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『異世界食堂』 だいありいず  作者: 江戸屋猫七
8/12

甘い魔法のはじまり

頼りになる面倒見のよい男、タツゴロウさんのお話

 ありがとうございました。またのお越しを。

 背中に羽をつけた女王が率いる甘味で満足な集団を見送ったアレッタは、厨房へ小走りに戻っていった。

 いつもの席で酒を味わいながら、隣のロースカツと他愛のない世間話をしていると、かすかな音にふと気づく。


  「すかー、すかー、むにゃ、むにゃ、むにゃ」

 首を傾げながら、ゆっくりと店内を見回してみる。

 自分を怪訝な顔して見ていた伝説の大魔法使いが、ビールで喉を潤しながら声をかけてきた。

  「どうしたテリヤキ、そんな怖い顔をして」

 注意をロースカツに戻すと、幻聴とも思える音を否定するように軽く首をふる。

  「いや、何か声が聞こえたような気がするが、何でもない」

 皿の上のテリヤキチキンを箸でつまもうとしたが、虚しく空を切った。

 むう。残り一切れがあったかと思ったが、いつの間にか、また一皿が消えたか。もう一皿を頼むか。

 そんなことを心の中で胡乱につぶやいていると、再び耳に音か届いてきた。


  「むにむに。もう食べられない。むにゃ、むにゃ、むにゃ」


 音の正体は声のようである。

 再び店内を見回すが、その発した人が見当たらない。

 己は心身壮健、幻を聞くこともない。心の乱れも無いはず。

 自分自身でそのように断言すると、タツゴロウはアレッタを呼んで、テリヤキチキンの追加を頼んだ。


 マスター、テリヤキチキンが入りましたー。

 アレッタが片付けと注文の品を運ぶのにパタパタと走り回っていた。


  「あああああっ! 誰もいないっつ!」

 店内にいた皆がギョッとした目で、同じようにキョロキョロと見回した。

 ネコヤの店主も厨房から出てきて、しきりに声の主を探す。

 幻聴でなかったことに安心したせいか、少し口元を緩めてしまった。

 面倒なことを見過ごさないように、その場で立ち上がると、見えない声の主に優しく話しかけてみる。

  「今、話された方はどなたかな」

 すると、小さな羽を動かしてテーブルの高さまで飛んで、ちょこんと載った小さな娘が姿を現した。

 

「あ、あたしです。うぇえええん、みんなから置いていかれましたあああ」

 両手で顔を覆い、声を挙げて派手に泣いていた。


 姿を見て、どうみても花の王国から来たお客だと分かった店主とタツゴロウはテーブルに近寄り、その泣き虫の主の前に巨大な顔を二つ並べる。

 店主とタツゴロウはアゴを擦りながら、相談を始める。


  「店主、この者を七日間、ネコヤに置いてもらうことはできるかな」

  「まあ、別な部屋にいてもらうんだったら、大丈夫ですけどね」


 様子をうかがいながら会話を聞いていた小さな娘は再び声をあげて泣き始める。

  「うぇええん、早く帰りたいですぅうう。」


 その声を聞いてタツゴロウは思考を口にする。

  「扉を開けたら、その者が入ってきた場所に戻るというが、閉まった場合には無事に帰れるのだろうか。ロースカツ、この扉は7日に一度しか繋がらないのか」

 尋ねられたロースカツは白いひげを擦りながら、いつもの隣席の主に語る。

  「そうよのお、この者の花の国の扉は消えてしまったはずじゃ。普通に考えれば魔法で閉ざされた帰りの扉に戻るのは無理じゃな」

 それを聞くと、小さな迷い子は、声のボリュームをさらに上げて、わんわんと泣いた。


  「確か、花の国のものが帰るときは、いつもアレッタ殿が扉を開けていなかったか。 扉を開ける人と帰る人が違っても、ちゃんと帰れるようになっているのじゃないか」

  「それは帰る先の扉があった時の話だろう、テリヤキ」

  「それでは、来る時と帰るときの扉が違う場合は大丈夫なのか」

 疑問を投げかけるとネコヤの店主は思い出したように参戦する。

  「ああ、それなら大丈夫みたいですよ。以前、お酒飲んで意気投合して肩を組んで一緒に帰ったお客さんがいましたから。扉を出た後に自分の国に帰るのが大変だったと聞きましたけど」


