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『異世界食堂』 だいありいず  作者: 江戸屋猫七
9/12

幸せの黄色いナプキン

アルフェイド商会の御曹司シリウスと料理人ジョナサンが異世界食堂に足しげく通うようになった頃のお話


 じぃーーーー。


 いつものように、料理人であるジョナサンと一緒に『厨房が良く見える特等席』が空いているのを見つけると、専用の座席として確保し、秘密の場所を覗き込んでいた。

 異世界食堂の料理の秘密、祖父がこの店からパスタのソースを世界に広めたように、自分も新しいものを舌と厨房の様子からつかみ取ることにした。

 ピザやパスタ料理は、ほぼ制覇したといっていいが、家に戻ってジョナサンと一緒に再現しようとするが、味も見た目もかけ離れたものしかできない。

 この店主がどうやって料理を作るのか、その魔法の一瞬でも目に焼き付けるのだ。


 顔なじみとなった魔族の給仕であるアレッタさんは、厨房から皿を運びに出てくると監視する最初のうちに「ひゃいん!」などと妙な声を発しては、皿を落としそうになったり、店主に助けを求めに戻っていることがあったが、今では、時々自分の席にきて、お説教を始めたり、あきれかえったりするようになっていた。

 どうも、我々を年下だと思って、お姉さんぶっている気がする。


 アレッタさんが皿を片付けて厨房に戻る途中に、

「あのお、冷めちゃいますよ?」

 などと親切心なんだろうが、監視の邪魔になる忠告をしたので、ジョナサンと一緒に視点を変えることなく、冷えたナポリタンをするするとかき込んで、

「「おかわりっ」」

 とふたり同時に皿を差し出した。


「また、ナポリタンでいいんですか?」

 アレッタさんは、毎度の注文を確認すると、ボクはきっぱりと断言した。

「ああ、ナポリタンをウィンナーで」

「はい、承りました。 あ、そうそう、口の周りが少し汚れてますよ」

 と、クスリとアレッタさんは微笑んだ。


「マスター、ナポリタン2つ、ご注文いただきましたー」

 アレッタさんの明るい声に厨房から、マスターの毎度の声が

「あいよ」

 と返ってくる。


 店主の料理している後ろ姿と材料を厨房の出入りする隙間から、秘密を探る監視を再開する。

 我が商会の料理人ジョナサンを毎週のように連れて来たかいがあり、一通りの作り方と材料の味は大まかにわかってきた。

 ただ、料理方法を一見、基本に忠実で、再現方法は簡単に思えたのだが、我が家で作ろうとしても、ソースの作り方ひとつ、麺の火の入れ方ひとつ、同じにならなかった。

 ベーコンもウィンナーも再現が難しい。

 材料は違うのは仕方ない。

 異世界から簡単に手に入る代物でないことはわかる。

 こちらの世界の材料で再現しなければならない。

 ただ、異世界もこの世界も、それほどかけはなれた材料は無いに違いない。

 実際に探せば、似たようなものは見つかっている。

 いつか、それを作り、それを超えて見せるんだ。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 厨房から、香ばしくバターと、甘いマルメットの香り、心地のより野菜を炒める音が伝わってくる。

