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第1話:裏町のスキル・ショップ

第一章 あらすじ。


日々研鑚することで手に入れることが出来る能力、いわゆる<スキル>。

それを貸す店があると聞いて、貴族令嬢アリスはその店を訪れる。

店にいたのは『異世界』から来たという若い男・トウタで――?



 雨は強くはなかったが、雨外套の裾からぽたぽたと雫をしたたらせる程度には降っていた。

 雨外套の裾をばさりと振って、アリスは後ろを振り返る。


 裏町からさらに一本入った路地裏の道は、石畳はあちらこちらで欠けていて、あるいは降る雨を吸って滑りやすくなった泥に覆われていて、歩きにくいことこの上ない。

 かかとの低い靴にすればよかったのだとアリスは悔やむ。

 少しばかり武技の心得があるアリスでさえそうなのだから、靴以外は似たような格好で後ろに続く中年の侍女のマーサはよろよろと壁に手を付いている。その壁もお世辞にもきれいとはいえない。


「だから待っていなさいと言ったではないの」

「そうはいきません。このようないかがわしい場所にお嬢さま一人で立ち入らせるなど、旦那様にもなくなった奥様にも申し訳が立ちません。お嬢さまは小なりといえどれっきとした貴族家の――」

「もういい、もういいですわ!」


 主張し続けるマーサを押し留める。

 いかがわしいといっても路地裏にありがちな裏木戸・裏口の類がぽつぽつとあるだけで人影もないのに、なんて混ぜっ返しは通用しない。彼女がいかがわしいと呼ぶのは、この路地裏ではなくその先にあるアリスの目的地そのもののことなのだから。

 それに父はともかく母の名前を出すのは卑怯だ。何も言い返せなくなる。


「……では、せめてこの先では面と向かっていかがわしいとか言わないでちょうだいな」


 それだけを言って、アリスはさらに歩く。

 やがて、壁と壁に挟まれたこの路地の突き当たりに一軒の家が見えてきた。

 白い、いや白かったのだろうが手入れもされていないようでうすく砂色にくすんだような壁のほかには特に目立つ特徴のない一軒家だ。崩れかけているわけでもなければ見るからに怪しさが漏れ出しているわけでもなくて――アリスは少し、ほんの少しだけがっかりした。


 ひとつ深呼吸をする。マーサにはああ言ったが、アリス自身だって緊張していた。

 三段ほど石段を上がり、獅子でも虎でもない何かの咥えている叩き金ノッカーに手を掛けて扉に打ち付ける。

 それはひどく重い気がして、同じくらい重い音がした。




 扉の横にはひっそりと――あるいはわざと目立たないようにか――書いてある。


『スキル貸します』


 と。




 ゴンゴン。ゴンゴン。

 ……。

 返事がない。

 留守なのか聞こえていないのかと、二度三度と叩き金を打ち付ける。


 しばらくして、男の声が帰ってきた。


「はーい、開いてるよ」


 扉を開けようとする忠実なマーサを制して、アリスは自分で扉を押し開いて中に入る。

 裏町の家らしくぷんと湿ったにおいが鼻をつく。

 しかし、予想通りだったのはそこまでだった。

 怪しげなものが並んだ戸棚もなければ、謎の魔法式や魔道具マジックアイテムがそこここにあるわけでもない。酒瓶も転がっていないし、武具を誇るように掲げてあったりもしない。

 要するに、アリスが想像していた――期待していたような、怪しげな室内では全くなかった。

 アリスは今度こそがっかりとする。


 と、その前にいきなり人影が現れた。

 転移魔法式でも使ったのか、とアリスは一瞬身構えるが、何のことはない棚の陰から出てきただけの話だった。

 警戒を解いて、相手の様子をうかがう。


 驚いたような顔でこちらを見ているのは、まだ若い、少年と言ってもいい年頃の黒髪の男だった。

 商家によくいる下働きかもしれないとアリスは判断した。ここが真っ当な商家かどうかはさておいて。それにしては少し年かさの気もするが、なにせここは普通の店ではない。何しろ扱っている商品は〔スキル〕――神の恩寵か、あるいはひとつの道を修練した先でようやく手に入れられる特別なものギフトだ。


 アリスは少年を観察する。この春で十六歳になったアリスと比べてもよくて一つ上か、大人びた年下の可能性もなくはない。黒いズボンに白い麻のシャツは、つくりは丁寧だかそう高価な物ではない。それ以外の装飾品らしい装飾品は皆無で、わずかに首に細い銀の鎖のようなものが見えるくらいか。

 体を鍛えているようでもなく、かといってぶくぶくと太っているわけでもない。冒険者ならば必要最低限には動けるのではないか、と判定する。いちおう貴族令嬢として悪い癖だと自覚はしているが、叩き込まれた本性はそう簡単に消えてくれない。武技において最も重要なものは立会いの技術ではなく、立会う前に相手をしっかりと見て彼我の力量差を測ること。そう教え込んだのは師匠だった。


「て――店主の方は、いらっしゃるかしら?」

「店主は俺だけど?」


 年相応と予想したより若干低い声で彼は答えた。

 アリスは驚く。思っていたのと違う。もっとこう、神秘的な出で立ちというか、あるいは賢者というような風貌を想像していた。しかし目の前の男はどちらでもない。


「で、ではあなたが、トウタ殿……?」

「ああ。何の用だ?」

「よ……用などひとつしかないじゃありませんの。こちらでスキルを貸していただけると聞いて参ったのですわ」


 戸の横にもささやかに、ささやか過ぎるほどに書いてあったそれ。

 それがアリスの目的であり、なんとしても果たさなければならないことだった。

 しかし。


「そうか。帰ってくれ。お貴族様に貸すスキルはない」 


 にべもないその言葉に、アリスは凍りついた。




※完全見切り発車の新シリーズです。

他作品も続けていきますのでそちらもよろしくお願いいたします。

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