 ふむふむと言いながら、大賢者アルトリウスはロースカツのひと切れをポイと口に入れ、ビールを一気にあおった。

  「あやつが作った扉じゃ、ワケがわからんのも当然じゃろう」

 と言い放つと、『くー』とか『ぷはー』といった満足そうな炭酸の刺激の反動を吐く。

  「あやつ? おぬし、何か知っているのか?」

 思わせぶりなロースカツへ向けていた視線を、改めて目の前の妖精を思わせる花の国の娘をまじまじと見る。


 ひっくひっくと肩をふるわせ、助けてオーラと一緒にウルウルした瞳で見つめられると、まっすぐな侍魂といつもの保護欲がよみがえってきた。

  「よしよし、心配するな、自分がそなたを連れて帰ろう」

 ぐずっていた花の国の娘は、その声に安心したのか、ぱあっと満面に笑みを浮かべて、

 ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます

 と、お礼をいいつつ、ぺこぺこと頭を下げていた。


  「なに、花の国から馬で数日の場所にある扉から入ってきたから、それほどかからんだろう」

  「テリヤキの。お前さん、毎度いろんな扉から来てるんじゃな」

  「タツゴロウさん、いつもありがとうございます。いつも面倒なことを引き受けてもらって申し訳ないです」

 大賢者アルトリウスはいつもの飽きれ顔で、対してネコヤの店主は頭をさげる姿に、困っているものを捨て置けないだけだと応じた。


  「タツゴロウさん、本当に申し訳ないです。これ、良かったら途中で食べてください。お嬢さんには、こちらのクレープを」

 ネコヤの店主から持ち帰りの品を受け取ると、肩の上に載っていた小さな娘もお礼をいいながらペコリと頭を下げる。

  「何の。世話になったな」


  「「またのお越しをお待ちしています」」

 ネコヤの店主とアレッタが全くタイミングで深々と礼をする。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 扉をくぐると、空がだいぶ陽が傾いて赤く染まりだしていた。

 肩に乗った小さな娘が扉を無事通過したことに安堵すると、朝から木につないでいたためか恨めしそうに見つめてくる愛馬に近寄り、その頭や背をさすってやった。

 この花の国の娘は、大きな馬を見て涙を浮かべるほどの恐怖を感じていたが、大丈夫だと声をかけると、次第に落ち着いたようだ。

 馬にまたがると、この小さな娘は走りの速さに目を見張りながら、羽を広げて風を感じていた。


  「そういえば、紹介はまだだったな。私はタツゴロウ。諸国を行脚するサムライだ。ところで、お主の名前は」

  「名前ですか? あたし達、花の国のものは高貴な方以外は名前を持ちません」

  「それじゃ、相手の名前を呼ぶのに困るだろう。たくさんいる場所で、ちょっと待ってくれといったら、全員振り返らないのか?」

 コロコロと笑いながら、お腹をかかえていた。

 本当によく表情が変わる、にぎやかな娘だった。

  「大丈夫ですよ、何かを伝えようと思うだけで、相手に届きますから。 他の国のみなさんは魔法とか言っているようですけど」

  「それなら、みんな黙ってばかりいるのか?」

  「そんなことないですよ、タツゴロウさまとこうして話をしているくらいじゃないですかあ」


 全力疾走して振動の激しい馬に乗っているというのに、肩に乗って涼しい顔でのんびり座っているし、はっきりよく聞こえる会話もしている。

 普通の馬の数倍の速さで走る駿馬にも飛ばされることがない、この娘は花の王国のものらしく、やはり何か魔法を使っているようだ。


 時を忘れるほど、花の王国の話を聞いたり、自分のこれまでのことを話していた。

 本来、ひとりで戦いの旅路しかしない自分は、異世界食堂のネコヤ以外で、これほど饒舌だったことがあっただろうかと、ひとり苦笑した。

 元来、自分は無口な性質だと思っていたのだが、この娘に聞かれると不思議なことに自然に話しをしてしまう。

 時々、他愛のない話しながら、襲い掛かる獣やモンスターを倒しつつ、ただひたすら走り続けていた。

 空はすっかり星と月の光だけになって、周囲は明かりを灯す家さえ無い漆黒の空間に包まれた。

 馬もたいぶ疲れているようなので、今晩はここまでで野宿することにした。


 小さな焚き火を用意して、明かりと暖をとると、さっそくとばかり、ネコヤの主人にわたされた持ち帰りの弁当を広げる。

 肩にのっていた娘は喜び勇んで、自分用の包みを早速広げると歓喜の声を上げて、さかんにネコヤのデザートが美味しいことを力説していた。

  (それが元で満腹で寝てしまい、帰り損ねたのだがな)