 何皿目なんだろう。

 食べたはずなのに、胃袋が早くよこせと鳴り始め、口から唾液がじわじわ現れてきた。


 さきほど、厨房からチラリと見た材料の形を絵にかいて、

「少し苦い緑色と赤い野菜は中が空洞で同じ形をしていた」

 と、ジョナサンに見せると、

「坊ちゃん、ちゃんと見ました。これは東方にある野菜に似たものがあります。今度試してみましょう」

 と知識を総動員して答えてくれる。

 今日も収穫があった。



「ナポリタン、あがったよ」

 厨房から届く店主の声に、客にスープを運んでいたアレッタさんが

「いま、いきまーす」

 とトレイを持って厨房へ急ぎ戻っていた。



「おまちどうさまです。ナポリタンおふたつですね。パンとスープはお代わり自由ですので、無くなったら言ってくださいね」

「ああ、ありがとう・・・」


 厨房を監視していた僕たちは、いつもの皿ではないゴトリとした音をたてたので、視線をゆっくりおろすと、テーブルの上に皿を凝視して硬直した。

 いつもの皿の優に五倍はあるような・・・。

 あわせて、パンの山と、大きな器のスープが並べられた。


 満面の笑みを浮かべたアレッタさんは、

「マスターがこれを食べたら、おふたりを厨房に案内するようにって言われたので、熱いうちに食べてくださいね」


「「は、はいっ」」

 僕とジョナサンは条件反射のように返事をする。


「坊ちゃん、厨房にはいれますよ」

「いや、待て。 秘密を探っているのがバレて、店主に営業妨害で怒られたり、この店に出入り禁止になるんじゃないだろうか」

「いえ、元からバレバレですって・・・」



 とにかくテーブルの上のものを片付けなければならない。

 とにかく早く、厨房に入ってみたい。


 二人して、大きな皿にナポリタンの山を見て、まずは水をコップ一杯あおった。

 味を見るために、料理を食べる前にはいつも行う習慣だ。


 この異世界にある銀フォークは歯が長く、麺もつかみやすい。

 野菜を刺して、一緒に口にほうばる。

 麺を茹でただけでは出ない香ばしさ。

 焦がしたバターと麺の相性が抜群で、脂身に味わいのあるプリプリとした歯ごたえのウィンナー、染めたように彩鮮やかな赤や緑の野菜、見たこともない槍の穂先のような緑色の草、不思議な小さなキノコ、シャキシャキしたオラニエ、ときどきピリッとする高価な胡椒や香辛料もその存在を主張していたが、ひとつにまとまっていた。

 そして、何といっても主役の弾力のある麺と赤いマルメットでつくられた、甘く少し酸味のあるソース。


 このような麺はどうやって作られているのであろうか。

 この赤い、我が家で手に入る小さなマルメットでは、青臭く酸っぱいが、これほど色も香りも甘さも出てこないので、再現ができない。

 遠方で作られる高価な砂糖を入れてみたが、似ても似つかぬ味だった。


 熱い麺を夢中で口の中にほうばる。

 口休めにパンを途中でかじったり、麺をパンに挟んでみたりする。


「ジョナサン、これはパンにはさんでも旨いな」


 ジョナサンはパンをスープにつけて、しみこませたものを食べるのが好きだったが、さっそく自分の真似をしたあとに、目を丸くして、夢中でナポリタンをパンにはさんで、夢中で口に運んでいた。

 これは、ウチでも加工したパンを売りに出せるかもしれない。

 などと考えているうちに、あれほどあったパンがジョナサンによって消え去っていった。


「おい、ずるいぞ」

「坊ちゃん。 食事中なら、一生懸命食べるべきです」


 確かに。


 途中から、牛の乳で作ったという独特な香りを放つ粉チーズをふりかけ、食が進むとさらにタバスコソースというドガランの酢漬けで作られたものを恐る恐るかけて味の変化を楽しむ。

 ビリリと味がひきしまり、さらに食が進む。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 夢中になって皿と格闘していると、テーブルの上には見事といってもいいほど、きれいに何もなくなったオレンジ色の油が残る皿と、パンを入れていたバスケットが残った。


 腹が苦しい。

 苦しいが、舌を戻すために、少し酸味を帯びたレモン水をコップに注ぎ、一気に飲み干す。

 腹を抑えながら、ふとジョナサンの顔を見ると、口の周りが腫れた唇のようにオレンジ色の油まみれになっていた。

 そんなジョナサンは、自分を指さしてゲラゲラ笑っている。

 一体何を笑うんだ。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 今まで覗くことに夢中で、食事を楽しむことをすっかり忘れていた。


 家では、こんなことはなかった。

 薄暗く広い場所にひとり、何十人もつける大きなテーブルで使用人に運ばれた味気ない食事をおこなう日々。


 しかし、この異世界の食堂では、主人と使用人ではなく、近い年の気の置けない友人として、一緒にテーブルを囲み、食事をする。

 周りでは、種族、職業を超えて、会話を楽しんだり、笑い声や歌まで聞こえてくる。



 おいしい。

 楽しい。

 食事は、こんな幸せをもたらしてくれるんだ。

 生きるためにただ、何かを食べるのではなく、幸せになるために食べるのだ。


 今まで、夢中になって技や秘密を盗みとろうとしたことが、馬鹿らしくも思えてきた。

 こんな幸せを伝えられるものを、アルフェイド商会の名で世界に広めていけばいいんじゃないか。

 それが何かは、今はわからないけれど。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 腹をなでながら、ひと心地ついたところで、様子を見ていたアレッタさんが、

「マスター、あの二人が食べ終わりましたー」

 と店主に向かって話をしていると、こちらに近づいてきた。


「おかなが落ち着いたら、いきましょうか?」


 ああ、忘れていた。

 何が待っているんだろう。

 ちょっと怖いが、自分はアルフェイドの人間だ。

 恐れることはない。


 アレッタさんは困った笑みを浮かべて、自分をじろじろ見ると、高価な紙でできたナプキンをいつもより多く差し出した。


ご無沙汰しております。

次回は、この続きから。


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