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赤ずきんが真実を語ったのかどうか誰も知らない  作者: 相木ナナ
「王子だからといってイケメン補正をかけるのはやめてくれ」(各王子より)
14/18

「レイニーシティー」

18 「イエスは彼らに近づいてきて言われた、「わたしは、天においても地においても、いっさいの権威を授けられた。

19 それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との御名によって、彼らにバプテスマを施し、

20 あなたがたに命じておいたいっさいのことを守るように教えよ。見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである」


マタイ28:18-20より


 コンラート・ブッフハルトは不安に顔を歪ませていた。


 待ち人が早く来てほしい気持ちと、待ち人を見られたくないという造反した心が激しく回転している。


 帽子を深くかぶり直す。


 このドイツのフランクフルトから少し離れたネッカー川沿いの田舎で、コンラートが一人で佇んでいるだけで不自然だ。


 ネッカー渓谷などの観光客が帰路についていくのを、新聞で顔を隠しながら見送る。



 ただこの一ヶ月のことを思えば今の不安はささやかであるかもしれない。


 コンラートは不安のあまり、ビールを飲みに家に戻ろうか逡巡した。


 しかしこれから来る待ち人は聖職者だ。


 ぐっと我慢したものの、喉が乾いて痛い。



 待ちに待った相手が来たのは夕焼けの時刻であった。


 闇を背負ったような黒い服装の二人組。


 神父とシスター、まさしくコンラートの待っていた相手だ。



「貴方がコンラート・ブッフハルトさまですね?」



 問いかけてきた神父の声は柔らかい。


 30後半か40代だろうか。おもったより若かった。



「は、はい!家では妻のユリアンナがお二人をお待ちしております」



 コンラートはドイツなまりの英語でなんとか返事をする。


 周囲を盗みみるコンラートの目線に、神父とシスターは気がついていた。



「ルターを排出したプロテスタントのドイツの方からは、カトリックである神父がいることは目立ちますね、申し訳ありません」


「いえ……その、それでもお呼びしたのはわたしらですんで」


「よくぞ勇気を出して連絡してくださいました。先に送った護符はもう?」


「はい、神父さまに言われた通り、部屋に貼っております」



 シスターが神経質に眼鏡を押さえながら、神父を促す。


 ブルネットの髪はほとんど隠れているが、知的に輝く目が眼鏡の向こうで光っている。



「いきましょう、ここで立ち止まっていては目立ちましょうから」


「ええ、では行きましょう」



 コンラートは案内をしようとしたが、神父たちは迷わずコンラートの家のほうへ先に足を向けていた。


 何故だろうと思う暇はコンラートにはない。


 通りすがる人々の目を気にして、神父たちと知り合いのような他人のような絶妙な距離を保つ。



 ーーこっちを、見るなって。ハイデルベルクにでもいっちまえよ。


 ドイツは清潔の国だ。


 隣の家の窓が汚れているだけで隣家から声をかけられるのが当たり前の中で、コンラートとユリアンナはこの一ヶ月正気を失う寸前だった。



「こちらですね?」


 神父とシスターが立ち止まったのはコンラート・ブッフハルトの家で間違いなかった。



「やはり、おわかりになるんですかな……その悪魔祓いエクソシストの方には」


「ええ、残念ながら悪霊の気配がします」


「では、あの、息子のドミニクはーー助かりますか」


「残酷なようですが、それは見てみないことには。出来れば、奥様と一時間ほど外に出ていらしてください」



 コンラートは唾を飲んだ。


 小窓から外を窺っていた妻のユリアンナが、コンラートの表情に思わず飛び出してくる。


 コンラートは、その妻の手を必死に握った。



「あとはおまかせして、少し川沿いを歩いてこよう」


「でも、あなたーーあの子は」


「ヴァチカンから派遣された素晴らしいエクソシストの方だ。私らはただ祈るしかない」



 疲労で窶れた顔を見合わせて、夫妻は互いに支え合うようにして歩きだす。


 弱々しい夕日だけが頼りのように。



「さてーーお仕事の時間だよ、”シンデレラ”」


「ええ、さっさと終わらせてしまいましょう。神の栄光を求める人々の為にも」



 二人が玄関を開けると、弱々しい子供の叫び声が響く。



誰かビッテ・ヘルフェン助けてください・ジー・ミア……」


助けてヒルフェ……」



 子供部屋は異質な状態であったが、コードネーム”シンデレラ”と”白王子ホワイトプリンス”には何の変化もない。


 拘束具の上から頑丈なロープで巻かれた子供が啜り泣いている。

 