 自分の包みには、いつものテリヤキチキンをパンに挟んだものの他に、飯で挟んだものも入っていた。

  「ほう・・・、毎度よい工夫がしてある。暖かいミソのスープが欲しくなるな」

 冷めてはいるものの、これはこれで実に旨い食事であった。

 冷酒がここにないのが、実に残念である。


 さすがに冷えてきた。

 今晩はもう寝よう。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「はしれーっ!」


 昨日まで馬を恐れていたはずの花の国の小さな娘は、打って変わって走りを楽しんでケラケラ笑っていた。

 朝から走りっぱなしであるのに、疲れを知らぬように我が愛馬は風を切り裂いていた。

 どうみても、いつもよりも速い足だ。

 この娘が何かの魔法をかけたのではなかろうか。


 途中、怖いもの知らずの大型の獣やモンスターの一隊と出くわして、一閃のもとに斬り倒しつつ、その道を進んでいった。


 昼に差し掛かることには、不思議な気で満ちた恐ろしげな暗黒の森を走っていた。

 陽が射さず変わらぬ景色で、走る方向が正しいのか不安に駆られるように「作られて」いるようだった。

 もはや道と呼べるようなものもなく、近づくものを拒絶した場所が広がる。

 しかし、自然に馬の首を向けさせて、ひたすら走り続けることに不安を感じなかった。

 走れば走るほど何かの気が強くなっていることを感じる。


 どれだけ走ったのだろうか。

 目の前に木の枝が入り組んで、これ以上進めない場所にたどり着いてしまったのだ。

 やむを得ず一旦戻り、まともな道を探そうかと逡巡していると、「待ってください」と肩に乗っていた娘は応えた。

 、娘は聴いたことの無い歌を森に響かせていた。

 動くはずの無い枝が、メキメキと音をたてて動き出し、一本の道を作り出していた。

 目の前の出来事に驚きのあまり目を見張り、信じられない風景を頭に刻み付けた。

  「ここを進むのか?」

  「はい、花の国はもうすぐです」


 魔力を持たないものは進めないようになっていたのか。

 花の国の者は、木や草、花を操り、魔力の強いエルフの大軍でも退けてきた最強の魔法王国でもあると知られている。

 この娘を送り届けるといったものの、自分ひとりでは最後まで連れて行けなかっただろう。


 暗い森を抜けると、光であふれた広がる庭園と美しい木々や草花であふれた土地が目に飛び込んできた。

  「どうです? ここがあたちたちの花の国です。すごいでしょ、えっへん」

 暗黒の森を抜けたことで、一層美しさを感じさせているようにも思えた。

 魔法はわからないが、何かの気で満ちていることは肌でも感じる。

  「そうだな、どこよりも素晴らしい景色だ」


 一見穏やかな空気が、ひとたび何かが起きると、襲ってくる相手は地獄を見るのだろうと、少し首筋が寒くなる。

 首をさすっていると、小さな娘はキョトンとした顔で覗きこんできた。

  「どうしたんですか?タツゴロウさま」

  「いや、何でもない」

 この娘に気を悟られるとは、まだまだ修行が足りぬようだな。


 馬の歩みを進めると、娘は前方を指差し、「あっちの方です」という。


 この道は一本道じゃないのか。 生きた道ということか。


 森を抜けてからも肩の上で楽しそうに歌っているのは、道を作る魔法を唱えているのではないだろうな。

 目を凝らせば遠くに小降りの建物が見えてきた。

 あれが、この国の城なんだろう。

 道はまるで客を迎え入れる専用の道のように、その城に繋がっていた。


  「三日はかかろうかと思っていたが、まさか二日程度でたどり着くとは思わなんだ」

  「このお馬さんに、早くついたら、美味しい草をあげるといってたんで、頑張ってくれた見たいですね」

  「そ、そうか」

 いつの間にか我が愛馬がエサに釣られて走っているとは。愛馬も小さな娘に愛想を振り撒いていたのは、こうゆうことか。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 というわけで、城の中で歓待を受けているわけなのだが、自分ひとりが巨人になったような気がしてならない。

