ教えておいてあげるわけ。私は”アリス”、こっちは”チェシャ猫”、アンタの存在消してあげる!」
アリスの凶悪な釘バットが振り下ろされるのを、彼女は長い尻尾で受け止めようとしてーー耐えきれずに吹き飛んだ。
あれだけの人間の目玉を喰って力は増しているはずなのに。
体勢を直す暇もなかった。
チェシャ猫がモーニングスターを、彼女の顔面に炸裂させる。
鉄球とその回りにある針が、激痛を与えながら食い込んだ。
鉤爪でその鉄球を押さえながら、必死に鎖を手繰ろうとする間に今度は反対側の横面に釘バットが打ち込まれる。
痛みに喘ごうと開けた彼女の口に、秒速で釘バットが突っ込まれ、そのままバットは貫通した。
彼女の口と、地面を縫い付けるように。
「……バイバイ」
未だ飢えている。
この天使の目を食べれば、もっともっと壮絶なパワーが手に入る。
残るのは全て渇望の感情。
その頭に、永遠の死への旅路へとモーニングスターがめり込んで陥没する。
彼女の体は黒い液体のように流れ、そして灰となって消えた。
「さ、今すぐケネディ国際空港に行くのよ!未だフライトがーーーー」
言いかけたスーパーモデルのようなアリスの体が、地面に叩きつけられる。
駆け寄ったチェシャ猫の目には、今倒した悪魔とよく似た風貌に角が生えたモノが映った。
「うそっ、二組いるなんて聞いてなーー」
「……殺す……アリスに手を出すの、許さない……!」
モーニングスターが唸る。
チェシャ猫の小さな体が大きくジャンプしながら鎖で次の標的を縛り上げた。
そのまま、厚底ブーツがためらいもなく悪魔の顔面を蹴り砕く。
「さっきのが目玉喰い、こっちは手足担当ってわけね!くだらない罠なんか張っても無駄、どうせなら同時に攻撃すればまだしも勝機あったわけ!」
起き上がったアリスが力の限りに、釘バットで殴打した。
チェシャ猫も鎖を解くと、鉄球を何度も振り下ろす。
目玉喰いよりは力が弱いのか、声も出さずにめり込む武器に体が穴を穿たれて、どんどん灰になっていく。
「今度こそ、最後よ!」
アリスが放った一撃で、悪魔は砂粒のように溶けて消えた。
後に残るのは、食い散らかされた人間のバラバラ死体が二つ。
チェシャ猫はモーニングスターを軽く振り回して悪魔の残留物を飛ばすと、楽器ケースを開けて恐ろしい武器を閉まった。
「浦島の馬鹿に連絡ついでに、めちゃくちゃ罵ってやる!浦島も乙姫も、リサーチがいつも甘いのよ!情報と探知がメインのくせに仕事が雑なわけ!」
「ニューヨーク市警にも……連絡させる……」
「当たり前よ!そのくらいあいつらがやって当たり前なわけ!そういうタレコミもデイライトの資金になってるんだから」
怒りながら釘バットを片付けようとして、アリスはふと気がついた。
先程の転倒で、お気に入りのスカートがすっかり汚れていることに。
それから延々1時間、デイライトのアプリ通話でアリスは浦島に苦情を叫び続けた。
チェシャ猫はステイシーズ ピタ チップスのココア味を3袋。M&M’sのチョコレートを4袋を平和そうな顔で食べながら待っている。
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アリスの釘バット、チャシャのモーニングスターのお披露目回でした!撲殺コンビです。赤ずきんたちたちの射撃コンビとはまた違うコンビです。
次回よりまた新章です!赤ずきんたちのカムバック!