ハンタームーン 02
「溜息と怒号の中で
神様は欠席である
新型自動車が彼を轢いた
金属と会議の中で
タイプライタアはタイピストを打つている
法律は黒いトルソオをつくる
紙幣は好んで奴隷を使う
かるが故に
人間は狼にあこがれざるを得ない」
谷川俊太郎「二十億光年の孤独」より
”狼”はスマートフォンに時々目をやりながら、マップを確認していた。
不慣れな日本の地理にはイラつかされる。
海外では全ての通りに名前があるのに、この辺境の島国ときたら狭い癖に不案内だ。
どの辺が「おもてなしの国」なのやら、悪態もつきたくなるというものだ。
「この辺のはずなんだが、”ネコ”のやつ、クソくだらねえ相手だったら今度こそ首掻っ切ってやらぁ」
「パリは良かったわね。日本なんていつ以来かしら」
「クソ忌々しい禁煙がどこいってもついてきやがる。パリはまだその辺緩かったからいいもんだけどよぉ、灰皿くれって言えば地面を指す連中は愛すべきだろ?」
「そんなどうでもいい意味で言ったんじゃないわ」
”赤ずきん”は立ち止まらずに、小さな赤い靴を鳴らして歩いて行く。
”狼”は未練がましく火の付いていないタバコのフィルターを齧ったまま、その後ろをついていきながら不平を続けた。
「これで低級相手だったらヨーロッパからわざわざ来た意味がねえってこったよ。”ヘンゼル”と”グレーテル”あたりにくれてやりゃ今頃はハロッズで優雅にお茶でもすすってられたのに、参ったぜ」
「あの二人は、未だウェールズじゃないの」
”赤ずきん”はそんな愚痴など半ば聞き流している。
上の空で、夜でも明るい空を見上げながらさっさと相棒を置き去りにする。
「グランドクロス駅でハリーポッターごっこでもしてやがんだろ。俺が言いたいのはこれだけだ。誰か他の奴らに押し付けろ」
「随分近代的なおことばね、そんな最近の本を読んでるなんて知らなかったわ」
「ニーチェで時代が止まってるお前さんとは違うってこった。なあ、スイート、お嬢ちゃん。この街は随分清潔だが、人間どもの悪臭は鼻が曲がるんだよ」
二人は駅から大幅に離れて、小さな商店街の通りに入っていた。
大型スーパーに撤退を余儀なくされたシャッターの店が多い中、二人の足が止まる。
人気はほとんどない。
「”狼”、ここね」
「ああ、そういうこった。デイライトのアプリで確認するまでもねえ。カナダのスパゲッティより気持ち悪い感触がくるぜ」
”狼”がバックパックを下ろす。
その手に掴んだのは、9ミリ口径の自動拳銃グロック。
”赤ずきん”が引っ張り出したのは、可憐な少女には似つかわしくないほどいかついサブマシンガンだった。
しなやかな長身の”狼”がグロックのスライドを動かして、弾を送り込んで裏口へ回った。
ロックされたままのシャッターに手を掛けて、”赤ずきん”は美しい笑みを小さな唇に浮かべる。
「さあ、ハンタータイムよ」
細く華奢な腕からは想像もつかないパワーで、シャッターの鍵がはじけ飛んだ。
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はい、もう狼が大問題です、ここで嫌になる人がいるのではないかと。海外小説のノリになるので、意味がわからんって人も多いと思います。ハロッズは英国の有名な店ですね。カナダのパスタについては作者も実食しましたが、もうあれはパスタではない何かです、アルデンテを敵に回すほど溶ける限界までゆだってるので、食べた瞬間に「ぬちゃ」として伸び切ったラーメンより悲惨な状態です。狼については延々こういう例え話しがでるので、「はあ?」と思ってしまうひとがいる・・・かもしれない。
次回がけっこう長いのでここでキリました。