 入るように言われて城の中に入る時にも大騒ぎだったが、出る時も大変そうだ。

 大広間の中で背をまるめて、城の調度品を壊さないように、体を硬直させながらおとなしくしている有様だった。

 助けた娘が何十倍にも誇張して宣伝しまわった上に、その話が伝わるにつれ、あちこちから黄色い声を挙げられ、まとわりつかれる様である。

 そして歓待を受けると出されるのが、料理である。

 数々の彩り鮮やかな品が運ばれてきた。

 大きな葉を用いて料理の皿の代わりにしているのだが、持ち運ぶ者たちが途中で転んでつぶされないのかハラハラしながら眺め、気が気でなかった。

 せっかくのもてなし、出されたものはありがたくいただく。

 箸をつけないわけがいかないので口にするが、どれも致命的なほど脳天に突き刺す甘さ、酸っぱさが中心で、塩分が全くといいほど感じられなかった。

 テリヤキチキンは確かに甘い。

 が、比較にならないほど、甘いのだ。

 甘い、甘い、甘い、酸っぱい、甘い。

 この並びの料理がエンドレスで供される。

 頭もとろけそうで、おそらく一生分の甘味を食したに違いない。


 このような歓待が五日間続けられた。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 そんなこんなで味覚がおかしくなった頃、大袈裟に誇張しまわった張本人が肩に乗り、

  「タツゴロウ様、女王陛下がご挨拶にいらっしゃいました」

 と花の国の主の来訪を告げた。


  「おお、ネコヤで見かけたそなたが、我が民を連れてきてくれたのか。感謝の印として、そなたにこれを差し上げたい。」

 女王陛下から感謝の印ということで、花でつくられた勲章のような宝飾品を何人もの御付の人が飛んで着て持ち上げ、胸の近くに飾りつけてもらう。

 不思議な明かりが放たれ、何か気を感じるものだった。

 魔法の国らしいものなのだろう。


  「そうそう、今日はドヨウの日なので、もうすぐネコヤに出かけるのだが、共に参らぬか」

 涼やかで威厳ある声を聞いて、答えねばならない。

  「陛下にお供いたします」

 とっさに胸に手を当てようと動かした途端、破壊音が響き、城の壁を手で突き抜けて穴が開き、空が見えた。

  「お客人は大きい人だ。気にしないでくれ」

 ばつが悪く、頭をかくと、また壁を破壊してしまった。


 壊れた城の破片を静かに床に集め、恐縮しながら、ゆっくり狭い出口から脱出するのに、一苦労することになった。

 やっとのことで外に出ると、全身の硬直した筋肉と関節をほぐすように動かし、首を左右にふっていると、視界の中にネコヤの扉がふっと現れた。

 次第に花の国の民が足元に集まり始めて、喜びに満ちた声が上がっている。

 足元に女王陛下が現れると、

  「すまないが、今日は大きいそなたが扉をあけてくれないだろうか」

 と頼まれる。

  「承知いたしました」

 とだけ答えると、普段はどうやって扉を開けているのだろうかと疑問に思いつつ、足元の人々を風圧で倒されないように扉をゆっくりと開ける。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 いらっしゃいませ、ようこそネコヤへ。

 あら、タツゴロウさんも一緒なんですね。


 ネコヤの給仕、アレッタがいつもの挨拶をする。

 花の国の民がすべて入ったことを確認すると、最後に自分がゆっくりと入り、扉をそっと閉めた。


 いつもの風景、いつもの空気。

 まるで自分の家に帰ってきたという安心感とともに、いつもの席へ向かう。


 ロースカツの弟子でもある、プリンアラモードをこよなく愛する公国の魔女姫に「ご機嫌うるわしゅう」と挨拶をすると、目を丸くしながらアウアウと言われながら、指をさされた。

 初めて見た魔女姫の驚きの表情に、よくわからないまま、いつもの席に座って、いつもの注文をする。

「テリヤキチキンとライス、スープにセイシュのヒヤを」


 隣にはいつもの、ビールを味わっているロースカツがいた。

  「ご苦労さん」

  「何のなんの」

  「甘いものは二度と食べたくなかろう」

 意地悪な好々爺の大賢者は口元をゆがめながらニヤリと笑った。

 その時、自分はハッと気づく。

  「なんと! お主、それを知っておって!」

 ロースカツも花の国に接触して、もてなされたことがあるのか、という驚きと疑いがうごめいた。

 自分と同じ経験をさせるよう、あの時、すべてを承知の上で引き釣り込んだようにも思えた。


 二の句を継ごうとしたときに、アレッタが、目の前にライスと漬物、ミソを入れた熱いスープを手早く並べた。

  「テリヤキチキンとセイシュは少々お待ちくださいね」


 待ち焦がれたものに会うように、早速箸をつける。

 これだけでも、ご馳走。

 一気に舌で味わい、喉で感じ、腹の中で満足した。


  「うんまいっ!」


 甘味の永久ループ解放され、塩気のある優しい食べ物だけで、豪快に食べると、メインディッシュとセイシュも来ていないのに、あっという間に空になってしまった。

 