 部屋には、シンデレラお手製の護符が貼られていた。


 そして二人が入室した時点でドアにも同じものが貼られる。



「ドミニク・ブッフハルトーー否、悪魔アスタロト。いつまで人間のふりをしているのかな」


嫌だマイン・ゴット……。やめてニヒト


「我ら天使の前で猿芝居とは、なんたる屈辱。いい加減になさい!」



 シンデレラがシスターの服を慎み深くたくし上げると、足にくくりつけられた鞭が見えた。


 すかさずその鞭を翻して、シンデレラは拘束されている『子供』に振り上げる。



「憑依しては逃げ切ってきたんだろうが、逃げ場もないことはわかっているだろうね」


何かインゲントヴァスいつもと・ステイムト・違うでしょうヒア・ニヒト



 シンデレラの完璧なドイツ語と共に、拘束着の上から鞭が高速で”子供”に巻きついた。


 そしてそのまま鞭は撓って、更に強く縛り上げる。



きなさいフォルヴェールツ、アスタロト!!」


くそ忌々しいゴットフェルダムテ、殺戮の天使ごときが』



 弱々しい”子供”の目が見開かれた。


 狂気の視線が目玉を回転させて、口がだらしなく開かれる。



「ようやくお出ましかい、ゲス悪魔くん」


『お前らみたいな馬鹿天使に高位悪魔が膝を屈すると思うのか?ゾディアック、サムの息子、ジェフリー・ダーマー、過去には切り裂きジャック、ヒトラーも見逃したお前らが』


「今の発言は訂正させていただきます。元々彼らの一部は悪魔の破片が入って内なる悪が目覚めたもの、憑依が抜けても自我が崩壊したものも多数含まれており私どもの業務怠慢だけではりません」



 シンデレラが眼鏡を光らせたまま、法律家のごとく淡々と罪状認否のように発言した。


 白王子は、場に似つかわしくない苦笑を浮かべる。



「確かに力不足は認めるがね、君の命を断てる今日は幸いなるかな」


『そうはいくか。子供ごと道連れにしてやる。おまえら天使は人間に危害は加えられないのは承知の上だ。子供ドミニクを殺せない限り、憑依は終わらない』


「それも、否定させて頂きます。誰が殺さないといいました?大いなる悪の前では、人の子一人の犠牲は止むをえないのですよ。今すぐその喉元アダムのリンゴに慈悲で安らかに死なせてあげましょう」



 ”子供”の首が回る、ゴキリとゴキリとゆっくり90度回る。


 やがて、そのままありえない捻転をして、子供の首はねじられたまま、目からは凄惨な血が涙のように流れたが、天使たちは無表情に見つめていた。


 白王子の神父の祭服から出てきた、無骨なクロスボウが悪魔の額に当てられる。



「父と精霊と子の御名によって命じる、ドミニクの魂の安らかならんことをーーアーメン」



 悪魔アスタロトの体が拘束着を弾き飛ばして、天使に飛びかかる。


 白い濁った瞳から、血を垂れ流したまま。



「お行儀が悪いですわよ、()()()()()()。神の御慈悲がありますように」


「神に祈る暇も、生まれてきたことを反省する時間も与えないよ。最も君たち悪魔には祈る神もいなだろうがね」



 シンデレラの鞭が子供の体から抜けた一瞬をカウンターで弾き返した瞬間に、クロスボウから発射された2本の太い矢が悪魔の体を貫通した。


ドイツ編、開幕!とはいえ短いのですが。とりあえず、このドイツ語ルビを褒めてください(内容は


憑依担当シンデレラ組、なので「エクソシスト」という。シスターシンデレラでした。

初のおっさん王子ですが(まあ見た目は変えられるんですが)多分、一番いいひとです。

ちなみにドイツでは喉元のことをアダムのリンゴといいます。

ドイツのルターは、プロテスタント始まりの人です。エクソシストは神父のカトリックのものなのですね。同じキリスト教でも何度も宗教戦争が起きてるので、外国では敏感でナイーブな問題です。プロテスタントは牧師、カトリックは神父です。笑い話として、カトリックの(イタリアなど)はご飯がおいしくてプロテスタントの国(ドイツ、イギリスなど)はご飯がおいしくないという話もあったり。

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