「おかわりっ!」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 腹が満足し、セイシュをチビリチビリ味わっていると、隣のロースカツのローブをひっぱって、耳元でこそこそと自分をチラチラ見ながら、不審な話をしているような魔女姫に気づいた。

 ビールが良い感じに体中にめぐってきたロースカツは、弟子である魔女姫を指差して、いった。

  「こやつが、お前さんを欲しいそうだ」


 驚きの言葉を発する前に、魔女姫はロースカツの後頭部を近くにあったメニューできれいにスマッシュさせ、スパーンという効果音を鳴らしていた。

  「し、師匠、ちがーう」

 ヴィクトリアが抗議すると、

  「直接、テリヤキに言え。師匠のわしを叩くことはなかろう」


 ヴィクトリアがおずおずと、タツゴロウの胸の花の勲章を指差し、

  「タツゴロウ様。 こ、これを、お見せ、ください」

 鼻にかかったような声で精一杯の小さなセリフを吐いた。

 日頃、あまり話さない魔女姫の勇気に応えよう。

  「姫、少々お待ちを」


 怪訝な顔をした魔女姫を残して立ち上がり、花の国の女王を見つけて、『あること』を願いでると、助けた娘と花の国の女王が周辺を舞いながら首をこくこくとうなずいてくれた。

 口を弓のようにして笑みを浮かべた花の国の女王が魔女姫に向かって手をふると、魔女姫はポカンとしている。

 再び席に戻ると、騎士がそうでしたであるかのように、それを真似て片ひざを立てて足を地につけ、魔女姫の手をとり、胸の花の勲章をその手の上にのせた。

  「姫こそ、これを持つにふさわしい。これを貴方に差し上げます」


 魔女姫ヴィクトリアが一瞬にして真っ赤になり、ボンと沸騰した直後には、頭が熱でシュウシュウと蒸気を放っていた。

 花の国の女王も、ニンマリと微笑んでいる。

 魔女姫曰く、何でも非常に魔力の高い、貴重な花と種と石でできているものであるらしい。

 価値がわかる人にもらってもらうほうが良い。


 姫は頭をくらくらしながら、精一杯の小さい声で

「ありがとう」

 と言ったことだけは、聞き取れた。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 花の国の女王一行が帰り、いつものようにロースカツや周辺の常連と他愛のない話をしながら、時を楽しんだ。

 隣には、ヴィクトリアがちんまりと座って、プリンアラモードのお代わりを食べて、花の勲章と顔をチラチラ見つめられは、下を向いて口をニマニマさせていた。

 ロースカツは弟子の姿をみて、まるで親になったような温和な表情を見せていた。

 髭をなでながら、あることに疑問を覚えたという。


 花の国の女王が帰ってしまったので、テリヤキの来た時の扉が消えているはず。

 テリヤキは、そこへは帰れない。

 他の人についていけば、そこに移動できるようだ。

 はて? それでは、テリヤキ自身が扉を開くとどうなるのか?

 どこかにつながっているのか?

 それとも、元の世界に戻れなくなってしまうのか?

 まったく別の世界につながるのか?


 まるで学究の徒でもあるかのように、ロースカツが考えを組み立てると、珍しく真顔で尋ねてきた。

  「おい、テリヤキ。お前さん、扉を開けるとどうなるかワシに見せてくれないか?」


 周りの常連も、互いに顔を見あわせて、そういえばといった感で、自分に皆の視線が集まった。


  「そ、そうか、しまったっ!」

 言われて初めてとんでもないことに気がついた。

 さらに愛馬を花の国に残してきたことを思い出し、頭をかかえた。

 珍しくうろたえると、面白がっていたロースカツは、もう一人をうろたえさせた。


  「誰かと一緒に帰れば、戻れるじゃろ。こやつと一緒に帰るとよい」

 師匠は弟子を指差した。


 魔女姫ヴィクトリアは、口をパクパクと開閉しながら言葉を声にだそうとしていた。


SFオチだったはずが、勝手に動き出して、こうなってしまいました。


いろいろあるので、更新が月イチペースになっています。

次回は11月中には何とか。


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